出勤!中間管理職戦隊ジェントルマン 第3話 獲得と保持 【5,6】
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1話を10のシークエンスに区切り、5日間で完話します。第1話 第2話はこちら。
【 5 】
千堂が戻ってきたときも、アクアリウムは緑色に輝いたままだった。だから感謝を伝えるつもりでドアを開けた彼女の第一声は「うわ」だった。
三日間に渡って南池袋に出動したジェントルマンだったが、街の様子になんら変化がなく、収穫を得られないまま時を過ごしている。千堂が帰ってきたのは、そんなときだった。
「千堂くん。もう少し具体的な場所を突き止めたいのだが」
「はい、博士。やってみます」
久しぶりに白衣に袖を通した千堂は、生き生きとしているように見えた。
彼女がキーボードを叩くたびに、エスエナジーの分布を示すマップが縮尺を大きくしていく。
「さすが千堂さんですね」
このときばかりはジェントルマンの三人も、一緒にモニターを覗き込んでいる。
「やっぱ博士とは違いますね」
「どういう意味でしょうか。アゲダシドウフ」
「いえいえ、深い意味はないです」
「そうですか。ではスーツの厚さを半分にしておきます」
「命にかかわるので勘弁してください」
男たちのじゃれ合いをよそに、千堂のよく動く指は、現場をピンポイントで特定し終えた。
「博士。アルケウスが潜んでいるのは、この建物です」
マップが示すその場所は、たしかに見覚えがあった。
「おい、ここって……」
トリカワポンズが隣にある横顔を見つめる。
「ええ、間違いありません」
ナンコツは、中指でメガネのブリッジに触れた。
「あのゲームショップがあった場所ですね」
*
「しかし、俺たちこのビルの前を何回も通ったよな」
トリカワポンズが釈然としない表情で呟いた。
「ええ。様子のおかしなところはなかったですね」
アゲダシドウフも、首を捻る。
『悲鳴がしたり、血痕が落ちてたり、そんな分かりやすいものばかりではないですから。ひとまず内部を調べましょう』
博士の言葉を受けてナンコツがノブを回してみると、思いがけずドアは簡単に開いた。
そこは短い廊下だった。外観が黒でシックにまとめられているように、内装も徹底して黒一色にまとめられている。十歩もかからずに端まで来ると、左側に扉のない出入り口があいており、そこから一階フロアに入ることができる。
「なんだここは……」
ナンコツは思わず唸った。さして広くもない空間に、腰の高さほどのコレクションボックスが並んでいる。ジュエリーの展示でもしているかのように、ひとつひとつのボックスが主役になれるよう丁寧に配置されているのがわかる。間接照明なのだろうか、天井からうっすらと明かりが漏れ、無数のコレクションボックスを暗い空間に浮かび上がらせている。
しかし、展示されているのはジュエリーではなかった。
それは、ボールペンであったり、ポケットティッシュであったり、リップクリームであったり、ミントタブレットであったりした。
【 6 】
「一体なぜこんなものを大事そうに?」
トリカワポンズは呆れたように言った。
「有名人が使ってたんでしょうかね」
「そんなわけないだろう。このボールペン企業名入りだぞ」
「こっちのポケットティッシュは、消費者金融のですね」
ガラスに触れんばかりに、アゲダシドウフは顔を近づけている。
『かなりぶっ飛んだギャラリーですね』
博士の声がわずかに高揚している。
『それらはアルケウスの仕業と見ていいでしょうね』
「これが?」
『言い忘れましたが、緑色は”獲得と保持のアルケウス”です。いわゆる収集癖のバケモノだと思ってください』
ナンコツは周囲を見回した。
「なるほど。趣味の悪いコレクターってことですね」
『そのとおりです。その建物に潜んでいますから十分に注意を』
敷地はさほど広くない。一階をくまなく調べても時間はかからなかった。三人はフロアの奥に設けられた階段から上階へ移動した。
「これは……」
二階はさらに異様な光景をしていた。壁面を一周するようにガラスが取り巻いており、そこに一貫性のないアウター類が展示されていたのだ。ダウンコート、ダッフルコート、ジャケット、ジャンパー、パーカー、なかにはツナギまである。新品はわずかで、ほとんどが使い込まれたものだ。
「性別も年齢層もバラバラですね」
部屋の中央のテーブルには、マフラーや手袋が並べられている。
「軍手まで混じってるぞ」
「節操がない感じですね」
苦笑する一同。しかし彼らがお互いの笑顔を見られたのは二階までだった。
三階は明らかに常軌を逸していたからだ。
そこに展示されていたものは、指輪、ネックレス、コンタクトレンズ、下着、つけ爪、ピアス、そして銀歯や金歯だった。それらがガラスのコレクションボックスに収まり、間接照明で輝いている。
「博士、聞こえますか?」
『ええ。聞こえています。それに、見ていますよ』
「どう……思いますか?」
『人間の仕業だとしたら、美意識を疑います』
「ですよね」
『しかし、ここまでアルケウスが現れないのも不可解です』
「これから四階に上がってみます。そこが最上階ですので」
『ええ。十分に気をつけて』
ジェントルマンが、ナンコツを先頭にして階段を登っていく。
サングラスを通して送られてきたその映像を、阿佐ヶ谷博士はモニターで見ている。彼の指がデスクをトントンと叩いた。どうにも、胸騒ぎが止められないのだ。
そのとき、千堂が小さく「あ」と声をあげた。
「どうした? 千堂くん」
「あの……博士」
「なんだ?」
「最初に、このビルの前を通ったのは三日前ですよね」
「ああ、そうだ。アクアリウムが反応した日だ」
「そのときの映像を確認していたんですけど……」
「なにかあったか?」
千堂は、唾を飲み込んだ。
「このビル、三日前は……三階建てでした」
電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)