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簒奪者の守りびと 第四章 【7,8】

第四章は8シークエンス構成です。4日連続更新。
<3,700文字・目安時間:7分>

簒奪者の守りびと
第四章 ティラスポリス

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【7】

「どうでしたか?」
 大統領府の司令室から戻ってきた魔女に、ラドゥが尋ねた。ミハイの居室に警護班全員が集まっている。魔女はソファに深く腰を沈め、足を組んでからようやく答えた。
「スミルノフは軍を動かさないと決めたよ。まぁ、賢明だね」
「なぜだ!」
 テーブルを叩くミハイを、目を細めて見つめる魔女。
「動かせばタチカと全面戦争になるからね。そもそも国家元首が感情だけで動いたら、独裁ってやつだからね。ボウズ」
 武器密売組織「タチカ」は、スミルノフの大統領府を凌ぐ力をつけつつある。次の選挙では、総領のバトゥコが大統領職につくだろうと目されていた。
「彼は自分の姪を見捨てるのか」
「見捨てるとは言ってないさね。誘拐事件ってのは警察の領分だろう。警察はもう動いている」
「信用できない」
「そういうあんたはどうなんだ。ボウズ」
 両の拳をにぎったまま、ミハイは魔女を睨んだ。
「あの娘を見捨てるのかい?」
「どういう意味だ」
「あんたはその切れるおつむと、両手両足を使ってなにをするんだって聞いてんだよ。それともなにかい。銃を撃つのは大人の仕事だとでも思ってんのかい」
 魔女はたたみかける。
「あんたは守られてここまで来た。両親に守られ、ヴィクトル・ネデルグに守られ、いまはスミルノフに守られている。だが考えてこらん。あんたはいままで、誰かを守ろうとしたことがあるのかい?」
 ミハイの呼吸が止まる。
「あの娘を守りたいと思ったなら、あんたが動きゃいいだけなんだよ。他人に期待するんじゃなくて、大事なものは自分で守んな」
 ふたつの瞳が光を湛える。
 このとき、ジョンブリアンが輝きを増した。少なくともラドゥにはそう見えた。

 ティラスポリス南部穀倉地帯の外れに、ソロコ要塞という建物がある。建設されてから五百年は経過しており、もはや遺跡としての価値しかない。トゥス一味がそこに潜伏していることはすぐ突き止められた。
 バン型の警察車両が要塞を取り囲む。直上から見下ろせば円をかたどる城壁の東西南北に尖塔が建っている。象牙色の石を積み上げた外壁と、尖塔がかぶる帽子型の屋根は、ドニエスティアの王宮のそれらによく似ていた。だが、規模は著しく小さい。
「出入口は北塔と南塔のふもとにあります。城壁が高いのでそれ以外の場所から侵入はできません。内部にいる人数は不明です」
 警官のひとりがラドゥたちに説明しながら、ふとミハイに視線を送った。
「……我々にお任せいただいた方がよいのでは?」
「そうしたいのは山々だが、私たちにも任務があってね」
「休暇中と伺っています」
「……私もそう聞いていた」
 ラドゥが苦笑すると、若い警官は敬礼をして去っていった。
「守りやすく攻めにくいか」
「そりゃそうでしょ、班長。要塞なんだから」
「リャンカ、君ならどうする」
「内部に協力者をつくるのがセオリーですけど、そんな時間はないですよ」
「オリア、君は?」
「平原地帯のため狙撃に適した場所がありません。むしろ、下手に接近すればこちらが絶好のターゲットです」
「ゾフはどうだ?」
「おす。ご命令にしたがいます」
 そのとき警官隊が二列縦隊を組んで南塔に向かって駆け出した。狙撃を警戒してシールドを掲げている。威力偵察を兼ねたその行動は、しかし被害をいたずらに増幅させる結果となった。尖塔には機関銃が配置されていたのだ。
 城壁内での戦闘を考慮し、簡易的なシールドしか装備していなかった警官隊は、なすすべもなく撃ち倒された。フライパンで溶けるバターのように、次々と膝を折り、草原に血を吸わせてゆく。
 距離を取るよう命令がくだり、警察車両が包囲の輪を広げる。ラドゥたちもそれにあわせて後方へ下がった。
「ラドゥよ。おまえの策はどうなのだ」
「警官隊の突入に歩調を合わせるつもりでした」
「つまり、ドサクサに紛れて侵入するということだな」
「まぁ、そうだったのですが、これだけ距離をとるとなると難しいですね」
 そのとき、警察が催涙弾を発射した。高く上がった弾丸は、城壁にたどり着くことなく平原のうえに転がった。
「なんだよあれ、パニックかよ」
 リャンカが毒づき、オリアが頷いた。
「城壁の内側に撃ち込めればまだしも、あれでは無意味どころか、味方が催涙ガスの影響を受けます。風向きも考えていないですし……」
「風向きか。そうだな」
 ラドゥはソロコ要塞のさらに奥に視線を向けた。黄緑色の草木が太陽を受けて輝いている。ところどころ、皿を伏せたようなかたちで干し飼葉が積まれていた。

【8】

 リャンカが火を放った飼葉から、灰色の煙が立ち昇ってゆく。目視できるだけで六カ所。彼女は移動しながらさらに増やしているはずだった。煙は風に流されつつ斜めに上昇し、それぞれが合流してひとつのゆるやかな波になる。それは雄大に揺らめきながらソロコ要塞を包んだ。
「煙幕のつもりか」
 トゥスの眉間にはシワが刻まれている。
「やつらも同じ条件だぜ」
「馬鹿言え、高い位置にいる俺たちのほうが食らってんだよ。くそっ、目が染みるな」
 視界を奪われるほどではないにせよ、感覚器官の不快さは無視できない。
「南北どちらから来るかよく見ておけ。M240機関銃は一丁しかないんだからな」
 建造された時代のせいか、石積みの外壁に窓にあたる部分はない。監視のほとんどは城壁の上からおこなうしかなかった。煙幕に気をとられ、彼らはラドゥたちが西側城壁に接近していることに気づかなかった。
 城壁にとりついたラドゥは真上を見あげる。煙の向こうに淡い空が広がっていた。
「いま我々を殺すのに銃はいらないな。石を落とすだけで十分だ」
 ラドゥの冗談は誰も笑わせることができなかった。
「魔女から預かった試作品を使います」
 ゾフがバックパックから機材を取り出す。ドリルで城壁に三カ所穴を穿ち、そこに支柱を埋め込むようにして取り付ける。円形の鉄板が城壁に張り付いているように見える。
「爆発の衝撃が内側のみに向かうので少量の爆薬で済むそうです」
「試作品ということは実用化しなかったんだな」
「おす。普通に砲弾を撃ちこんだほうが効率良かったそうです」
 一同が城壁に沿って距離を取り、ゾフが起爆する。地面が振動し、草原で虫をついばんでいた鳥たちが一斉に飛び立つ。石積みに乗っていた塵が舞って煙に溶け込んでいった。
 ミラーで内部を確認する。城壁の内部は通路になっており、要塞の曲線に沿ってカーブしている。少なくとも視認できる範囲に人の姿はなかった。
 ゾフが穴に身体をねじ込ませる。しかし、腰が突起に引っかかってしまった。ラドゥとミハイで臀部を押すが進まない。やがて城壁内通路の左右からトゥスの手下が駆けつけた。
「おい。壁からおっさんが生えてるぜ」
 ふたりの男たちが銃口をゾフに向ける。
「俺、こんなアニメ観た記憶あるわ。子供のころ。ウサギの家から出れなくなったクマなんだけどさ」
「ああ、クマがウサギを食って腹がふくれたってんだろ」
「おまえアホか。食うわけないだろ。ウサギは友達なんだぞ」
「クマがウサギの巣穴に入る理由なんて食う以外ないだろ」
「お前は腹減ってたら友達を食うのか」
「クマから見たらウサギなんて友達じゃねぇよ。食料だろ」
 口論のおかげで照準がずれた。ゾフが手下たちの服をつかんで一気に引き寄せると、男たちはバランスを崩して膝をついた。ゾフは両者の後頭部を左右それぞれの手でバスケットボールのようにつかみ、衝突させる。ひとりは鼻骨を砕かれて失神し、もうひとりは脳震盪を起こして倒れた。副産物として、ゾフの腰を束縛していた突起が崩れ、彼は城壁内への侵入を果たすことができた。
 内部は幅1.5メートルほどの狭い通路だ。ただし天井高はその倍はある。要塞の円形を縁取るようにカーブしており、視認できる距離が短い。天井付近にある明かり取りは小さく、レンガふたつ分ほどしかない。
 ラドゥが先頭に立ち、ゾフがミハイとともに続く、最後尾はオリアだ。薄暗い通路の後方から「このあたりじゃないか。爆発音がしたのは」と、男たちの声がしたのは、進み始めてからわずか五秒後のことだった。
 一人目が最後尾のオリアに気づく。男が銃を持ち上げるよりはやく、彼女の銃弾は男の右肩を撃ち抜いた。悲鳴が狭い通路にこだまする。あわてた二人目はろくに狙いをさだめずに発砲した。銃弾が古い石積みを砕き、粉末を舞いあげる。オリアが一歩下がって男の視界から消えると、男は距離を詰めようと足を踏み出した。その爪先を撃ち抜く。バランスを崩し、男は上半身をオリアの視界に晒した。彼女にはその一瞬で充分だった。頭蓋に穴を穿たれた男は、倒れるよりさきに死体になっていた。
 先頭ではラドゥが、銃も構えずに走ってきた男を掌底で吹き飛ばしたところだった。鼻と前歯を砕かれて、男が獣のような呻き声をあげて転がっている。
「こりゃ結構な人数がいるぞ。ゾフ、ミハイをしっかり守れ」
「おす」
「いや……その必要はない」
 薄闇と粉塵のなかでも、ジョンブリアンの輝きは失われていない。
「ゾフよ。銃の撃ちかたを教えてくれ」


 第四章 完

 第五章へつづく
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