泉より湧くそれと #逆噴射小説大賞2024
戦斧の一閃で口吻は呆気なく折れた。上体を屈曲させた機を逃さず頭部に一撃。伏したそれに戦斧を押しあて、起き上がらないことを確認する。後方に控えていたクリーナー部隊が素早くその生物を溶解させる。
池井戸アオにとって、この日七体目の獲物だった。
「次はお前がやってみろ」
「まだちょっと自信ないな……」
後退りした瀬古ミドリのヘッドプロテクターをコンと叩く。
「研修医だってな、いつかは執刀するんだぞ」
「……背後を守ってよね」
グローブの親指が立つのを確認し、彼女は先頭を歩き出した。
由布岳から吹き下ろす風がミドリの睫毛とアオの無精髭を震わせる。金木犀の香りに気づく余裕は彼女にはない。
大分川の先に広がる住宅街。民家を覗き込んだ時、それが現れた。
侵略者は生垣を乗り越え、アスファルトを滑るように移動する。半弧を描いてミドリの背後を取り、八本足の前四本を持ち上げた。頭部の口吻は激しく屹立している。アオが駆け出す。が、間に合わない。四本の足がミドリを抱く。直後、侵入者の頭部が振動した。逆手にした戦斧の柄の一撃だ。わずかな空隙を得たミドリが舞うように戦斧を振う。四本とも散るように地に落ちた。アオが後背胸部を横に裂き、侵略者は上体を逸らした。ミドリは跳ね、全体重をのせた一撃で頭部を叩き割った。
「守るって約束したじゃん」
口を尖らせるミドリ。クリーナー部隊が処理を開始する。
侵略者は温泉水のなかでたちまち形を失っていく。この異生物が現れてから人類はその居住地を追われ、数を減らしている。ところが彼らがその多すぎる足を踏み入れない地域があった。温泉街だ。
「結果、守る必要がなかったって話だ」
突如、東の空が爆音を轟かせた。貨物列車が空を貫くような大気の振動が、ふたりのプロテクター内部の温泉水循環チューブを共振させる。
別府グローバルタワーからの大陸間弾道温泉弾による支援砲撃が始まったのだ。
つづく