トパスとワッドとシロクマ船長 【1】【2】
「ねるまえのはなし」という電子書籍に収録予定の短編を、連載形式で掲載することにしました。こどもを寝かしつけるときの、読み聞かせに使ってもらえるような本を、目指しています。
【1】
夏休みのある日、アイちゃんとヒロくんは小学校の近くの河原にやってきました。落ちている木を集めて、イカダを作って遊ぶことにしたのです。ヒロくんがちょうどいい木を探してきて、工作の得意なアイちゃんがそれをロープでしばっていきます。しばらく続けていると、立派なイカダが組み上がりました。
「これなら、ふたりで乗っても大丈夫だね」
アイちゃんとヒロくんは、イカダを川に浮かべて乗ってみました。ちょっと揺れましたが、イカダは水の上にしっかりと浮いています。
「わあ、すごいね」
「このまま少し川下りしてみようよ。むこうの橋のほうまで」
「賛成!」
ふたりはちょっとだけ冒険をしたくなって、岩をけって出発しました。イカダは川の流れにのってゆっくり進んでいきます。
よく知った通学路も、川の上から見るとまったく違う景色に見えます。夏の日差しは強いけど、水の上は涼しい風が吹いていて、とてもいい気持ちです。トンボがヒロくんの帽子にとまりました。
「川がキラキラしていて、とってもキレイ!」
「なんだか、氷に乗って旅をするシロクマみたいな気分だね」
「シロクマ? こんなに暑いのに」
「そっか。シロクマは北極にいるんだった」
アイちゃんとヒロくんがそんな話をしながら景色を楽しんでいると、突然、あたりが白っぽくなってきました。
「あれ? なんだろう」
「霧かな?」
白い霧はたちまちつよくなり、あたりは見えなくなってしまいました。イカダを岸に寄せようと思っても、どっちが岸かわかりません。「おーい!」と叫んでみましたが、返事は聞こえません。ふたりは怖くなって、抱き合ってふるえました。
どれくらい時間がたったでしょうか。ようやく霧が晴れてきました。少しづつ、少しづつ、お日様の光が見えてきました。
「ああ、よかった」
「岸が見えたら、そこに着けようね」
ところが、霧はずいぶん晴れたというのに、岸が見えません。橋も、通学路も、家や木も、トンボの姿も見えません。見渡すかぎり、キラキラした水面です。
「ここは、ひょっとして、海?」
「海? どうして?」
「わからないよ。でも僕たちの知っている川は、こんなに広くない」
ふたりはどうしていいか分からなくなりました。イカダの上で、ただただ海をながめていると、水平線の向こうから、なにかが近づいてくるのが見えました。
「船だ! 船がやってくる!」
アイちゃんとヒロくんは、船に向かって大きく手をふりました。船はまっすぐ近づいてきます。白い帆を張った船です。
「おーい!」
ふたりは叫びました。
船はぐんぐん大きくなります。木でできたその船は、ふたりのイカダとは比べ物にならないくらい立派です。白い大きな帆に、なにかが描かれています。
やがて船は、ふたりのイカダのすぐ横でとまりました。
ふたりが船を見上げていると、カラカラと音を立てて、なわばしごが降りてきました。
「どうしよう」
「登って来いって、ことじゃないかな?」
風でゆれるなわばしごを登るのはちょっと大変でしたが、一番上まで登って甲板につきました。ふたりはおどろきました。だって、そこに立っていたのは、紺色のキャプテンハットをかぶったシロクマだったんですから。
【2】
「ノースポール号へようこそ。僕はシロクマ船長だよ」
シロクマ船長は、自慢のキャプテンハットをちょっと持ち上げてあいさつをしました。
「あ、あの」
ヒロくんはあいさつをしようとして、なにを言ったらいいのか分からなくなってしまいました。アイちゃんが一歩前に出ました。
「シロクマ船長。助けてくれて、どうもありがとう」
アイちゃんがお辞儀をしたのを見て、ヒロくんも同じことをしました。そしてふたりも自己紹介をしました。
「アイちゃんにヒロくん。君たちを見つけたのは、本当は僕じゃないんだよ。僕の仲間さ」
そう言って、シロクマ船長は空を見上げました。
「ワッド! おりてくるといいよ!」
「はいよ!」
帆をささえている大きなマストから返事が聞こえました。よく見るとマストに絡まるようにして、スルスルと白いなにかがおりてきます。
「紹介するよ」
シロクマ船長は言いました。
「彼はワッドっていうんだ。僕の仲間だよ」
降りてきたのは、大きなイカでした。アイちゃんと同じくらいの身長です。
「うん。オイラはワッドだ。よろしくな」
ワッドは十本のうでを使って、双眼鏡を持ったまま、帽子を持ち上げてあいさつをしながら、アイちゃんとヒロくんと同時にあくしゅをして、鼻の下をこすりました。それでもまだ半分のうでしか使っていません。
「最初に君たちを見つけた時はびっくりしたさ。ぶじに救助できてよかったよ。船長にお礼は言ったかい」
「うん。ワッドさんも、見つけてくれて、ありがとう」
「いいってことよ。それに、ワッドさんなんて呼ばなくていいよ。ワッドって呼んでくれ。いいね」
「うん。ワッド、ありがとう」
ワッドはうれしそうに、うでをくねくねさせました。
「この船にはもうひとり仲間がいるから、会ってくるといいさ。さて、オイラは仕事に戻るよ。マストの修理がまだ途中なんだ」
ワッドはそう言うと、またマストをスルスルと登っていきました。
アイちゃんとヒロくんは、ワッドが登っていく姿を見上げて「すごいなぁ」と感心しました。
「ワッドったら、いつもよりはりきっているなぁ。きっと君たちが来てくれてうれしいんだろうね。さあ、船内を案内するよ」
そう言ってシロクマ船長はふたりを連れて行きました。船内に入るとすぐ、上へ登るのと、下へおりるのと、ふたつの階段がありました。
「まずは、操舵室を案内しようね」
「操舵室?」
「そう。船の操縦をするところだね」
シロクマ船長に続いて、アイちゃんとヒロくんも階段を登りました。そこは見晴らしがとても良い部屋でした。そしてまんなかには、船を運転するための大きなハンドルがあって、そこに赤い何かがいます。
「紹介するよ」
シロクマ船長は言いました。
「彼女はトパスっていうんだ。この船の航海士さ」
ハンドルをつかんでいたのは、大きなタコでした。ヒロくんと同じくらいの身長です。
「はい。あたしはトパスっていいます。よろしくね」
トパスは八本のうでを使って、ハンドルをしっかりつかんだまま、双眼鏡を持ち、アイちゃんとヒロくんと同時にあくしゅをして、頭をポリポリとかきました。それでもまだうでがあまっています。
「君たちのイカダのとなりにピッタリ止まれて良かったわ。なにしろ、急なことだったから。ワッドにお礼は言った?」
「うん。トパスさんも、助けに来てくれてありがとう」
「いいのよいいのよ。それに、トパスさんなんて呼ばなくていいから。トパスって呼んで。いい?」
「うん。トパス、ありがとう」
トパスはうれしそうに、うでをくねくねさせました。
「船長室を見せてもらうといいわよ。めずらしいものがたくさんあるから。さて、あたしは仕事に戻らなきゃ。船の進路をしらべているの」
トパスはそう言うと、コンパスで方向をしらべはじめました。
アイちゃんとヒロくんは、トパスが海図を広げているのを見て「かっこいいなぁ」と感心しました。
「トパスったら、いつもよりはりきっているなぁ。やっぱり君たちが来てくれてれしいんだろうね。さあ、船長室を案内するよ」
そう言ってシロクマ船長はふたりを連れて階段をおりました。
全12話 6日間連続公開予定です。
寝かしつけのときに読んでみました、なんてお話をいただけたら泣いて喜びます。
Special Thanks : イラスト ひらのかほるさん