俺の実家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
俺の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
なぜ政府やIOCが俺の家を指定したのか、よくわからない。たぶんあいつら自身もよくわかっていないからだろう。説明を聞いてもとんと要領を得ないのだ。
ただ、もし途中で聖火を消すようなことがあれば、俺が消されることになっている。そこだけは明確に条件づけられていた。つまりは脅しだ。
種火から予備を火分けすることは許されるのかと尋ねたら許可が出たのでホッとした。予備があるというのはプレッシャーが少なからず軽くなる。
俺はまず、トーチをリビングに設置した。しかしこれが悪手だとすぐに気付いた。なにしろ真上に火災報知器がついている。少し思案して、もっとも天井まで距離のある、階段に設置することにした。
さっそく聖火を火分けした。昨夏にキャンプしたときの炭が残っていたので、ガレージにBBQコンロを準備し、古新聞に移した聖火を炭の下にくべて、とりあえずトイレで用を足した。
トイレから戻ると、古新聞は燃え尽きていたが、炭にはまだ燃え移っていなかった。仕方がないので、チャッカマンと固形燃料で再点火する。今度はうまくいった。あとはこれを絶やさなければいい。
しかし、半年が経った今朝のことだ。突然、トーチが消えていた。
理由はすぐにわかった。トーチの燃料を補給するのを忘れていたのだ。
燃料カートリッジは1.5年分支給されていたが、補給作業は人力なのだ。
俺は新しいカートリッジを挿入すると、トーチを持ってガレージへ向かった。こういうときのために、火分けして予備の聖火をとっておいたのだ。なにも焦る必要はない。
BBQコンロのなかで小さな炎が揺れている。トーチを近づけると、握手でもするかのように炎が燃え移った。
俺はあと半年間。これを守り続ければいい。
東京オリンピックの聖火台に、オリンポス山からやってきたこの神聖な炎が立ち、アスリートたちの汗に輝きを添えることだろう。いまから楽しみだ。
おわり
これはなんですか?
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