死闘ジュクゴニア外伝 「ジュラクダイ」 #二次創作
こちらは、しゅげんじゃさんの長編小説「死闘ジュクゴニア」の二次創作です。本編のストーリーとはなんら関係がないだけでなく、オリジナルキャラクターばかり出して、悪ふざけに満ちております。本気で読まないようにお気をつけください。
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電光石火のライと不屈のハガネは身を潜めている。
ジュクゴニア帝国の拠点に突入するためだ。作戦開始は黎明。ふたりは今、満天の星空のしたで、そのときを待っている。
ジュクゴニア帝国の拠点、ジュラクダイ。
自由に移動できるジンヤとは異なり、瓦礫と化した町に新たに建てた建築物である。ときとして前線基地になり、またあるときには補給拠点となる。
そのジュラクダイの守将には、七文字ジュクゴの使い手をあてているというから、帝国がどれほどこの拠点を重要視しているか伺い知れる。そして七文字ジュクゴは謎に包まれており、そのジュクゴ力(ちから)を実戦で目にした者はいない。
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「そうか。よもや、何かの間違いということはあるまいな」
板張りの長い廊下を歩きながら、男は言った。身につけているものはすべて黒であった。コートの裾は床につきそうなほど長く、垂れさがる前髪の隙間から、やや上目遣いの鋭い視線がせわしなく動く。
前髪に隠されたその額には、四字熟語が刻まれている。
疑 心 暗 鬼 !!
「間違いありません。ギネン様」
ギネンに付き従うのは、赤い長髪を高い位置でまとめ、まるで馬の尾のように背中へ垂らしている男だ。腰に二振りの日本刀をぶら下げている。
「アケチ、おまえはそう言うが、にわかに信じられん」
「信じられるものなど、この世にございましょうや」
「それは……そうだが」
アケチはギネンの傍に片膝をつき、こうべを垂れる。
「それがしがギネン様に話したことは、身を危険に晒すことです。このような嘘を申して、それがしになんの利益がございましょう」
「確かに、そうだ。しかし、殿下がわたしを葬ろうとしているなどと、考えたくもない。が、しかし」
「それがしが、お味方いたします。地獄の果てまで」
「……うむ。頼もしいぞ、アケチ」
頷くアケチの赤髪が、まるで燃えるように揺れた。彼の隆々とした左上腕に刻まれているのは「謀反」の二文字。
謀反のアケチと、疑心暗鬼のギネンはこのとき、決意した。
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ジュラクダイの中庭に、小さな池がある。そこに月が映り込んでいる。水面のわずかな揺らぎがそうさせるのだろうか、空の月よりも優しく輝いていた。
「もうすぐ、テロリストどもとの戦いになるな」
金髪を短く刈り込んだ、清潔感のある青年が、傍に立つ仲間に声をかける。
「なんだ怖気付いてんのか、フラグよ。あんな奴ら、吠え面かかしてやろうぜ」
褐色の肌に、スキンヘッドの男が、おどけるように応じる。
「しかし、今度ばかりは厳しい戦いになるだろう」
「そんなシケたこと言ってんなよ。エミリーに愛想つかされるぞ」
スキンヘッドの男が首をゆすりながら冗談を言うと、金髪の男はふっと小さく笑った。
「そのエミリーなんだけどな」
「お。どうした、まさかお前さんの甲斐性のなさに呆れて、もっといい男のところへ行っちまったってか? もし俺のところへ来るって言うなら、ステキな夢を見させてやるぜ」
「そうじゃないんだ」
「どうしたってんだ?」
「俺、この戦いから戻ったら、結婚するんだ」
「マジかよ! そりゃ最高だぜ! めでてぇな!」
「ありがとう」
両者ともに、三文字ジュクゴの使い手だった。
金髪の青年の背中に刻まれたジュクゴは死亡旗。死亡旗のフラグ。
そしてスキンヘッドの男の、その頭頂部には御約束の文字が輝く。御約束のテンプレ。
「じゃあ、ダチの結婚祝いに、この戦いでテロリストどもをたくさんぶっ殺してやるよ。お前さんの出る幕がないくらいにな!」
「おいおい。俺のぶんも少しは残しといてくれよ」
ふたりの友情を、月が静かに見つめている。
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ジュラクダイの奥、ジュクゴ使いの寝所が並ぶ、そのさらに奥。
軍事拠点には似合わないほど絢爛な一室がある。煌々とした明かりが焚かれ、そこでは幾人もの男女がグラスを傾けている。アコーディオンによる演奏が酔いに拍車をかけるのだろう、なかには手を取ってステップを踏んでいる者もいる。
その部屋の中央。純白のソファに腰掛けるのは、ワインよりも赤いワンピースドレスを着た女だった。肩をあらわにし、美しい脚がアシンメトリーに裁断された裾から伸びている。髪は艶やかな亜麻色。唇とネイルは、ドレスに勝るほど明るかった。
「ウィシュフル様」
「マヨイか。どうした?」
やってくるなり足元にひざまづいた女は、小さな身体をしている。髪は黒で、肩の位置で切りそろえたボブカットだ。
「お耳に入れたきことがございます。副将ウィシュフル様」
「なんだ? せっかく楽しんでいるところだというに」
「あ、どうしましょう。あとのほうがいいでしょうか。あ、でも急いだ方がいいような気もしますので。えっと、どうしたら」
「うっとおしい。はやく申せ」
「あ、はい。ギネンとアケチが、なにやら企んでいるようでございます。もしかしたら、裏切るかも」
ドレスの女はグラスを置いた。ワインの表面が大きく揺れる。
「……ほう」
女は髪をかきあげ、そして足を組み直した。その拍子にドレスの裾が開き、艶やかな太腿が光にさらされた。そこに刻まれていたジュクゴは。
希 望 的 観 測 !!
この五文字ジュクゴの使い手は、ジュラクダイの副将を任されていた。彼女の手にかかれば、あらゆる負の情報は排除され、己の勝利のみを信じ続けることができるのだ。
「マヨイよ」
「はい」
「ご苦労であったが、そのようなことは案ずるな。アケチとギネンが殿下を裏切ることなどあり得ない。もし、もしだ。万が一そのようなことがあったとして、ここにいるジュクゴ使いたちが返り討ちにするだけだ。そうであろう?」
「あ、そうでしょうか。いや、そうですね。おっしゃるとおりです」
「さがれ。うっとおしい」
「あ、はい。すみません。失礼します」
退室したマヨイは長い廊下の端から端までを見回したあと「どうしたらいいかな」と呟いた。彼女は暗中模索のマヨイ。ひとりではなにも決められないのだ。
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「ふ。テンプレから聞いたぜ。おめでとう、フラグよ」
縁側に腰掛けて、フラグは月を見上げていた。そこへ、獅子のタテガミのように派手なファーを巻いた男がやってきて、彼の背を叩いたのだ。
「ああ。ありがとう、モヴ」
彼は即退場のモヴ。三文字ジュクゴの使い手同士、ふだんからよく言葉を交わす仲間だ。
「テンプレはどこ行った?」
「あいつ、浮かれてたぜ。食料庫に行って、酒とツマミを盗んでくるなんて言ってな。よっぽど嬉しいんだぜ」
「そうか。あいつらしいな」
「ま、そんなことでオイラも酒に付き合おうと思ってやってきたわけさ」
「ありがとうな、モヴ。ああ、俺は幸せ者だ。こんな気のいい仲間に囲まれているなんてな」
「イヤァアアアア!!」
「おいおい、ホイットニー・ヒューストンを熱唱するにはまだ気が早い……なにぃ!」
フラグは凍りついた。さっきまで談笑していたはずのモヴの鳩尾に、黒い刃物が突き刺さっていたのだ。
「これはっ! 飛びクナイ!」
モヴは縁側から転げ落ち、沓脱石にあたまをぶつけて絶命した。
「飛びクナイの使い手といえば……まさか!」
「そのまさかだ」
池の向こう側、巨大な庭石の陰から現れたのは、ギネンであった。
「ギネン様。いや、ギネン。裏切ったな!」
「裏切ったわけではない。どちらが裏切ったかは、生き残った者が決めるのだからな」
「貴様……」
「ふははっ! 死ね!」
ギネンの両手が風を切る。二本の飛びクナイが暗闇を切り裂き、フラグの胸に突き刺さる……はずだった。
「ぐおっ!」
観念していたフラグが恐る恐る目を開けると、まるで覆いかぶさるようにテンプレが立っていた。その腹部からは二本のクナイの先端が顔をだしている。赤黒い血が滴って、沓脱石を染めていった。
「テ……テンプレ!」
「ふ……情けない顔をするんじゃねぇ」
「テンプレ! しかし」
「お前さんには……エミリーを守ってもらわなきゃ……ならねぇからな。死なせるわけには……いかねぇんだ」
「……テンプレ」
「なぁ……最後にわがまま言って……いいか」
「なんだ。なんでも言ってくれ!」
「俺も……エミリーを……愛して……たんだ。幸せに……してやって……」
三本目のクナイがテンプレの頸部に突き刺さり、その先端が口から飛び出した。発声能力を失った彼は、同時に呼吸を停止し、膝から崩れ落ちるようにして地面に倒れこんだ。
「テンプレっ! テンプレっ!」
幾多の戦場をともにくぐり抜けてきたモヴとテンプレの亡骸が、無残に転がっている。月明かりが、今夜ばかりは残酷だった。
「ギネンっ! 貴様っ! 許さんぞっ!」
ニヤついているギネンを憎むあまり、フラグは己の背後に迫る赤髪の剣士に、気づいていなかった。
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暗中模索のマヨイは、死亡旗のフラグ、御約束のテンプレ、即退場のモヴが無残な死体となっていることをウィシュフルへ報告した。しかし、彼女はそれを笑い飛ばす。
「大丈夫、大丈夫。なんにも心配いらないって。そうだ、おぬしも一杯飲め。そうすればテンションあがるって。なんならキメる?」
希望的観測のウィシュフルのジュクゴ力はあまりにも強い。己の無力さに打ちひしがれたマヨイは部屋を後にし、迷った。
このまま殿下に直接報告に行くべきか。それともウィシュフルの命令に従って、静観するべきか。それともいっそ、キメてしまうか。
マヨイは迷いを打ち払うかのように首を振る。
そしてその首は胴体から切り離された。
アケチの剣撃が首を通過したとき、まだマヨイは生きていた。声を出そうとしてはじめて、自分が殺されたことを知った。
遠ざかる意識のなかで、辞世の句を詠むべきかどうか、迷っている。
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豪快に開いた扉が、派手な音を立てる。
それはまさに宴もたけなわの最中だった。その場にいる者の視線が扉に集中した瞬間、なにかが投げ込まれた。
酔っ払ってソファに身を沈めていた痩身の男が、それを受け止める。ぼんやりする視覚を叱咤するようにして焦点を合わせると、それはマヨイの頭部だった。
「うわわわっ! うぐっ!」
痩身の男はショックのあまり死んでしまった。彼の見開いたままの両眼に刻まれているのは臨終の二文字。臨終のジョウドの最後であった。
「なにやつ!」「敵か!」
一同は色めき立ち、戦いの姿勢をとる。
しかしウィシュフルは動じない。
「大丈夫、大丈夫。たかが賊の一匹や二匹。すぐに片付けてやろうじゃない」
彼女はソファから一歩も動かず、ただ背後を振り返る。
「ニッチ、サッチ。やっておしまいなさい」
「がってん」「しょうち」
大銀杏を結った巨漢が現れた。浴衣の上半身だけを脱ぎ、帯で折り返すように垂らすと、自らの大胸筋を平手で叩く。
その両の胸にはそれぞれ「絶対」と「絶命」の二文字が刻まれていた。
絶対のニッチと絶命のサッチは、雲龍型と不知火型で土俵入りをすませると、敵がいるであろう通路へ向かい、素早い立会いで一気に距離を詰めた。
しかし、扉はせまい。
「ぐむぅ」「ぐもぅ」
扉に挟まったニッチとサッチはもはやニッチもサッチもいかない。そしてふたつのジュクゴが並び、四字熟語へと変化していた。
絶 体 絶 命 !!
ふたりは血の泡をふき、そのまま息を引き取った。
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ジュラクダイを預かる守将、七文字ジュクゴの使い手は、寝具から身を起こし星空を見上げた。
「なにやら」
散りばめられた光の中にひとつだけ、朱い輝きがある。
「禍々しいことが起きているようだ」
彼は、ゆっくりと立ち上がり、身支度をはじめた。
☆
カーペットの上には、縦に真っ二つに寸断された絶対のニッチと絶命のサッチが転がる。血液と呼ぶべきか臓物と呼ぶべきか、ゼル状のそれらが肉体の断面から溢れ出している。
ギネンとアケチはその死体を踏み越えた。
「ふん。ずいぶん大きなネズミだこと」
ウィシュフルは嘲笑する。
「四字ジュクゴと二字ジュクゴがふたりで何ができるというか。こちらの戦力のほうが遥かに豊富。万に一つもおぬしらに勝ち目はないわ!」
室内のジュクゴ使いたちが一斉に襲いかかる。
まずは巨大な数珠をぶらさげた男がアケチの行く手を塞いだ。彼の指は素早く動き、印を結ぶ。その指に刻まれていたジュクゴは。
瀕 死 !!
瀕死のキトクの右眼に、アケチの大刀が刺さる。後頭部まで突き抜けたが、アケチはさらに押し込む。ついに鍔が顔面に接すると、まるで殴りつけるように押し飛ばした。
どしゃぁ!
倒れこんできたキトクを受け止めようとして、下敷きになった男がいた。その男の唇に刻まれているジュクゴは。
青 息 吐 息 !!
青息吐息のトウゲは、驚きのあまり心臓が止まってしまった。
そのとき、長いムチがアケチの太刀に絡みついた。ムチ使いの女はウェーブのかかった髪を振り乱し、太刀を奪おうと試みるが、力が足りない。その胸元に刻まれているのは。
無 理 !!
無理のモーイヤは、ギネンの放った飛びクナイに心臓を貫かれた。
ぶしゅぅ!
さらにその飛びクナイは、モーイヤの背後に立っていた長身の男に突き刺さる。その男のジュクゴは。
風 前 灯 火 !!
風前灯火のイマワの命は、まさに風前の灯火だ。
そのあいだにアケチは白装束の男に肉薄した。男の周辺にはいくつもの鬼火がともり、主人を守るかのように回転している。
鬼火が太刀に殺到する。アケチは大刀を放り投げ、鬼火をそこに集めると、素早く脇差を抜いて白装束に突き立てた。
どしゅっ!
下腹部から背中までを貫かれた男のジュクゴは。
半 死 半 生 !!
半死半生のオウジョウは、立ったまま往生した。
残っているのはあとひとり。部屋の奥、片隅に立ち尽くしたまま、惨劇を眺めているおかっぱ頭の男がいた。桃色の両頬に刻まれているジュクゴは。
愚 鈍 !!
愚鈍のスティッピは、なにもせずただ立っていた。
しかし、その場で失禁しはじめたので、とりあえず殺された。
「さて」
ギネンは両手にクナイを握りしめ、ソファの前に立つ。
「さきほどは圧倒的有利だと申していたな。いまの見解を聞こうか」
深く腰掛け、脚を組んだままのウィシュフルは、空になったワイングラスをギネンに突き出す。
「注ぎなさい」
「ボトルはもう空だ。ずいぶんと飲んだな」
「なら新しいボトルを」
「すべて割れてしまったようだ」
「倉庫に取りに行けばよいではないか。おい、アケチ。おぬしが持ってまいれ」
「……ああ、いいぜ」
一閃。
アケチは切り離したウィシュフルの頭部を持ち上げ、頸動脈から溢れる赤い液体をグラスに注ぐと、静かにテーブルに置いた。
「これでいいか?」
頭部を無造作にウィシュフルの股間あたりに放る。純白のソファが血に染まり、下にいくほど広がっていく。シンプルだった赤いワンピースドレスが、まるでプリンセスラインのそれのように、華やかに開いていった。
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ジュラクダイでもっとも長い廊下の奥に、守将の部屋がある。ギネンとアケチはそこへ向かって、静かに歩みを進めていた。
先に気づいたのはギネンだった。廊下の奥、突き当たりに、人影がある。
「……殿下」
それはまるで少年だった。半袖に半ズボン、膝下まである白いソックスを履いている。
「禍々しきものたちよ。愚かものたちよ」
少年は透き通るような青い眼で、ふたりを見つめている。
「……殿下。殿下はなぜ、わたしを亡き者にしようと企んだのです」
「ほう。ギネンよ。そちは、裏切り者は私だと言いたいのだな」
「決してそのような……いえ、そのとおりです。ですからわたしは、身を守るために、仲間たちを殺すしかありませんでした」
「そして私を殺しにきたのか」
「……はい」
「愚か、愚か、実に愚か」
少年は首を振る。
「私はジュラクダイの守将にて七文字ジュクゴの使い手! そちらごときでは相手にならぬ!」
その少年の強大なるジュクゴ力を、実際に見たまだ者はいない。
ギネンとアケチは、身構えた。
「見せてやろう! 我が力をっ!!」
少年はどこからか刃物を取り出した。それはハサミであった。刃渡りが20センチはあろうかという長く鋭いハサミだ。
そして背中に刻まれるその七文字ジュクゴは。
鋏 所 持 廊 下 疾 走 !!
少年の名はヤンチャ。
ギネンとアケチに向かって走り出す。
廊下は板張り。そして白いソックスは毛糸製だ。
少年は徐々に速度をあげ、やがてトップスピードに達した。
☆
月の位置がずいぶん低くなった。
それまで池の中心に映っていたそれは、もう岩陰に隠れてしまっている。夜明けが近づいているのだろう。
ギネンの視線の先に、フラグとテンプレとモヴの死体が転がっている。
「果たして」
ギネンが目を伏せると、ちょうど池に自分の姿が映っている。その顔は苦渋に歪んでいた。
「これで、よかったのだろうか」
水面に血飛沫が散り、ギネンの像が崩れた。それは他でもない、ギネン自身の血だった。
「いいわけねぇだろ」
耳元でアケチの囁きが聞こえる。首筋に吐息を感じるほど近い。そしてアケチの白刃が、自身の胸から生えていることを、ギネンは理解した。
「貴様……なにゆえ」
「あんたのジュクゴは疑心暗鬼だろ。柄にもなく人を信じるからこういうことになるんだよ」
「……謀反の上塗り……とはな」
ギネンは、自身の暴れるような鼓動を感じている。身体が命を維持しようと、懸命になっている証だろう。
「それはちょっと古いな」
「……なに?」
「気づかなかったか。あんたと一緒に大勢のジュクゴ使いを殺したおかげで、俺は新たなジュクゴを獲得できたんだぜ。見てみろ」
アケチは左の袖を引き千切る。露わになった上腕に刻まれているのは。
天 下 !!
「わかるか。これは、俺が天下を治めるということさ」
「……バカな……」
「バカはあんただ」
アケチはギネンを池に突き落とすと、血に染まった太刀を夜空に掲げた。星空のなかにひとつだけ朱い星がある。その瞬きを、池は映さなかった。
アケチの高らかな笑い声が、ただ響く。
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「やだねぇ。あいつ、天下とったつもりでやんの」
呟く小男がいた。
離れた屋根の上から、高笑いするアケチをそっと見下ろしている。
「ハンカール様の言うとおりだぜ。自分で気づいていねぇでやんの。左腕のジュクゴしか見てねぇから」
アケチのジュクゴは二文字ではなかった。右腕にもそれは現れていたのだ。両の上腕に刻まれているのは、あわせて四文字。それは。
三 日 天 下 !!
「さて、陽が昇るまえに、首を刎ねてやるとするか」
小男は屋根から、音もなく飛び降りた。
「このモンキ様がさ」
☆
電光石火のライと不屈のハガネが突入したとき、すでにジュラクダイは全滅していた。なにが起きたのか戸惑うふたりの前には、名だたるジュクゴ使いたちの無残な死体が転がるばかりである。
彼らはいま、板張りの長い廊下に立っている。
「ライさん、これは」
「ひどい。まだ子どものようだ」
目の前には血だまり。その中心に、まだあどけない少年が倒れていたのである。仰向けに、透き通るような青い眼を見開いたまま。左の胸にはハサミが突き刺さり、それが血だまりの源になっているのは明らかだった。
ライはそっと、少年のまぶたを閉じてやった。
「とにかくここは全滅している。任務は完了だ。予定を繰り上げて次の拠点へ向かおう」
「次の拠点は?」
「ここから南に移動する。そこにいるジュクゴ使いもなかなか手強いらしい。手元のリストによると、上面発酵のエール、黒糖焼酎のレント、墨流麦酒のコロナ……なんだこれは」
「いいよ、ライさん。行ってみればわかるよ」
「そうだな……行こう、ハガネ」
終
二次創作のお許しをくださったしゅげんじゃさんに感謝すると同時に、心よりのお詫びを申し上げます。そう、愛ゆえに。