カササギは薄明に謡う 【17,18】
全21シークエンスを11日間にわけて連載します。
<2,800文字・読むのにかかる時間:6分>
【17】
「遮蔽物を利用しろ!」
SDIRの隊員たちは銃撃をしつつ、包囲を広げて後退してゆく。校庭の外縁に沿って遊具が並んでおり、各々、そこを目指している。
「来る!」
瑠華の言葉で俺は視線を戻した。振り上げられた触手が二本、こちらに落下を開始するところだった。俺は左足を踏み込み、いったん引いた右腕を一気に振るった。
先端を長刀にしたノインシュヴァンツ・パイチェが、向かってくる触手を音速で迎え撃つ。中ほどで切断されたそいつが俺たちの頭上を飛び越え、背後に落下する。
ほぼ同じタイミングで瑠華が舞い、アルタートゥム・クラレが月光に輝く。スライスされた触手が飛び散り、俺たちの目の前に転がった。
「瑠華、ヒロトを頼む」
「どうするの?」
「少し手を貸してくる」
「気をつけて」
「ああ。ついでに一佐も守ってやってくれ。余裕があったらでいい」
名取一佐がこちらに一瞥をくれる。銀縁メガネがずれてる。
「情けなどいらん。借りをつくるつもりはない」
「強がるな。部下が死んでるぞ」
「まぁ見てろ。今回はただの白銀弾だけじゃない」
一佐の合図で幾人かの隊員が後方から躍り出た。彼らは96式自動擲弾銃を抱えている。銃本体だけで24kgもある代物だ。ふたり一組みになって校庭に散開し、三脚架を立てていく。
「ずいぶん物騒だな」
「銃弾がな。特殊なんだよ」
40ミリの銃口が火を噴いた。媒介者の表面に着弾すると、弾頭の衝突による急制動を利用して、銃弾本体が十字に割れる。そのままピッケル状に別れた四つの尻尾がめり込んだ。
「十字杭弾だ。白銀弾と同じ材質でできている。目的は対象にダメージを与えることじゃない」
名取一佐の頬が上気している。わかりやすいヤツだ。
「新兵器だか知らんが、ほどほどにな」
俺は一佐の相手をするのをやめて、暴れている触手に挑むことにした。目的が異なるとはいえ、未来ある自衛隊員が死んでいくのを見るのは忍びない。俺は音速を超える鞭で一本を斬り落とし、そいつが落下してくるより先に真下を通過。隣の触手を下から掬うようにして切断した。
瑠華はヒロトに寄り添っている。ときおり、狂ったように接近する触手を払いのけながらも、積極的に戦いに参加しようとはしない。俺は瑠華がなにを考えているかよくわかる。
十字杭弾が次々に撃ち込まれ、着弾と同時に花開いていく。それが増えてきて、ようやく魂胆が理解できた。近接する十字杭弾同士が絡まり合うことで、動きを封じていくのだ。
触手の根元に十字杭弾が集中する。いくつかの触手に対しては効果が出始めているようだ。
「ははは! 触手さえ封じればただの黒イソギンチャクだ!」
名取一佐がこれほどわかりやすいヤツだとは知らなかった。
たったいま俺が斬り落とした触手のかげから、また別の一本が踊るように伸びていく。その先には遊具があり、SDIRの一組みが20式自動小銃を連射していた。慌ててノインシュヴァンツ・パイチェを返すが、斬り落とすだけの重さは込められない。俺は一か八か、隊員たちを打つことにした。先端の刃を裏返し、花弁のように九枚を広げ、これを叩きつけたのだ。ちょっと硬いネコジャラシみたいなものだろう。文句はあとで聞く。
触手が唸ると、彼らの隠れていたシーソーは瞬時に粉砕され、その木片が宙を舞った。金属部分はひしゃげ、無残に地面に這いつくばっている。つまり遮蔽物としての効果がなかったということだ。隊員たちは重なり合って吹っ飛んだおかげで、ふたりとも辛うじて無事だった。あばらの二、三本は折ってしまったかもしれない。やはり文句はあとで聞こう。
「巽ぃ! なにをしている!」
「あ? 助けてやったんだろうが!」
つい名取一佐に反応してしまったことが過ちだった。
俺は触手に足元をすくわれた。
【18】
媒介者からすれば、それは狙いではなかっただろう。いわゆる偶然だ。獲物を求めて畝っている一本が命中しただけだ。それでも俺の身体は跳ね飛ばされ、地面のうえを激しく転がった。そこまでは認識している。次に意識を取り戻したときは、うっすらと雲のかかった月と、朧げな星々、そしてその手前で暴れている紫紺の繊維の束が見えていた。
四肢のいずれかが砕けているかと覚悟したが、幸い脳からの指示を拒否する部位はなかった。俺は身体をひねって、視界を変えた。
恵子さんのロングカーディガンが、舞踏する演者のドレスのように颯爽と踊っている。月明かりの下で、それは白い風のようにひらいては、次の瞬間には、手繰られるように瑠華の身体に巻きつく。
瑠華は、着地している瞬間があるのかというほど飛び回って戦っている。ヒロトだけでなく、俺のことを守る必要ができたからだ。中間あたりに位置取って、害を及ぼしそうな触手を次々に切り裂いていく。いまも、アルタートゥム・クラレの遠心力を使って宙返りを繰り出しながら、一本を輪切りにしたところだった。
ヒロトは立ちすくんでいる。左肩をおさえたまま、じっと媒介者を見つめていた。この一瞬ごとの場面を脳に永久保存するつもりなのか、瞳孔を広げきったまなざしには鬼気迫るものがある。
名取一佐の姿は見えない。遮蔽物へ移動したのだろうか。
俺は身をよじって、遊具が立ち並ぶほうへ視線を向けた。そこはまさに攻防の最中だった。
SDIRの新兵器によって、いくつかの触手が動きを封じられている。なるほど、近接した十字杭同士が絡まり合い、可動範囲を狭めている。相手がこれほどの図体でなければ、効果は大きかっただろう。
媒介者がそれに気づいているのかは定かではないが、主たる攻撃がSDIRたちに向いていることは明らかだ。瑠華がひとりで持ちこたえられたのは、それが理由だろう。野球のバックネットの裏側に名取一佐の姿があった。なにやら指示を出しているようだが、この激しい銃撃音のなか、隊員たちに伝わっているのだろうか。
登り棒がまるで割り箸のように折られ、その背後にいた隊員が袈裟懸けに叩きつけられる。触手が退いたとき、ふたりは地面と一体化していた。雲梯に寄っていた一組みは、むしろその遮蔽物との間に挟まれ、全身の骨を砕かれて崩れ落ちた。
着弾する白銀弾の数があきらかに減っている。
俺は両手を地面について、上体を持ち上げた。頚椎が悲鳴をあげる。自分の頭部がこれほど重いとは。大腿筋を叱咤しながらなんとか立ち上がる。ノインシュヴァンツ・パイチェを握り、右腕を振るった。
「うおおおお!」
長刀となった先端が触手に斬り込むが、切断するには至らなかった。運の悪いことに、そいつの軌道が不規則になったせいで、ヒロトのほうへ向かっていった。
「瑠華!」
俺が叫ぶよりはやく彼女は反応していた。中央の鉤爪を左手で掴み、アルタートゥム・クラレの背で触手を受け止めた。低く鈍い音がして、瑠華は左膝をついた。
「もうやめろよ!」
ヒロトが怒鳴った。上体を折り曲げんばかりに、力いっぱい声を張る。
「姉ちゃん! もうやめろ!」
この作品は、第2回逆噴射小説大賞にエントリーした「夜明けにカササギが鳴いたら」を改題し、中編に仕上げたものです。