『パンチドランク ラブ(2002)』を観ました。
はじめに言っておきたいのは、今作は「きっと誰もが観て楽しめる作品ではないだろうなあ」ということ。
確かに”奇妙な感じのラブコメ”という言い方はできますが、ラブコメ(恋愛を主要な話題としたコメディタッチの物語)を見たくて観はじめた方は、たぶん途中で怒ってしまうんではないかと思う。そんな作品です。
楽しくて笑える作品を期待して誰かと観に行ったりしたら、見終わってから『なんだか不穏な空気』で会話がないまま気まずく帰ってくる。そんな作品です。
ポール・トーマス・アンダーソン監督なので、「きっと一筋縄ではいかないだろうなあ」で観るのは正解。私がそんなでした。
なんとなく見はじめたら、お話のはじまりから「いったいこの作品は何なのだ!?」と引き込まれてしまった私。しょっぱなから起こることに頭の処理がついていかない、それなのにお話は勝手に進んでいく。「これはもしかしてホラー映画なのか?」とか「このシーンにはなんらかの意味があるのか?」とか考えて見ることをすぐにあきらめて、とりあえずそのまま観てみることにした。。
例えば、『日々がんばってるけど報われない』ような主人公は応援したくなる。『一見さえない見た目だけど、家族に対してはやさしい』、これも応援したくなる。それでは、それを逆にしてみよう。
『世の中の粗探しをしてそれにつけ込む』とか、『家族に対する不満があると、いきなり物に八つ当たりしてキレる』、そんなキャラクターを主人公にしてきたとしたら、応援するなんてちょっとごめんだ。今作はそういう作品なのである。これはもしかしたらポール・トーマス・アンダーソン監督からの挑戦状なのかもしれない。
いつも走っている競技場に、やたら高いハードルをあえて設置して、どこまでの障害物なら乗り越えて走れるかを試す。いつも通りに走ってる人は、確実に面食らって転ぶ。
面白かったのか面白くなかったのか?と問われれば「私は面白すぎて一気に最後まで観てしまった」「映像の構図も色使いも、その組み合わせも流れる音楽も素晴らしかった」。これはきっと私がどこかおかしいからかもしれない。今作は興行的に映画の制作費を稼げなかった”大爆死”となった作品であった。
『目が離せない』にもいくつかあって、応援したくなって『目が離せない』もあるが、今作の主人公は危なっかしくって『目が離せない』タイプであった。「ふと見た広告のテレフォン・セックスサービスになんか電話なんかすな!」であるし、「そんな電話相手に自分のクレジット番号なんか言うな!」ましてや「ご住所なんか言うな!」である。不安になるんでできればこんな人を見ていたくない、でも視界に入ってしまうとなにかやらかしそうで、どうしても見ちゃう。
パンチドランク ラブ=強烈な一目惚れ、をした彼女と彼のお姉さん(7人いる中の1人)が職場に突入してくるシーンが好きだ。
3人が話をしているがほとんど会話が噛み合っていなくて、完全に動揺しているのに平然と会話をしようとしてる。そこに、よりによってテレフォン・セックスサービスから電話が入って、電話を切っても何度も何度も脅迫してくる。精神科の相談をしたのが、一番知られたくない姉に知られてしまい問い詰められる。気になる彼女から突然の熱烈な思いの告白。そんな後ろでちょっとした事故みたいなことも起きる。そんな場面に流れる音楽が不穏すぎて最高にアガるシーンになっていた。こういうのは映画でしか体験できない面白さである。
笑いのツボってのは人それぞれであるし、国や民族によっても違ってくる。また、周りが笑っているとつられて笑ってしまったり、誰も笑ってないとまったく笑えなくなるとかもある。
今作は数々の賞を受賞(2002年カンヌ国際映画祭 監督賞、2002年ヒホン国際映画祭 最優秀男優賞、2002年トロント映画批評家協会賞 監督賞)しているのでした。ということは、私みたいに今作がツボに入った人が色々な国に、いくらかはおられるということだろう。
映画は娯楽なので、がんばって観たりしないくていいと思う。怖いもの見たさでちょっと観てからやめたりする(私はよくする)のもいいと思います。
なんか思ってたのと違ったけど面白かったりするのは、偶然出会って気が合ったみたいでうれしい。生きてるっていうのは先が見えないけど、意図しない出会いで一目惚れしてしてしまったり、そんなことが突然あったりするから面白い。ああ、今作ってそういう話か。
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