『インサイド・ヘッド2(2024)』を観ました
子供の時期は思った感情をそのまま外に出していたのに、思春期に入ると「嬉しいのに嬉しいのを表に出さない」「悲しいのに悲しいのを表に出さない」ようになったりする。
学校のクラスなんかでは感情をそのまま出すと攻撃されたりすることもあるので、自分を守るためにしてしまうのかもしれない。
原題では『Inside Out(インサイド・アウト)』なのに、邦題は『Inside Head(インサイド・ヘッド)』なのでした。
「Inside Out(インサイド・アウト)=あべこべ」という意味があって、まさに思春期における感情を裏返しに出すことをそのまま表している言葉でもあるのですが、日本語では単純に「Inside Head(インサイド・ヘッド)=頭の中で起きていること」っていう意味だけが伝わるようにしたのでしょう。
▼『インサイド・ヘッド』の予告
たまたま母の住む岡山に行った時に観にいく時間が取れたので「アニメ映画を観に行ってくる」と母に言ったら「お母さんも観たい」などと言うもんだからいっしょに観ることになってしまった。
観るのも夜のレイトショーの回ではなく、少し時間も早めの夕方にした。
とはいえ母とは「思春期」とか「自分らしさ」とかといった話なんかをまったくしたことがない。もしかしたら母はこういった内容について、考えたこともないし興味もないのかもしれない。
一方私の思春期は凄まじいものがあって、まさに「思春期の嵐」のようであった。
部屋で悲鳴をあげてベッドの上でのたうちまわるようなこともあったし、対人恐怖とか視線恐怖とかもあって、ほとんどまともに人としゃべることもできなくなっていた。
高校生の私が混乱した状況になると母は「昔のあなたに戻ってちょうだい」とか「私の育て方が悪かったんかね」など見事に的外れな思春期に親が一番言ってはいけないセリフをよく私に言っていた。
父はと言うと、そんな混乱した私が自分がつくった家族というものを壊しかねない危険な存在として、脅威のように感じていたようであった(そのように直接言われたこともある)。
なんの理解も興味もない内容の映画に母は連れてこられたわけだが、もしかしたらこの映画きっかけに「思春期のこと」や「自分の存在のこと」なんかの話を出来たりしたら面白いと思ったりしたが、そうはいかなかった。
はじまってすぐ思春期のライリーの頭の中が描かれだして、黄色いヨロコビや青いカナシミが出てくると、母の頭の上に大きなハテナマーク『?』が出た(ように見えた)。感情が擬人化されて絵で描かれているってことが、訳がわからない様子である。そんなところに新しく今回の『インサイド・ヘッド2』での新キャラの、オレンジ色のシンパイやピンク色のハズカシなんかが出てくるもんだから、もう思考停止になってしまったのかもしれない。
それでも観ていたらなんとなくわかってくるかと思っていたのであるが、そうはいかないようであった。
もうお話についていく感じでもなくて、映画館の天井見たりしてスクリーンをあんまり見ていない。それでもお話は進んでいき、ヨロコビやカナシミたちがかなりピンチになったところでチラッと母の様子を見たら、持って来た自分のポーチの中にのぞきこんで、なにかをくまなく探していた。
これはもう野球を知らないし興味がない人を、試合のある球場に連れて行ったようなもので、元々野球に興味がないのでその場の熱気とか試合のゆくえなんてどうでもよくて、観てても面白くもなんともないのではないだろうか。
私も映画に集中したいので途中からもう母の様子を見るのはやめた。だって本人が「この映画を観たい」って言ったんだから、私が強引に連れて来たわけではないから、もう知ったこっちゃないのである。
▼『インサイド・ヘッド2』の予告
私は2度以上泣いた。
「今までの感情の枠組みが完全に通用しなくなる思春期ってものを、こうやってアニメで描くことができるのか」と、何度も目からウロコであった。特に感情の中でもシンパイが大きくなっていき全体の脅威になっていくってのは、思春期だけでなく大人も抱えている大きな問題であろう。
あまりに素晴らしかったので次回は一人で観ようと強く思った。
映画が終わって席を立つと、二列後ろくらいに中学生くらいのおにいちゃんが小学生高学年の妹を連れて観に来ていたようであった。お兄ちゃんが「続編としては最高だったんじゃないか〜」と言うと妹が「私カナシミが一人になったところが一番よかったーっ」とか感想を言い合っている。なんて素晴らしい瞬間だろう。この2人のやりとり見れたのは最高によかった。
一転母と私は、帰りの車に乗って家に帰るまで感想とかは一言もなかった。なにかこっちが質問するのも変だと思ったので、私からはあえて何も言わなかった。
「なにがなんだかわからなかった」とか「もう一回見たらわかるかも」とか、感想があればなんでも聞いたのだか、それ以来この映画については一言もなかった。