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『福田村事件(2023)』を観ました。

私が座っている席の右側には、ひとつ開けて2人が並んで座っていた。私より年上で、夫婦ではなく男性2人だったかもしれない。
映画がいよいよクライマックスに入り、香川県からの薬の行商団が村人に囲まれ押し問答。緊張感が最高潮に達してついに殺害がはじまるというところで、席をひとつ空けた2人のうち1人が、椅子から転げるようにあわてて暗い通路を這うように劇場の外に出て行ってしまった。スクリーンでは直後に集団による殺害がはじまった。
今作を観るということは殺害事件を避けては通れないのだが、出て行った人は作品のことを全然知らずに観にきたのだろうか? 「ちゃんとこの事件を最後まで直視しなさい」などとは言わないし、苦手な人ははじめから観ない方がいいと思う。映画が終わってから隣に残って見た1人は電話をしていたようであるが、途中で出て行ったもう1人とは合流できていないようだった。

福田村事件(ふくだむらじけん)は、1923年(大正12年)9月6日、関東大震災後の混乱および流言蜚語が生み出した社会不安の中で、香川県からの薬の行商団(配置薬販売業者)15名が千葉県東葛飾郡福田村(現在の野田市)三ツ堀で地元の福田村および田中村(現柏市)それぞれの自警団に暴行され、9名が殺害された事件である。

https://ja.wikipedia.org/wiki/福田村事件

もちろん見ててキツい作品ではある。しかし、見た後は「ああ、見て良かったなあ」と思った。だから興味がある人は見てみるといいかと思う。
これで全然知らない人しか出演してなかったら、私も生々しすぎて見るのは避けていたかもしれない。だから今作に出演した出演者の方々(井浦新、田中麗奈、永山瑛太、柄本明、ピエール瀧、水道橋博士、東出昌大、コムアイ、他)「よくぞ出演してくださった」と思う。リスクを覚悟で出演した、その役者としての姿勢に感謝の気持ちを伝えたい。

森達也監督の作品はどちらかというと苦手で、観るのを避けてきましたが、今作はなにか大きな挑戦であるような気がして観たかったのでした。
なにもないゼロからここまでの作品を見事に完成させたのが今作から伝わってきました。それは演者さんだと水道橋博士さんやコムアイさんにも、この作品と同じ姿勢を感じました。作品も演者さんも素晴らしかったです。

この題材は国としても「実際にはなかったことにしたい」内容なので、通常の邦画の流れでは完成に至らないでしょう。だから今作が完成して映画館で観れることが大袈裟に言えば『奇跡に近いこと』だと思われます。
でも、やはり最後の事件は劇場に来た人が直前で逃げ出すほど、目を背けたくなる現実を突きつけられるような作品なので、無理して観ない方がいいでしょう。ただの作りものの映画作品なんですから、見た結果トラウマになったりすることはないです。

私は大阪に住んでいた中学生の時に噂で聞いた「ヤツラに捕まって鼻に割り箸突っ込まれて殴られ、鼻血が止まらなくなった中学生がいたらしい。ヤツラに囲まれたら殺されかねない」という話を思い出してしまいました。このヤツラ=朝鮮人であったのでした。そんな噂話を私は本当のことにしか思えなかったのでした。

今作で恐ろしいのは「もしコイツらが朝鮮人でなかったらどうする」というもので、「日本人だったら殺してしまったら罪になるが、朝鮮人であれば殺さないとこっちがやられる」という場が、事件当時に出来あがっていたということでしょう。
わかりきったことではありますが、今作の描いていることはまさに今のインターネットでの個人への誹謗中傷や、ヘイトスピーチや、移民問題などと直結しているのでした。

多分私があの事件の場にいて行商団を取り囲む側であっても、冷静で居られるとは思えません。人は個人個人であるのに群れになれば別の生き物のようになり、個人では絶対しないことも平気でやってしまう。人間という生き物は自分を守るという本能のためか、群れに飲み込まれると自分の力ではとうてい止めることができないモンスターになってしまうことがあります。いじめ、集団リンチ、市民が警察や機動隊に殺されたり(その逆も)は、今でも起きてしまっています。

やはり相手の挑発に乗ったら負けのような気がします。「相手のペースに巻き込まれたら死ぬと思った方がいい」と言っていたのは、私が初めて二十歳での海外旅行でインドに行った時に、騙されてお金を巻き上げられていた私を助けてくれた年上の日本人の師匠に言われたことです。これはその後も、私が生きる多くの場面で助けになっているのでした。

あと、映画のパンフは少し高い(1500円)けど、対談やシナリオまで載っていて買ってよかったですよ。

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