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鉄魂の継承者
都会の喧騒に揉まれながら、鉄男はスーツの窮屈さに苛立ちを感じていた。サラリーマン生活を始めて1年。安定した収入は魅力的だったが、心の奥底では、幼い頃から見てきた父の背中が忘れられなかった。
鉄工所を営んでいた父の姿は、少年の鉄男にとってヒーローそのものだった。火花を散らしながら鉄を溶接する姿、巨大なドリルで鋼材に穴を開ける姿、油と鉄の匂いが混じり合った工場の空気…。すべてが刺激的で、胸を躍らせるものだった。
「いつか、俺も父さんのように会社を経営したい」
会社は、兄の剛が継いでいるので俺は他の道を探す。
その思いは、サラリーマン生活を送る中で、さらに強くなっていった。鉄男は、営業で街を巡る中で、街工場を見つけると、つい足を止めてしまう癖があった。鉄工所の独特の油の匂い、機械の轟音、職人が黙々と作業する姿…。それらに触れるたびに、鉄男の血は騒いだ。
「何か、いいビジネスチャンスはないか」
鉄男は、常にアンテナを張り巡らせていた。そんなある日、営業先で、高齢の林業家との出会いがあった。世間話の中で、鉄男は、放置竹林の問題を知ることになる。
「裏山は、昔はよく遊んだ場所だったんだが、今は荒れ放題でね…。竹が生い茂って、獣も出やすくなっちまった」
林業家の言葉に、鉄男は心を痛めた。調べてみると、放置竹林は全国的な問題で、所有者の高齢化や後継者不足により、管理が行き届かなくなっている現状を知った。
「これは、ビジネスチャンスかもしれない」
鉄男は、直感的にそう思った。放置竹林の整備は、社会貢献にも繋がる。さらに、国や自治体から交付金を受けられる可能性もある。
「でも、山の整備には、時間もお金もかかる。本当に採算がとれるのだろうか…」
鉄男は、不安を感じながらも、行動を起こすことを決意した。まずは、週末を利用して、友人の祖父が所有する竹林の整備を手伝うことから始めた。汗水垂らして竹を伐採し、運び出す作業は重労働だったが、鉄男は不思議と充実感を感じていた。
そして、ある時、鉄男は閃いた。
「メンマを作ってみよう!」
中国からの輸入品がほとんどを占めるメンマ市場。国産のメンマは希少価値が高く、需要が見込める。鉄男は、試行錯誤の末、オリジナルのメンマレシピを開発した。
「梅味メンマ」と「ゆず味噌メンマ」。
素材の味を活かした、さっぱりとした味わいは、たちまち評判となった。鉄男は、竹林整備事業で会社を立ち上げ、「竹虎」と名付けた。
「竹は、宝の山だ」
鉄男は、そう確信していた。肥料を与えなくても、毎年成長する竹は、まさに再生可能な資源の宝庫だ。竹材は、建築資材や燃料として利用できるだけでなく、竹炭や竹酢液など、様々な製品に加工できる。
鉄男は、竹林整備事業を通じて、地域社会に貢献しながら、新たなビジネスモデルを構築していった。サラリーマン時代には想像もできなかった、やりがいと充実感。鉄男は、父の背中を追いかけ、ついに自分の会社を手に入れたのだ。
「これからも、竹のように、しなやかに、力強く、成長していきたい」
鉄男は、未来を見据え、力強く拳を握りしめた。
※上記に登場する人物、会社名は仮名になります。