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京野哲也(編著)、ronnor、dtk著『Q&A若手法務弁護士からの相談199問』(2023)

題名の「若手弁護士からの相談」という題名に相反して、それなりの経験を持った企業法務担当者(管理職を含む)にとっても、今まで漠然と考えていたことが見事に言語化されていることから、大変に示唆に富む書籍である。新人は新人なりに、ベテランはベテランなりに、本書を味わうことができると思う。以後いろいろと厳しいことを書くが、良書であることは強調しておきたい。

本書は、「Q&A若手弁護士からの相談〇〇〇問」シリーズ第3弾である。第1弾(374問)はしがきにおいて、「①若手弁護士が簡単に調べにくい問題、②本を読んだだけでは不安に思う問題、そして③あまり本に書かれていない問題」を扱い、そして、第2弾(203問)でもこの編集方針は継続された。

しかし、本書はそれが明言されていない。大方の設問が「若手弁護士」から[1]というよりは、著者自身の問題意識の表れから書かれているように感じる。

著者は、第1弾から連続して書かれている「司法研修所教官等の経験を持つベテラン弁護士である京野」先生、第2弾から加わった「企業内の法務部門で日々模索を繰り返してきたronnor」こと無雙先生、そして本書から共著者に加わった「日米の弁護士資格として企業法務パーソンとして現在上場企業法務部門長を務めるdtk」こと國寶先生の筆によるものであるが、3名の共著者のうち、2名が企業内の法務従事者であることが、この本の立ち位置を規定しているように思われる[2]。

さて、署名にもなっている想定読者層である「若手」とは、どのような層を言うのかについて、冒頭で軽く触れておくことは有益だろう。

無雙先生のツイートによれば、

「若手」として「新人」としていないところにそのようなターゲティングの含意があります

個々の法務パーソンがどのようによりよく仕事ができるか、というのが本書のスコープであり、法務部門長がいかに法務という組織を経営陣に信頼されるものにするか、は本書のスコープから外れます。

ということであるから、ここでいう「若手弁護士」とは、後輩がいる年次ではある(実際に後輩の有無を問わない)が、管理職として労務管理をする立場ではない、ということであろうか。大体登録後2、3年目から10年くらいまで、年齢にして30代というところか。

しかし、今後述べていくように、読者をそのような「若手」と必ずしも意識していない記述がみられるのも、本書の特徴となっている。

第1編は「顧問弁護士編」と題し、「(法律事務所所属弁護士を念頭に置いた)顧客との関係での悩みについて」扱う。「法律事務所に所属し、主に顧問弁護士という形で依頼者と関わる若手弁護士」(p.1)を対象とする。

若手弁護士で顧問弁護士というのはどういうことなのか?

よほど富裕層でもない限り、個人からの顧問というのはない(そして、「若手弁護士」がそのような富裕層の顧問になるということも稀)であれば、「顧問弁護士」というのであれば、依頼者は企業等の法人を念頭に置いているはずである。しかし、いきなりQ2に「一般民事の依頼者」と出てくる。このあたりが「顧問弁護士」という切り口とどう絡んでくるかがわかりづらかった。「一般民事の依頼者」系の相談では、Q12(報酬算定)、Q29(独立当初の依頼者確保方法、Q30-32(依頼者からの受任・辞任、リピーターとなるために)があるが、「顧問弁護士」で「若手弁護士」という想定読者層から、どうしてこのような質問が出てくるのか。

自分の見えている世界のことだから、異論は全面的に認めるが、企業における「顧問弁護士」とは、経験のある、もはや「若手」とは言えない弁護士が多いので、「若手弁護士」とは顧問弁護士をボスとする事務所に所属する弁護士だという印象[3]がある。そのような事務所に勤務して、個人受任案件として一般民事の依頼者からの案件がある弁護士を広義の「顧問弁護士」として読者層として想定しているということなのだろうか?それとも、ITやベンチャー系の新興企業において、若年の弁護士が継続的に受任する形態として「顧問弁護士」となっているのであろうか?「顧問弁護士」というくくりが、著者たちのいかなる考えに基づくのか、本書の記載からすれば、やや混乱するように見えた。

Q3、4は、依頼者からの無茶ぶりにどう対処するかという質問だが、回答にはいずれも「法務」の意向を確認しよう、とある。このことから、ここでいう依頼者は「法務」を有する企業であることがわかる。本編における「法務」は原則として「依頼者の法務担当者」を意味する(p.1)からである。

しかし、自分の経験上、企業からの相談において、ほとんどの弁護士は、目の前の相談者が何を求めているか、という観点から助言を行っている。目の前の相談者が、法務とは異なる意向で動いているとは思わない。

加えて、企業における法務の役割が、弁護士との相談の品質管理を遍く行う、というのも自明ではない。金融機関の多くは、弁護士への依頼、相談はフロントの独自判断で行われ、法務の介在はないことの方が通例[4]である。そのほか、法務が関与しない弁護士依頼は、例えばM&Aへの経営企画部門とか、労務問題への人事部門とか、ある程度普遍的に存在する。また、そもそも企業の中に法務機能を持たず、事業担当者が直接弁護士に相談する例も多い。

筆者らは、依頼者のビジネスプロセスを理解することの重要性を説いている。その中で、弁護士への依頼に対する法務の関与のあり方も含まれるはずである。そこで、そもそも依頼者企業にどのような組織があり、仮に法務が存在するのであれば、その企業内法務が外部弁護士に対してどのような権限を有するのかという点について、いくつかの類型を示すことがQ3、4の前提として必要であったのではないだろうか[5]。

Q24は #萌渋スペース でも扱われた國寶先生のこちらのブログ記事をもとにした記事であると思われるが、元のブログ記事は、「外の弁護士との付き合い方」についての検討であり、企業の中から見た外の弁護士の見え方であって(p.31でも「上場企業等のある程度経験豊富な法務の目線で」説明する、とある)、このような区分が、法律事務所の弁護士において有用なのかはよくわからない。「顧問弁護士編」に置くのであれば、もう少し京野先生の見解を反映してほしかった。このQに限らず、実は企業側からの記載を顧問弁護士編に載せているのではないかと思われる記載が本編にはあって、読んでいて視野がぐるぐる変わるので、通読していると混乱するところがある。もう少し徹底して「顧問弁護士」としての視点を固定してほしかった。

Q26において、法務の究極の依頼者は法務部門長であるとしているが、これはやや疑問。法務部門としての見解・立場、あるべき姿を常に法務部門長が体現しているとは限らない。企業には、法務としての専門性がない他部門からの異動者である法務部門長、当該企業での法務経験の短い転職者である法務部門長もいるのであって、担当者の方が正しいということも、それほど稀ではないと思われる。そういう場合に、上位者に阿った助言を行うことで、法務部門自体に動揺が走る、弁護士への信頼が落ちるということもある。ここはやはり、自分が正しいと思ったことを言う方が、望ましいのではないか[6]と思う。

また、若手弁護士が法務部門長に意向を確認する機会は、小規模法務でない限り、それほどないのではないか[7]。

本編の最後のQ34では、法律事務所のパートナーの立場も書いてあるが、これも「若手弁護士」という本書の内容からは逸脱するので、もう少し補足が必要だったと思う。

全体として、本編は、個々の回答の内容はともかく、雑多な情報がQごとにあまり整理されていない形で所収されており、視点の固定や、想定する読者の知っている知識の範囲の画定など、もう少し詰めて欲しかったという感想を持たざるを得ない。

第2編「法務パーソン編」は、第1編と異なり、章立て、視座などよく練られていると感じる。なお、「弁護士ではない一般の法務パーソンにとっても有益なものと考えます」(p.47)とある通り、本編は「若手弁護士」というよりは、若手法務パーソンという視点で書かれている。

1.     ビジネスへの理解

まず、Q35から48は、法務パーソンはまずビジネスパーソンであるべきであるという考えに基づき、筆者の考える理想の法務パーソン論が展開される。

ビジネスを前に進めること、「できるだけビジネスサイドの期待する本質的な部分を残しながら、適法に実現されるための方法を考える」(p.48)これを、パートナー機能と呼ぶが、これに加えて、ガーディアン機能も果たさないといけない。ガーディアン機能とは経産省在り方研令和報告書の定義を引いてきて「法的リスク管理の観点から、経営や他部門の意思決定に関与して、事業や業務執行の内容に変更を加え、場合によっては、意思決定を中止・延期させるなどによって、会社の権利や財産、評判などを守る機能」とする[8]。記載されている分量がパートナー機能部分よりもガーディアン機能・リスク管理の方が長く、詳細になっていることから、筆者らとしては、法務の機能はリスク管理を中心とするガーディアン機能が基礎であると考えているようである。

そして、法務機能を発揮するためには、法務パーソンは、内外の関係者の協力を得ながら、法的な判断をしていくことが必要とされる。法的知識については、同僚や顧問事務所[9]の協力を得ながら「法務の素養のあるビジネスパーソン」になっていくことが求められる。最低限の知識を得るための具体的な勉強法について、p.59で触れられているものの、これらを独学でやるのは独善に陥る危険がある。丁寧に先輩に教えてもらいながら進めるのが望ましいだろう。

その後、(必要に応じて外部弁護士を含む他の協力を仰ぐことを前提としつつ、法律知識を獲得して「リスク感覚[10]」をつかんでいくことが法務パーソンには求められるが、そのためにはビジネスの熟知[11]が必要であるとされる。それこそが、企業内法務パーソンの外部弁護士からの優位性である。ビジネスを熟知するためには、ヒト/モノ/カネのフレームワークで自社ビジネスと相談対象のビジネスを分析することが求められる。そして、ビジネスを熟知することを通じ、社内からの信頼を得、協力を生むことになる。

しかし、著者も認識する通り、法務パーソンにとってビジネスパーソンであることが、「弁護士有資格者であったり、法務の転職を繰り返したり、法務経歴が長くなるとこの基本がおろそかになることもある」(p.48)。それはなぜなのか。おそらく法務パーソンがビジネスを理解することを軽視したり、ビジネスを熟知していると誤解していたりするからではないかと考える。法務パーソンは社内において法務の専門家であることを自他ともに期待されているのであり、事業については、どこまで行っても完全には理解できないという謙虚さが欠けているからそうなるのではないか。事業を熟知する、というのは永遠にかなわない夢として追い続けるべきなのではないか。

このことは、法務組織内において、プロパー社員として新卒で事業部門等に配属されて異動してきた(通常は無資格)法務パーソンと、弁護士経験または他社での法務経験を経て組織に加わった法務パーソンとの間において、微妙な壁があると認識されていることや、法務経験者として入社した企業において、他部署の「メンバーシップ」社員からの阻害を当該法務パーソンが感じてしまうこと、法務パーソンが事業を熟知していると思っているほどには、事業担当者は法務パーソンが自分たちの見方だと思ってくれないという不満があることと感じる。

この壁を超えるためにどうしたらいいのか。弁護士資格に加え、卓越した法務知識や事業知識(経験にはなりえない)によって克服できるのか、このあたりの悩みは、本書を読んで、さらに深まったのである。

2.     コミュニケーション

これに続くQ49から57までは、法務が行うコミュニケーションに焦点が当てられている。49ページから50ページにかけて記載されている電子契約導入プロジェクトにおける法務の案件の回し方のイメージが、若手弁護士が遭遇する法務の先輩の素晴らしい働きぶりを見るようだ。さらりと書いてあるが、このような働き方を目の前で見せられたら、後輩法務パーソンは、心酔することだろう。法的な知識(外部調達が可能)、ロジックは、法務パーソンとしての必要条件であるが、それだけではいい法務パーソンにはなれず、ビジネスからの信頼を得ることが、十分条件であるという好例である。

ついついビジネスを馬鹿にしがちである法務の欠点については強く戒めている[12]。ビジネスとのコミュニケーション手法について、可能な限りの言語化が試みられている。しかし、言うは易く行うは難しである。ここに書かれていることを会得するためには、先輩の指導を得ながら、体験を繰り返し、失敗を繰り返してつかんでいくしかない。身が引き締まる思いで読んだ。

3.     キーパーソン

Q58から74までがキーパーソン対応についてであり、顧問弁護士との付き合い方も触れられている。「顧問弁護士」という言葉の使い方についての違和感は顧問弁護士編で書いたから再説しない。実際には顧問弁護士に限らず、頼みとする外部弁護士一般の話だと理解している。

社内外を問わず、キーパーソンと思われる人とのコミュニケーションについて、これまでと同様に緻密に言語化が図られている。読んでいて少し引っかかったのは、「若手」にとってのキーパーソンと、先輩や管理職にとってのキーパーソンは、必ずしも一致しないという点を言っておいた方がよかったのではないかということである。Q64はキーパーソンが執行役員や取締役等のエグゼクティブである場合について触れているが、「若手」法務パーソンが直接エグゼクティブに接する場面は、よほど会社規模が小さいか、風通しが良くなければならず、そこは、先輩や管理職を通して働きかけるということになる。そうすると、「若手」法務パーソンにとってのキーパーソンは、その働きがかけをする先輩や管理職となるのであって、いかに彼らがエグゼクティブに働きかけてもらうかという観点からコミュニケーションを考えることが必要になる。いわゆる「上を動かす」というコミュニケーションスキルである。また、キーパーソンが複数いるときに働きかけ方の順番や、「若手」がキーパーソンと直接コミュニケーションをすることを面白く思わない人たちへのフォローなども、古い組織では必要になってくることもあるだろう。

こうしたノウハウ(自分は「有職故実」と呼んでいる)は、やはり先輩のやり方を見ながら試行錯誤でやっていくことが必要であって、本書を読んだだけで、形式的に真似ても反作用が出てくることもある。「若手」には、まずは自分の身の回りの直接影響を与えることができる範囲でのキーパーソンの発掘とコミュニケーションのスキルアップを勧めていきたいと思う。

4.     案件を回す

Q75から81までが案件を回すためのスキルやノウハウに触れている。ビジネスと法務とのどちらが案件の主導を握るかということや、どうビジネスと寄り添っていくか、ビジネスをどう巻き込むかという点については、筆者の経験からくる意見が率直に示されているものと思う。これも自分で考えながら経験して、自分なりの考えを持っていくことが期待されている。Q80、81の案件を前に進めていくうえで役立つノウハウとして4つの切り口、13のTipsが示されている[13]。何度も味読して体得するまで反復することが求められている。決して1回読んだから終わりというものではない。その意味では、分かる人にはわかる「シュッとしてバーン」の法務版[14]という感じがしなくもない。

5.     上司や後輩との関係

Q82から103までが上司や後輩との関係について。上司と部下ではなく「後輩」という言葉を使うところに、「若手」の立ち位置が示されている。先輩、同僚があまり出てこない[15]のはなぜだろう。

上司との関係については、かなり精緻かつ具体的である。筆者が部下時代に上司がこうあってほしかった、こうあってほしくなかったという経験と、上司として、部下にこうあってほしいという願望がかなり投影されているのではないか。

法務パーソンにとっての上司として、本書は法務についての知識・経験があり、かつ、所属先企業のビジネスや組織に通じていることを前提にしているように思われるが、そのような存在は必ずしも当たり前ではない。ナイスであるかそうでないかにかかわらず、法務についての経験はないが、企業のビジネス・組織には通じた(他部署から異動してきたばかりの)上司や、法律には通じているが、所属先企業の内部事情には疎い(インハウスとして法律事務所や他の企業から転職してきたばかりの)上司という存在も、よく見るところである。一人法務や小規模法務の場合、もしかしたらその両方がない上司に巡り当たる可能性だってある。したがって、まず上司がどのタイプなのかを見極めたうえで、法律かビジネスかいずれかしか通じていないときは、先輩や同僚で逆の専門性を持つ人を補完的に頼るということが求められるはずである。昨今の企業内法務の人材流動性から考えると、そのことは若手法務パーソンにとって、知っておくべき事項として記載してほしかったところである。

Q98で「後輩は『信じられない程できない』」とあるが、この書き方には違和感があった。もちろん自分ができるからではなくて、自分ができなかったことを忘れてしまうからという断りがあるものの、自分だったら、自分が悩んできたことが伝わらないことや、初任の苦労をもう忘れてしまったことに絶望する。相手ができないというように感じるのはやはり傲慢か、信じられるほどできる人なのではないかと思う。

他方、Q149 では「できないのにイライラして強く当た」る(p.186)という記載があり、「信じられない程できない」と感じるという記載とはニュアンスが異なる。Q149は、後輩の育成について、法律事務所内を想定した記載であるが、企業内と法律事務所内とを分けて記載するほどの違いはなく、両方の執筆者間で調整して、トーンを合わせた方がよかったのではないか。

6.     迅速対応、困った人対応

Q104から114までが、迅速対応について、Q105から123までが困った人への対応について。ここの記載にはそのとおりだ、という感想しかない。名人芸が言語化されているが、これを真に理解し実践できる人がどこまでいるかは、わからない。できるところからやっていくしかないという絶望感も持ってしまう。

7.     ビジネスを止めるとき

Q124から129までがビジネスを止めるべき時の対応について。企業によるだろうが、「止める」という言葉には違和感がある。ビジネスのオーナーシップは事業部門ないし経営者にあるのであって、法務はリスクの提示や止めるべきとの意見勧告はできるけれども、最終的には(納得づくか、渋々かは別として)事業担当者、事業部門の責任者、経営者が止めると判断するから止まるのではないだろうか。

全体として、本編の記載は、ほぼ同一の問題意識に従って書かれており、かつ、企業法務における案件の進め方の神髄について言語化がされている。他方、この記載だけでは、直ちに法務の達人になれるわけではない。この内容をもとに、的確な指導を受けて実践をしていくことが、企業内法務担当としての「若手弁護士」が成長するためには必要であると感じた。

続く第3編「キャリア編」は、第1章が弁護士(この用語が適切かについては前述した)としてのキャリア、第2章がインハウス(弁護士資格があることが前提)、第3章がキャリアアップとして社内価値と市場価値とを上げるためのノウハウ、第4章がテクノロジーとの付き合い方となっている。

第1章と第2章とが若手弁護士を対象としているとあるが、第1編同様、名宛人が設問ごとにどんどん変わる。第1編でいうと、事務所の経営戦略・マーケティング(Q136)、ブランディング(Q137)、事務所経営(Q152-155)、共同経営(Q158)、事務局員の解雇(Q159 )は、「若手」弁護士対象とするには違和感があり、無理に突っ込んできた感[16]が否めない。

第2章インハウスと第3編キャリアアップは、内容的には第2編法務パーソン編と対をなすものである。特に、社内におけるキャリアップ(例えばQ178から182)は、法務パーソン編に移し、新しく転職してきた際にどう組織になじむか(法律事務所から企業に転職した際の企業の特徴を含む)、どういうときに転職するべきか、転職のメリットとデメリットとしてキャリア編を整理したほうがわかりやすかったのではないか。なお、自分が転職経験がないからかもしれないが、比較的短期に転職を繰り返すことのリスクについては、もう少し詳しく説明しておいた方がよいと感じた。転職を通じてより望ましい働き方や処遇が実現できれば良いが、短期に転職を繰り返し、処遇がジリ貧になっていく例もある[17]。簡単に転職できると思って、転職先を安易に選び、簡単に辞めていくということが増えていけば、企業における法務パーソン全体に対する信用が落ちてしまうことを危惧する。

以下、バラバラとコメント。

Q174のインハウスとしてのWLB(ワークライフバランス)は、Q19の顧問弁護士への週末作業押し付けと併せて読むと、法律事務所の弁護士からは相当な異論があるような気がする。

勉強についてのQ188は基本的には法曹資格がない人を対象とした回答に見えるが、題名からはぶれている。

Q189の法律資格以外の推奨資格が英語、会計、ITというのは、インハウスにとってはその業界に即した資格を追加したほうが良いと思った。技術系とか、勤務先の免許業に関連した資格などである。

第4章テクノロジーとの付き合い方は、以前紹介した松尾剛行先生の「キャリアデザインのための企業法務入門」第11章と比較してみると面白い。企業の外の松尾先生の分析の方がより具体的な題材を用いているのに対し、企業内にいる筆者の書いた本書の記載の方が、より、心構え的な記載に特化しているのはなぜか、ということを考えている。

以上、いろいろ厳しいことも書いたと思うが、それだけ良い本ということであり、本書には、十分に取っ組み合って、スキルアップ・キャリアアップしていくためのヒントが多く書かれている。

おそらくコロナ禍の中、筆者たちはひざ詰めで目線をそろえる機会があまりなかったのだろうと思われ、それに伴う目線のずれが散見されたが、改訂版では、十分に議論して記載の問題意識やメッシュをそろえていただくか、あるいは、顕名記事として、筆者たちの個性をより伸ばしていく記述をしていくかのいずれを取るかで、ずいぶん違った様相を見せてくれるのではないかと思う。楽しみである。


[1] 第1弾では、実際に著者に寄せられた質問を編集しているとあったが、第2弾、第3弾となるにつれて、この色彩は薄まっているように思われる。

[2] 著者の一人は「『弁護士』とついていますが、約半分は『法務担当者』向け」と言っている。

[3] 認知が歪んでいることは全面的に認めるが、自分にとっての「顧問弁護士」像は、①相談数が減っても顧問料は下がらず、②顧問に胡坐をかいて、新しい論点、難しい問題の相談をしてもはぐらかし、③顧問契約を切ろうとすると、偉い人に取り入って抵抗する人というものである。幸いにして、勤務先の実際の顧問は、小回りが利いて会社の事業を知悉し、リスクを一緒に取ってくれる弁護士だが、そのような弁護士は顧問に限らず他にもいるので、顧問弁護士固有の特徴となれば、上記のような印象を持たざるを得ない。

[4] 明らかに適法と思われない行為を糺すのは、法務部門ではなくて、内部管理(コンプライアンス)部門であり、法務はせいぜい訴訟と新規事業の適法性審査に限定した権限を有するべきだ、という意見を、かつて金融機関の「コンプライアンス指導」を助言するコンサルタントから訳知りに言われたことがある。

[5][5] 「顧問弁護士」の視点ではなく、企業内法務として、法務かくあるべし、ということを言いたい、というのであれば、こちらの記載はよく理解できる(法律事務所弁護士からは奇異に見えると思われるQ19の回答も、顧問弁護士の視点ではなく、「企業内法務の立場」から書かれている)。しかし、この記載が「顧問弁護士編」の中にある以上、本文のような感想を持つに至った。

[6] 全体的に本書においては、理想の法務、理想の法務部門長がいるんだ、という想定をデフォルトとしているように思われる。若手弁護士が顧客として取り扱う企業は、そのようなものだけではないと思う。

[7] 企業法務の入門書でも、法務の新人が法務部門長から直接指導を受ける、という設定が多いが、部員5名未満の小規模法務組織は別として、中規模以上の法務組織の場合、実際そんなことは多くないのではないかと思う。部門長が新人に直接指導するということは、メンター役の先輩法務担当者は信用していないというように映るから、基本的には相当抑制しているはずだと思う。他方、『会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告』25頁によれば、2020年時点における対象調査会社1,147社の50.5%にあたる579社が法務組織の規模が5名未満とあるので、少人数法務から見た景色の方が一般的な見方かもしれない。先日GVA manageの説明を聞いたところ、基本5名程度以下の小規模法務組織を前提としている(受注を受けているのもその規模)とのことだったのも、マーケティングとしてあるいは適切ということか。

[8] ハイネマンの『企業法務革命』では、「パートナー・ガーディアン」と両社が一体不可分な記載として取り扱われているが、在り方研平成報告書では、両者を分離の上、ガーディアン機能を前に持ってきたうえで、パートナー機能では、法務を離れるようなニュアンスが強調されている。すなわち「ビジネスジャッジに対する提案」「事業の実行に責任を持つ」というような言葉遣いがされている。リスクコントロールはその一部に過ぎない。ここでは、ガーディアン機能から分離されたパートナー機能が法務の機能足りうるのかという視点が欠けている。これに対し、令和報告書では、パートナー機能を、「経営や他部門に法的支援を提供することによって、会社の事業や業務執行を適正、円滑、戦略的かつ効率的に実施できるようにする機能」と定義し、「ガーディアン機能とパートナー機能の両者は表裏一体の関係にあり、時には相反する役割を調整し両立させることが求められる」と軌道修正をしている。この、修正された令和報告書のガーディアン機能を引用しているところ、これに加えて、パートナー機能として「適法に」という用語を追加しているところに、筆者の慧眼がある。

[9] ここで「顧問事務所」という用語を使い、顧問弁護士としないことが、第1編との関係においてどういう意味があるかわからない。なお、76ページ、90ページから95ページまででは「顧問弁護士の先生」という記載となっているが、どうして書き分けているのか。

[10] ここで「感覚」という言葉を持ってくるところに、筆者の経験に基づく視点がある。しかし、感覚である以上、どこかで生来の能力による差が存在するのではないか。本書で述べているように、法的な知識を習得し、ビジネスを熟知してもなお、感覚がどこまで磨かれるかは、偶然と生来の能力に依存してしまうのではないか、というある種の限界を、本書は示唆しているように思われる。

[11] 一例をあげれば、「取引やスキームそのものが途中でひっくり返るのは、経験的には税務面での考慮が抜けているケースが多い」という指摘(p.60)は、ビジネスをある程度やってことがないと出てこない。

[12] さらに一歩進んで、なぜ法務はビジネスを馬鹿にしてしまうのか、というあたりの分析があれば、もっと良かった。

[13] 無雙先生の #新人法務パーソンへ というタグのツイートで示されているが、まとまって読むと壮観である。(ただこのすごさがわかるのは、実際にやってみないとわからない気がする。)

[14] 部下を指導する立場に立つと、このような言語化によって会得できる人と、何度か試行錯誤をして経験のうえ会得できる人と、言われてもやってもできない人とがいる。

[15] 114ページに「上司、同僚の進め方から学ぶ」「最初は、上司や先輩と一緒に同じ案件に入ることが多い」という記載があるが、先輩や同僚について、そのあと議論が展開されていない。また、129ページにナイスでない上司にあたったときに先輩・同僚に相談するという記載がある程度である。さらに第3編キャリア編に初めて部下を持つ際の心構えが1問だけ(Q182)ある。

[16] 即独であれば若手であってもあるかもしれないが、内容的にはそこにとどまるものではなかった。

[17] 特に40代後半以降、マネージャー以上のポスト以外は転職市場で狭くなってきたときに、どうキャリアアップ・維持をしていくのかという点は、若手のうちから意識しておいた方がいいと感じる。そうなってからでは遅いのだ。その点、230ページの転職のリスクの記載はややあっさりし過ぎとの感を受けた。

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