小さなまち、ベンチャー経営に共通する「すべて見渡せる」錯覚と落とし穴
人口1万人規模のまちづくりで面白いのは「すべて見渡せる」。20年近く経営してきたベンチャー企業にも通じるところだと思ってきました。
ただし、3年間やってきて、あたりまえながら現実的には「見渡せない」
「見渡そう」とする姿勢は大事ですが、そんなに簡単ではないと自覚しておいたほうがいいという話。
1.モチベーションとしてはいい
お役所仕事や大企業の共通課題は「縦割り」「セクショナリズム」。それに対して、小さなまちやベンチャー企業は、首長や経営者と距離が近い分、すべてを見渡せる環境に近いと言えます。
正解があって、右肩上がりの成長環境であれば、効率的に分業して特定分野のエキスパートになることが、組織にとっても個人にとっても生産性が高い働き方でした。
いまや、正解はないし、成長も難しい環境においては、極めようとしていた特定分野自体がAIや海外にとってかわられるため、リスクのある働き方に。
専門分野を複数もち、分野間を上位レベルから俯瞰して柔軟につなげられるT型人材、H型人材がひとつのロールモデルに。
すべてを見渡そうとすること、町長や社長の目線を持つことは、これからの時代、必要なこと。町村規模の自治体や、ベンチャー企業で働くことは、生き残っていくためのマインドやスキルを身につけやすいと言えます。
2.現実的には「すべては見渡せない」
ぼく自身、都農町に来て、町長や教育長、役場の課長さんや、事業所の社長さんたちと日常的に話しているうちに、「すべて見渡せてるんじゃないか?」と錯覚する状況がありました。
同時に、そう思えてることが楽しくもあり、やりがいになるのは間違いありません。これは今でも同じです。
ただし、この3年間を振り返ってみれば、事態が順調にいくことのほうが少なく、うまくいかない理由は、たいてい、はじめて聞くようなことでした。
前職のベンチャー企業経営も、同様な体験を数知れず。
15年間近く、毎年2回、全社員と1 on 1ミーティングをして、評価や表彰も積極的に実施、不動産や設計の専門分野では知識・経験の限界もありますが、全事業に共通する人のマネジメントを徹底的に注力すれば「すべてを見渡せるはず」と思い、努力していました。
ただし、現実的には、1 on 1で話すからといって、相手が本音を語るとは限らず、評価や表彰も、その時は盛り上がるものの、本質的な課題はまた別にあったりで。結果、チームワークが乱れてたり、退職が相次いだり、すべて見渡せてるはずなのに、足元からボロが出まくってました。
まぁ、これは自分のマネジメント力のなさによるものではありますが、「すべてを見渡す」というのは難しいなぁとつくづく実感してます。
3.「すべてを見渡す」の落とし穴
「すべてを見渡す」ことを目指してるうちに、一歩間違えると、見渡せる地位にあがる=「出世」や「権力」志向に走ると、落とし穴にはまります。
権限、権力をもつと、一見、すべてを見渡せるようでいて、結局のところ、見ただけではわからない情報をどう入手できるか、が「すべてを見渡す」ためにもっとも必要なことのため、表面的なことしか手に入りません。
情報を入手するために、やたら細かい「報連相」ルールをもうけたり、自分が知らないことがないように、とにかく管理統制に走ってしまいがち。
結果、その人の部下になった人たちは、情報を提供すること自体が億劫になり、当たり障りない定型分のみの報告など、本来、必要な情報からはどんどん遠ざかってしまいます。
多少の遠回りをしてでも、「すべてを見渡す」ために必要なスキルを、地道につけていくほうが得策です。
4.「すべて見渡す」ために必要なスキル
「すべて見渡す」ために必要なスキルをひとつあげろと言われれば迷うことなく「聞き出す力」とこたえます。
大前提として、自分はすべてを見渡せてなんかない、もっといろいろなことが現実的には起きてるはず、という自覚がスタートです。
ぼくの場合、ベンチャー企業を経営しているとき、この自覚が少しズレかけてて、「あれ?おかしいぞ、見てたはずなのに自分の知らないことばかり起きている」という状況に陥り、「なんで見落としてたんだ、なんで聞き出せなかったんだろう」と自信を失ったり、ネガティブになってしまいました。
最初から、見渡せてなんかない、と自覚していれば、やることは簡単です。
機会あるごとに、特に自分と距離が遠い人とのコミュニケーションを増やし、自分が日ごろ集められないようなテーマの情報を聞き出していくことが、すぐできることです。
一番大切なのは、常に「自分がなにを知らないのか」、「なにをわかってないのか」、ニュートラルに自問を続ける姿勢だと思ってます。