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血統閑談#014 腹黒大臣の権力掌握(水野隆弘)/週刊トレセン通信

 既にみなさんご存じの通り、日本のダート競馬は来年からレース体系が大きく変化することになります。その目玉がダート3歳三冠の創設です。それにともなって、既存のレースには今年で最後となるものも多く、上半期3歳ダート路線の締めくくりとして25年間重要な位置を占めてきたジャパンダートダービーはその名で行われるのが今年で最後となりました。実質的にはその役割を東京ダービーに譲り、10月上旬に時期を移して名前もジャパンダートクラシックと変わります。
 そんな最後のジャパンダートダービーの勝者となったのは昨年9月のデビュー以来、大井競馬で無敵の活躍を続けてきたミックファイアでした。3歳になって羽田盃をヒーローコールに6馬身、続く東京ダービーもやはりヒーローコールに6馬身差をつけて圧勝し、5連勝で初めてJRA勢との対戦となったのがジャパンダートダービーでした。そこでは兵庫チャンピオンシップの勝ち馬ミトノオーが逃げて直線に入るとリードを広げ、逃げ切り態勢に持ち込んだかに見えましたが、5番手から押し上げて猛然と伸びたミックファイアがこれを抜き去り、遅れて追い上げてきたキリンジにも2馬身半の差をつけて完勝を収めました。さすがに相手関係の違いから1秒もち切ることにはなりませんでしたが、合同フリーハンデ(現在週刊競馬ブックで連載中です)では上半期3歳ダートのレーティングとしてはフリオーソの117を凌ぐ地方所属馬最高の118を得ています。JRA勢を下しての無敗の南関東三冠達成は、来年以降の新ダート三冠に向けて地方所属馬にとっても大きな希望の光となったのではないでしょうか。
 ミックファイアの父シニスターミニスターUSAは初年度産駒が2009年生まれで、ダート戦線ではすっかりおなじみの種牡馬ですが、ここで少しそのプロフィールを見直しておきましょう。現役時は2戦目の未勝利戦を8馬身差で圧勝するとトレードされてボブ・バファート厩舎に移籍し、サンヴィセンテSG2で6着、カリフォルニアダービーL2着を経てブルーグラスSG1では2着に12馬身3/4の差をつけて圧勝します。そして臨んだケンタッキーダービーG1では5番人気の支持を受けますが、バーバロから30馬身離れた16着に惨敗してしまいます。その後は7戦して勝てず、3歳夏のロングエイカーズマイルG3の8着を最後に引退。翌2008年から日本で種牡馬となりました。2年目の産駒インカンテーションは3歳時のレパードSG3勝ちを皮切りにダート重賞で長く活躍を続けますが、後に続くものが意外に出てこず、下表の通り当初150万円に設定されていた種付料は80万円まで下がりました。そこで落ち着くのかと見えたところ、2017年ごろから反転攻勢が始まります。種付料もそれを受けて80万円から200万円へとV字回復を見せ、テーオーケインズやドライスタウトらの活躍のあと、2022年には350万円、今年は500万円になりました。
 その勢いはセリ場でも発揮され、去る7月に行われたセレクションセールでは産駒のカリーニョミノル2022が1億340万円で最高価格を記録しました。ここ数年セレクションセールで高いアベレージを記録してきたシニスターミニスターUSA産駒ではありますが、最高価格馬を送り出すのは初めてのこと。20歳にしてダートサイアーの頂点に立ったともいえるでしょう。それを後押ししたのが、新しいダート競馬の体系と、そこに希望の灯をともしたミックファイアの活躍でした。また、ゴールドアリュールやサウスヴィグラスらの大物ダート種牡馬が去ったという背景もあるでしょう。いろいろとできすぎた話のようですが、競馬にはときどき小説を超えるようなストーリーが展開することがあります。週刊競馬ブック連載の2011年「ファーストクロップサイアー名鑑」の本馬の回で、藤井正弘さんは「エーピーインディ系日本進出の橋頭保」と評しましたが、供用開始から15年、長い戦いの末にダート界制圧を成し遂げたようです。



水野隆弘(調教・編集担当)
昭和40年10月10日生まれ、三重県津市出身
1988年入社。週刊誌の編集、調教採時担当。「週刊競馬ブック」では「合同フリーハンデ2023上半期ランキング」を短期連載中です。先週と今週(8月7日発売号)と来週の3回。今週は藤井正弘さんの「3歳・古馬ダート部門」。上半期の活躍馬を網羅したランキング表には父・母・母の父も記載していますので、血統の傾向をざっくり把握するのにも便利ですよ。こちらの合同フリーハンデのサイトからもランキング表はご覧いただけます。


本稿は2023年8月9日に「競馬ブックweb」「競馬ブックsmart」に掲載されたコラムです。下記URLからもご覧いただくことができます。

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