歓喜に湧いたGⅠ勝利(赤塚俊彦)/週刊トレセン通信
「津村だ!!」
直線で外から伸びてくる栗毛の馬体。それがテンハッピーローズだと分かった時は驚いたが、白地に青山形の勝負服が津村明秀だと理解するのに時間はかからなかった。
5月12日東京11R、GⅠヴィクトリアマイル。
前半3ハロン33秒8のハイペースで流れたレースは直線で先行馬が苦しくなり一杯。そこに外から矢のように伸びてきたのは単勝208.6倍、14番人気の伏兵テンハッピーローズだった。レース後の取材を控え、検量室脇にあるインタビュールームで見ていた我々報道陣も直線は大興奮。そこにテンハッピーローズを本命にして馬券を買っていた人間がいたかどうかは分からない。いや、おそらくほとんどいなかったはずだ。それでも、テンハッピーローズが先頭に立つと「津村頑張れ!」「勝っちゃえ、勝っちゃえ!!」と誰もがその人馬を応援していた。
誰にでも人当たりが良く、誰かに対して怒ったり、声を荒げている姿を見たことがない。我々の取材にも嫌な顔ひとつせず協力的。川田将雅、藤岡佑介、吉田隼人らトップジョッキーを輩出している競馬学校騎手過程20期生のなかでアイルランド特別大使賞を受賞し、「騎乗技術は一番」と言う関係者も少なくない。誰からも信頼を集め、勝ち星を重ねる津村明秀だが、これまでの重賞勝ちはGⅢのみ。ことGⅠ、GⅡにはなかなか手が届かなかった。
その場にいた多くの記者は普段から美浦トレセンで取材をしている人間ばかり。その人柄、そしていまだGⅠタイトルを手にしていないことを誰もが知っていただけに、先頭でゴールをした瞬間、「やったー!」「津村がGⅠを勝った!!」と予想や馬券そっちのけで自分のことのように喜んだ。騎手デビューから21年目、48回目の挑戦でついに掴んだビッグタイトルだった。
「人気はなかったですが、この馬にも絶対にチャンスがあると思っていました。この馬の末脚を信じていました。もうGⅠを勝てないかもしれないとも思いましたが、絶対に諦めちゃ駄目だとGⅠに辿り着けるように小さいレースから頑張ってきました。家族の支えが本当に大きかったです」と勝利ジョッキーインタビューで涙ながらに語る姿を目の前で見て、こちらも思わずこみ上げるものがあった。そんななかで「家族は今日はサッカーを見に行っているので」というユーモア溢れるコメントに思わずカメラの周りにも笑いが生まれた。
表彰式を終え、引き揚げてきた津村騎手にたくさんの騎手仲間からも祝福の声が。私も親しい記者らと「おめでとう。みんなが応援していたよ」と話すと「ありがとうございます。コメントは大丈夫ですか?もういくらでも話しますよ!(笑)」と、こちらを気遣ってくれるその姿はいかにも彼らしく、微笑ましかった。翌週、トレセンでも会う人、会う人に祝福され、多くの取材やインタビューを受けていたのは言うまでもない。調教に乗るため美浦に訪れたルメール騎手にも「オー!ジーワンジョッキー!オメデトーウ!!」と声をかけられていた。
忙しくする僅かな合間を縫って改めて話を聞いた。
「ウチの同期ってすごい奴ばっかりなんですよ。(川田)将雅がいて、(藤岡)佑介がいて、(吉田)隼人がいて。上野も頑張っているし、丹内なんて(交流競走などで)地方の競馬場で朝から乗っている時まである。自分も負けていられないなと思うし、同期みんなから刺激を受けてます」
津村騎手と言えば、かつて大けがをして入院し、長期離脱を強いられた過去もある。長い道のりや困難を乗り越えてきた理由はそんなところにもあるようだ。
「これで終わりではありません。またGⅠを勝ちたいです」――
壁を破り、更なる信頼を得た津村騎手が2つ目のGⅠタイトルを手にする日もそう遠くはないはずだ。
本稿は2024年6月5日に「競馬ブックweb」「競馬ブックsmart」に掲載されたコラムです。下記URLからもご覧いただくことができます。