その橋は栄光へと続くか(赤塚俊彦)/週刊トレセン通信
夏競馬真っ盛り。北海道開催は舞台を函館から札幌へと移しているが、札幌開催が始まると定期的に話題に上がり、記事となるのが厩舎地区内にある通称「のぞみ橋」だ。
競馬場のひと区画内に厩舎がすべて収まっている函館競馬場と違い、札幌競馬場は車が往来する一般道(環状通)を挟んだ反対側にも厩舎が広がっている(通称・西厩舎)。勿論、調教やレースが行われる馬場と行き来するのに、その都度車通りが多い車道を通るわけにはいかない。そこで車道の上に架けられたこの橋を渡って厩舎と馬場を行き来している。
アーチ状となっている橋だけにその勾配はなかなかきつく、夏の暑い日に橋を渡ると西の厩舎地区に着く頃には汗ばむくらい。運動不足のトラックマンにとっては鬼門・・・いやいや、いい運動になり、オイシイ話(?)までもらえる打ってつけの場所だ。運動に関して言えば、それは人間に限った話ではない。かつてロジユニヴァースがこの勾配のある橋を往復し、足腰を鍛えて後にダービー馬となった・・・そんな逸話も残されている。決して多くはないが、今でも稀にこの橋を往復して運動している馬を見ることがある。
毎年札幌に滞在しているM厩舎のM厩務員に取材をすると、「平坦な道をただ運動するだけより、勾配のある橋を利用することでストレッチ効果があるのは間違いないね」と教えてくれた。また「何より橋の向こうの厩舎地区(西厩舎)の一番のメリットはとにかく静かなこと。競馬が開催していても大きな声や音が届かないから、馬にとっていい環境だよね」とも言っていた。こちらも毎年札幌に来ているS厩舎のY助手も「自分の厩舎の馬のレースがないと土日でも一瞬競馬開催日だと気がつかないくらい」と言っていただけに、音に関する違いは相当大きいのだろう。
こうして書くと、ではどの厩舎も馬も橋の向こうに居を構え、この橋を利用すればいいのでは?と思ってしまうが、勿論、建物の数には限りがあるし、そこには様々な厩舎事情や戦略もあり、一概にそうとばかりは言えない。M厩務員によると「コースだけでなく検体や検疫があるのも内側の厩舎地区(通称・東厩舎)だから、何をするにも橋を渡らなくてはいけない。それに馬によってはレース前や調教前に橋を渡ることで少なからず消耗してしまうし、場合によっては馬が橋を渡るのを嫌がるようになってしまうケースもある」と時としてデメリットもあるよう。これに関してはY助手も同じことを述べていた。それぞれの陣営が優先すべきことを考慮しながら厩舎地区を選んでいる。
以前からこの橋を運動に利用している小島茂之調教師に話を聞くと、「効果はあると思います。ただ、入厩したばかりの体力のない2歳馬などは、なかなかうまく登れなかったりしますね。それに最近は馬の入れ替えが激しいですからね。どの馬もまず初めての競馬場やトレセンに入厩すると環境に慣れさせることから始めます。札幌競馬場の環境に慣れて、いろいろと追い切りをやった後にようやく、では橋の運動をやってみるかとなるわけですが、最近は追い切って→レースに使って→放牧に出して→別の馬を入厩させて、となるので、なかなかそこまでじっくりじっくり時間をかけられないのが現状ですね」と、以前に比べて橋で運動をする馬が減った背景にはそんな事情もあるようだ。
とはいえ、競馬開催日は当然この橋を渡って装鞍所、パドックへ。レースに臨み、勝っても負けてもまたこの橋を渡って厩舎に帰っていく。凱旋となるのはほんのひと握り。それでも、橋を渡った分だけ強くなると信じ、今日も多くの人馬が栄光を掴むために馬場へと向かう。
本稿は2024年7月31日に「競馬ブックweb」「競馬ブックsmart」に掲載されたコラムです。下記URLからもご覧いただくことができます。