日経新春杯を振り返る~上位騎手の意識の高さが招いた波乱~
競走馬はアスリートだ。
人間のアスリートだって、ペースが自分に合わなければ失速する。陸上をやっていた人間は特によく分かってくれるのではないかな。
馬も同じ。実力はもちろん重要だが、ペースによって多少の差は埋まってしまう。
日経新春杯は改めて、ペースの重要性について考えさせられるレースだったと思う。
1番人気に推されたのは良血ディープインパクト産駒のアドマイヤビルゴ。2走前にこの舞台の中京2200mムーンライトハンデを勝っていることもあって人気を集めていた。
ただマスクは租界にも書いたように、アドマイヤビルゴを疑っていた。ムーンライトハンデはアドマイヤビルゴに向き過ぎていたのではないかという思いが強かったからだ。
ムーンライトハンデ→アドマイヤビルゴ1着
13.0-11.1-12.0-13.8-13.4-13.0-12.6-12.2-11.9-11.1-11.6
12.5-11.2-11.6-12.9-12.5-11.9-11.7-11.8-11.8-11.7-12.2
日経新春杯→アドマイヤビルゴ10着
全然違うよね。ムーンライトハンデのほうが前半から中盤にかけて圧倒的に遅い。前半1000mを比べても、日経新春杯は昨年のムーンライトハンデより2.6秒もペースが速いのだ。
昨年春に距離延長で挑んだ京都新聞杯の内容が大したことがなかったことから、以前からアドマイヤビルゴの距離延長は疑っていた。
今回の日経新春杯は残り1200m地点、つまり向正面に入ってすぐのあたりから、ゴールまで残り200mまでの1000m、全て1F11.9以内の速いラップが並んでいる。簡単に言えばロングスパート勝負だ。
スローペースから上がりを問われたムーンライトハンデとはスタミナの問われ方が違う。レースの内容が違い過ぎるわけで、スタミナに不安を抱えるアドマイヤビルゴにはかなり苦しいレースだったと推測される。
武さんはレース後「いい位置も取れたのに、直線に向くと一気に手応えがなくなった」と語っているが、つまりアドマイヤビルゴにとって、本質的に2200mという距離は長いのだ。『上がりの速い2200mはぎりぎりOK、スタミナのいる2200mは長い』と考えられる。
ネット上では今回の結果だけが捉えられて『弱い』とまで言われてしまっているが、弱い馬は阪神の内回り2000mで上がり3F33.6の脚を使い、1:58.6で乗り切れない。好走レンジが狭いだけなのだ。こういうレースに弱いことは今回改めてよく分かった。次どこで買うか、試される馬だと思うよ。想像力を問うてくる馬だと思う。
逆に、ムーンライトハンデで2着に負けていたのが、今回勝ったショウリュウイクゾ。
●ショウリュウイクゾの過去3勝、レース上がり3F
2歳新馬→35.0
1勝クラス→35.0
許波多特別→36.8
レース上がり3F34.5以内の時→0.1.3.2
これまでの3勝が全てレース上がり3F35.0以上掛かっている。つまりこれまでの勝利は全て切れ味勝負ではないレースだということ。レース上がり3F34.6のムーンライトハンデでは最後切れ負けてしまったが、今回の日経新春杯はレース上がり3F35.7。1秒以上掛かったことで、アドマイヤビルゴとの差を逆転したと考えられる。
競馬なんてペース一つで結果が変わるから、1秒も違えば当然着順が大きく変わっても何らおかしくはない。条件戦とは違うレースになったことが、ショウリュウイクゾの大きな勝因になったと言えるのだ。
さて、ペースだけが勝因かというとそうでもない。色々な要素が絡み合ったことで日経新春杯の結果が誕生した。ここからはパトロールビデオを用いながら振り返っていく。
●日経新春杯出走馬
白 ロサグラウカ
水 ダイワキャグニー
黒 サトノソルタス
赤 ミスマンマミーア
黄 アドマイヤビルゴ
青 ヴェロックス
緑 クラージュゲリエ
橙 ショウリュウイクゾ
桃 ミスディレクション
この日経新春杯、最初のポイントはスタート後の1周目直線。
中京芝は12月から1週休んだとはいえ、合算12日目。使いに使ったのだが、黒い線の内側は見た目荒れていても芝の根付きがいいから普通に走れてしまう。それまでのレースを見ても、よほどレースが壊れない限りは内、そして前の馬たちが上位に来ていた。
このレース、先行馬の数が少ないのはレース前からメンバーを見れば分かるのだが、スローになる可能性のほうが高い。スローになると馬群がひと固まりになる。
その展開を黄アドマイヤビルゴの武さんは読んでいたんだろう。1番人気を背負っているだけに、馬群の中で動けないよりはと、スタートをしっかり出たら先行するプランだったんだろうな。インの3番手を取りに行っている。
その内にいるのは『ポジションの鬼』川田将雅。馬群の中で揉まれるなどありえない。こちらも外から締められないようポジションを取りに行っている。
つまりこういう現象が起きる。スタートから400mくらいすると、内ラチから5、6頭分のポジションに5枠以内の馬が10頭、ひしめき合う結果になってしまった。武さん、川田はこれを察知している分、すでに揉まれる位置にいない。その後ろの若手、中堅どころはポジションが取れず窮屈になっていることがここから分かる。
対してラッキーだったのは緑クラージュゲリエ。ヴェロックス、アドマイヤビルゴより外枠だった分、このような内の渋滞に巻き込まれず、両サイドにスペースを保ちながら1コーナーに入っていけた。ここでポジションを下げなかったことが最後に生きてくる。
これが1コーナー。武さんと川田が内を締めた分内の馬たちがポジションを下げている。逆に橙ショウリュウイクゾは楽に先行できている。緑クラージュゲリエも内に押し込まれていない。
向正面。内がいい馬場を考えると黄アドマイヤビルゴ、青ヴェロックスが本来のベストポジションにあたる。
一つポイントになったと思われるのは、黄アドマイヤビルゴの後ろにいたのが白ロサグラウカだったこと。
客観的に見て、14番人気ロサグラウカの力はこのメンバーに入ると落ちる。内も走れるこの馬場で、1番人気アドマイヤビルゴの後ろというのはかなりいいポジションに当たるのだが、そのポジションに力の足りないロサグラウカがいるものだから、内の差し馬は押し上げようにも押し上げられない。
一番影響を受けていたのが黒サトノソルタスだよ。スタート後アドマイヤビルゴらに内を締められたことでポジションを悪くし、中団後方のポジションになってしまったのだが、最悪だったのは前にいたのが白ロサグラウカだったこと。
3コーナーの映像を見ても、前にロサグラウカがいるものだから自分からポジションを上げられていない。サトノソルタスという馬はこれまでの10戦で上がり3Fタイムがメンバー最速だったのは1度だけ。しかもその1度というのは不良馬場。
ディープインパクト産駒の割に瞬発力勝負が苦手なサトノソルタスとしては徐々に動かしていきたかっただろうし、ロサグラウカに前に入られた時点でかなり厳しい競馬だったと言える。
池添も本来もっといいスタートを切って前につけたかったのだろうが、スタート時、ゲートが開いた瞬間に黒サトノソルタスの重心が一度、完全に後ろに下がっているのだ。これでは好スタートなど切れるわけもない。
1つの事象が後に大きくなって返ってくるのが競馬。改めてゲートの重要性を感じるシーンと言える。
直線入口。本来黄アドマイヤビルゴのような実力馬が伸びさえすれば、その後ろの黒サトノソルタスなども進路が開いて捌ける。ところがアドマイヤビルゴが前述の理由で伸びを欠いている。隣の青ヴェロックスも伸びない。
おかげで内が進路をなくしてしまうんだよな。そしてその分、前に壁のない外の橙ショウリュウイクゾ、緑クラージュゲリエが思い切り伸びることができる、そういう状況が整った。
黒サトノソルタスのもう一つ不幸だったことは、直線半ばで水色ダイワキャグニーが疲れたのか内にモタれだしたことだ。本来ダイワキャグニーの内のスペースを突こうとしていた黄アドマイヤビルゴが内に押し込められている。
おかげでアドマイヤビルゴの内に入ろうとしていた黒サトノソルタスの進路が再度消えている。その前のシーンから考えるとヴェロックスの後ろに入っていたほうが良かったように思うが、それは結果論だからね。内が走れる馬場だったことも加味すると、内を突くこと自体は仕方なかったのではないか。
対して外に目を向けると、赤ミスマンマミーアもやってきている。前に壁はなく、のびのびと走れているのがここから分かるね。そもそもこれまでの写真を見てもらえれば分かるように、ミスマンマミーアが外を回っているのは4コーナーくらい。内も走れる馬場で、ミスマンマミーアはずっと内で脚を溜めているわけで、ロスなく揉まれない競馬ができている。
残り1200mからのロングスパート勝負になったことで、さすがに最後、前に行った馬の脚が止まった。そこをロスなく最後まで脚を溜められたことで差してきた。一見よく伸びているように見えるが、上記のことを勘案すると展開に恵まれたとも言える。武さん、川田といった上位騎手が展開を考え、意識の高い競馬をした影響が、最後方にいたミスマンマミーアにプラスに働いたのだから競馬は面白い。
1コーナー前から角に揉まれなかった緑クラージュゲリエも同様。ヴェロックスやアドマイヤビルゴより内枠に入っていたらここまで上手く行っていただろうか。まー、福永も色々考えてくるから外に出していたかもしれないがね。
向正面で動けず直線も詰まっていた黒サトノソルタスは、100歩譲って、展開面のアヤもあったから仕方ないとは言える。
問題は他の人気馬たち。黄アドマイヤビルゴの敗因は上記のようにラップ面の影響が強いと考えられるのだが、自分のレンジに合わないペースだとここまで脆いことを改めて露呈した、とも言える。
同じく道中不利なくいいポジションから運んだのに伸びなかったヴェロックスも、やはりまだ本調子に戻っていないことが分かる。内容が薄過ぎるのだ。調教の動きもまだいい時の8割程度という感じだったが、叩いてこの内容。
レース後川田が「勝ち馬の内でこれだけリズム良く競馬できていたのに、なぜここまで負けるのか」と語っているが、実際こうしてパトロールを見ると何も不利なくいい競馬が出来ている。つまりまだ馬が戻っていないのだ。
本調子となるまでにはもう少し時間が掛かりそうだし、どうせ人気する馬だから、当分過剰人気状態が続くと思われる。気を付けたいね。
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