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24年菊花賞を振り返る~折り合い難が生んだ秋の京都コレクション2024~

競馬をやり始めて一週間とかそういう人間を除けば、長距離はジョッキーの腕が試される、と一度は聞いたことがあるだろう。

結局短距離だろうが中距離だろうがジョッキーの腕が試されるのは間違いないのだけれど、長距離は『より』ジョッキーの腕が問われるのは間違いない。

長距離のほうが折り合いをつけるのが難しいし、展開に動きが出てくるからジョッキーの経験値も試される。

馬はこれから何m走るか分からないからね。調教の強度などからレースが近づくことは分かるが、事前に「今日3000m走るぞ、準備しておけ」と言われて「はい、分かりました」なんて言っている馬は、残念ながらこの業界に入って以降まだ見たことはない。

そもそも彼らにとって、『競馬をすること』という概念が遺伝子レベルにはない。競馬なんてしなくても生きていけるのだから。こちらの都合で競馬をさせている。

長距離でハイペースになることはほとんどなく、基本スロー。『競馬を走るためにゆっくり走る』という行為は普段生きていく上で彼らに求められない概念さ。

だから3000mなんていう距離でスローになると、馬は行きたがる。これはもう仕方ない話で、どれだけ折り合えるかがポイントになると腕の差も出るから、長距離はジョッキー要素が強まってくる


加えて菊花賞の舞台は『京都3000m』だ。これが非常に厄介なところ。一周競馬で3000mなんていうコースがあればまた話は変わってくるんだけれど、京都の3000は一周半。つまりスタンドの前を2度通る。お客さんの歓声の影響で引っかかってしまう。

中にはディープインパクトのように、『ゴール板を勘違いして引っかかる』という猛者もいる。この『あと一周』というのが実にクセモノだ。

それは阪神の3000であろうが一緒なのだけれど、プラス、京都の3000は3コーナーから下り坂になる。ここで一回勢いがついてしまうんだよ。

人間だってそうだろう。下り坂走っていたら当然その分スピードに乗るし、スピードに乗ったところでもう一度おとなしく追走しなさいって指示を送っても、馬は「はい?」となってしまうところ。

阪神3000m以上に、京都3000mの難易度は高い。この難コースで折り合わせる行為はこちらの想像する以上に難しい


ゴールドシップ産駒だから距離が持つという『罠』

今回予想にも書いたように、マスクがポイントと見ていたのはメイショウタバルの出方だった

メイショウタバルの血統表

今更書くまでもないと思うが、メイショウタバルの父はゴールドシップ。母の母の父はダンスインザダーク。その奥には菊花賞馬マチカネフクキタルを送り出したクリスタルグリッターズがいる。

血統表だけ見たら明らかにステイヤー血統と言っていいだろうし、菊花賞で買いたくなる気持ちは分かる。

ただ神戸新聞杯、菊花賞の予想でも書いたのだが、母メイショウツバクロが短距離馬だった点が引っ掛かっていた。そういえば祖母のダンシングハピネスも短距離馬だった。

24年毎日杯 1800m 重馬場
12.6-11.2-11.4-12.1-12.3-12.0-11.6-10.9-11.9

これはメイショウタバルが2着のノーブルロジャーに6馬身差をつけて逃げ切った今年の毎日杯のラップだ。

重馬場でこのラップを出せるのはなかなか凄くて、ちょっとは緩んだが、そこから残り2Fのところで10.9が出せるのは驚きすらある。

逆に言えば、1800で極端に緩めず、残り2Fに10.9を出せる馬がステイヤーなのか?、という疑問が浮かぶのだ。少なくともマスクの記憶に、そんなステイヤーはいなかった。

24年神戸新聞杯
12.7-11.0-11.7-12.4-12.2-12.0-11.8-12.0-11.8-11.7-12.5

これは前走、メイショウタバルが逃げ切った時のラップだ。中盤一番緩んだところで12.4。残り5Fから11秒台が入るラップで、この形で逃げ切る時点で力はあるのだが、速いラップを連続して刻むタイプであって、血統ほど距離が持たないのではないかと考えられる

実際この馬はテンションが高い。前向きな気性だからこのような逃げが打てるとも言えるんだけれど、皐月賞で抑えが利かずに1000m通過57.5で入ってしまったように3000mに向いているテンションではない

最終追い切りの際に浜中が「馬場入りをスムーズにできずテンションが高くなった」と話しているように、レース前から怪しい気配があった。

当然こうなると浜中は3000を持たせるために慎重になる。最初から逃げればいいだろという声も見られるが、『折り合って逃げる』のと、『折り合えず逃げる』のでは消耗度が違うんだよな。

ぶっ放して3000m逃げ切れる馬は基本的に地球上に存在しない。どこかでコントロールをつけないといけないわけで、浜中はレース前から相当難しい判断が迫られていた。

ちなみにマスクはメイショウタバルが暴走すると思っていた。タバル暴走逃げからのスタミナ差しだと考えていたのは予想を見てくれた人間は分かると思う。

馬は群れで走る生き物

であることが競馬を面白くしている一つの要素だろうな。

先頭に立ったらソラを使う馬がいるが、あれも元々馬が群れで走ることに起因している。彼らにとって『一番でゴールする』というのは遺伝子に組み込まれていないのだ。

そんな馬たちを一番でゴールさせるという作業はつくづく難しいなと思う。機械だったらこんなことは考えなくていい。生き物に賭ける競馬ならではの要素だろう。

菊花賞、スタートしてからハナを切りに行ったのは橙エコロヴァルツだった。黄メイショウタバルがテンションを考慮し慎重に入ったこともあって、その外のエコロが一気にハナを切りに行った。

2走前のダービーはハナ、前走のセントライト記念は2番手だったエコロが今回逃げたのは、ハナを切って馬をフワっとさせる意味合いがあったのだろう

折り合いに難しいところがあるエコロヴァルツにとって、3000mは長い。ハミを抜いて折り合わせないといけないのだが、ヤスナリはわざと出していって先頭に立たせに行った。

馬は群れで走る生き物だから、ハナに立つと周りが気になってフワっとしてしまうタイプが多い。すると自然とハミが抜けて楽に走れる、その分距離が持つというわけ。ヤスナリの狙いはこれ。

内には前走逃げていた白ノーブルスカイがいたが、黄エコロヴァルツは行き切ってハナ、2番手がノーブルという形になった。

ここで白ノーブルスカイがハナを狙いに行ってくれたのがプラスに働いた馬がいる。黒ダノンデサイルだ。

ご覧のように、白ノーブルスカイの後ろ、黒ダノンデサイルのノリさんの周りのスペースが空いているだろう

最初から回りを囲まれたりして折り合いを欠くなんてことになったら最悪な話で、周りをそこまで囲まれていない状態で最初のコーナーに入れた時点で、ノリさんは相当いい形になったと思っていたはずだ。

実際レース後「せっかく1周目は上手に走れたのに」と言っている。1周目3コーナーの入り方としては正直これ以上ないね

この3コーナーに入るあたりっていうのはちょうど下り坂が始まっている頃なんだ。

この画像を見れば分かるように、黄メイショウタバル浜中、赤コスモキュランダデムーロ、あとは白ピースワンデュックの善臣さんの腕が後ろに下がっている。

つまり折り合いを欠いている。前述したように下り坂をゆっくり下る行為は簡単ではない。馬に我慢を強いるからね。

メイショウタバルの浜中が「下りで掛かりだした」とレース後話しているが、それがこの部分。

下りで掛かることは浜中も想定内だったろう。「最初の直線に向いて、途中から行く形も考えました」と話してもいるように、こちらも前述したようにこの馬は大きく緩めて走るより、ある程度同じようなスピードで走らせたい

浜中は序盤行けなかった分、途中ペースが緩んだところでハナというプランに切り換えた。

まず、ここまではいいだろうか?今年の菊花賞はここから入れ代わりが激しくなる。話がどんどん変わっていくから気を付けてついてきてほしい。

達人・横山典弘の思考と誤算

今更書くことではないと思うが、横山典弘というジョッキーの技術は恐ろしく高いレベルにある

どうしてもポツンが目立ってしまうのだが、そもそもあれも簡単にできる話ではない。今回は横山典弘の過去の名騎乗を振り返る回ではないから省略するが、折り合いの技術など長距離の乗り切り方は日本どころか世界屈指のレベルにあると言っていい

さすが横山典弘と思わせたのがこの1周目3コーナーだ。出していってポジションを取りに行った点もそうだが、目の前に黒丸で囲んだスペースがあるだろう。

このスペース、開けっ放しだと赤ミスタージーティーや青ウエストナウが入ってくる可能性があるんだよ。内で溜められるポケットがあれば誰だって入りたいからな。

強い馬の後ろはベストポジションだと耳にイカができるくらい書いてきたから省くが、仮にこの黒丸に入ってくるのが相当力が上の馬だったら話は違うものの、客観的に見てミスタージーティーやウエストナウの後ろは怖い

だから黒ダノンデサイルのノリさんは自分でこの黒丸のスペースを取りに行った。これで青ウエストナウ、赤ミスタージーティーは苦しい。取りたいところをダービー馬に取られてしまったんだから。

この2頭は半ば強引に行けば取れなくはなかった気もするが、ウエストナウで出してポジション取りに行くのも難しいだろう、瑠星、淳也の2人が特段ミスしたわけでもない。単純にノリさんが上手い

プラス、黄エコロヴァルツが少し内ラチ沿いを開けていたんだよ。口がちょっと怪しいこと、ハナに立っても少し折り合いを気にしたことに加えて外から来られないように少し開けた側面もあるのだろうが、これで白ノーブルスカイの池添も一緒に外のほうを回るしかない。

おかげでダノンデサイルはほぼノープレッシャーの好位インを取りきれたんだ。正直このポジションを取った時点で、マスクはダノンデサイルは勝ち負けまで行ったなと思った。まだあと一周以上あるんだけど。

世の中そんなにうまくいかないなと思ったね。ここから、これまで全部上手くいっていたノリさんに誤算が生じる

一周目の直線。橙エコロヴァルツと白ノーブルスカイの距離が、その前の4コーナーの時と比べて離れているのがお分かりだろうか。

過去に回顧で何度か取り上げているが、このように『間隔を空ける』のは折り合わせるための常とう手段と言っていい。決してコロナ対策とか、仲が悪いとかそういう話ではない。

近くに馬がいるとエキサイトしてしまうような場合、あえて少し離したほうが馬は落ち着く

コーナーでこれだけ内と距離が離れてしまえば当然ロスは大きくなるため、コーナーではこの作戦は取れない。直線しかできないやり方だ。問題はこの後。

パラパラ漫画のようになってしまっているな。

お分かりだろうか。白ノーブルスカイが、次第に橙エコロヴァルツの前に出てきていることが。いや、これは正確な表現ではないな。エコロヴァルツが下がっている

☆24年菊花賞
12.6-12.0-12.4-13.0-12.0-11.7-12.4-12.7-12.3-12.6-12.6-11.9-12.0-11.8-12.1

京都3000mの場合、太字の部分は上記の高低図の残り600m~残り200mにあたる。4コーナーのあたりで逃げたエコロヴァルツが少し緩めたんだ。4コーナーの13.0は確かにちょっと遅い。そこから少しペースを上げたとはいえ、極端な上げ方ではなかった。

9着エコロヴァルツ 岩田康誠騎手「結果論ですが、折り合いを気にしすぎました。もっと積極的に乗るべきでした

ペースを緩めた理由はヤスナリ本人が話してくれている。まー、エコロヴァルツの折り合いが難しいのはこれまで散々見せられているし、折り合いに慎重になるのも分かる。

しかしここでエコロが折り合いに慎重になってしまった結果、エコロの後ろにいたダノンデサイルが1列後ろに下がる形になってしまったわけ。

黒エコロヴァルツが4コーナーでペースダウンするのを事前に知っていれば、黒ダノンデサイルのノリさんはエコロの後ろなんかにはいない。危ないからね。

でも白ノーブルスカイが内にいたままならまだしも、折り合いのために離して走っている状態だったから、別に外目に出す必要もなかったんだよな。

白ノーブルスカイが1コーナーが迫ってきたため内に戻ってきた時に、橙エコロヴァルツは少し後ろに下がっていた状態だった。

黒ダノンデサイルとしては黒丸で囲んだ部分が本来逃げ場になる。エコロが下がればこの黒丸の部分の『避難所』が生きる。

問題は黒丸を挟んで隣にいた黄ピースワンデュックの挙動。

今回の回顧に2度目の登場となる。そう、一周目3コーナーで一度だけ名前を出している。掛かった馬、としてね。予想でも裏情報でも取り上げているのだが、この馬は非常に引っかかりやすい

善臣さんが慎重に競馬を教えてきているからこれまで2200m以上でなんとか走れているが、根本的に3000は長いからかなり引っかかってしまっている

うまいタイミングでスクショした気がする。一周目直線、残り200付近で青ウエストナウの淳也くんが、内の黄ピースワンデュック善臣さんのほうを見ているのがお分かりだろうか。

パトロールビデオで見てくれると分かるが、この時点で黄ピースワンデュックはだいぶコントロールが利いていない

実際ウエストナウとぶつかってしまって、ウエストは外に飛ばされてしまった。

黒ダノンデサイルのノリさんからすると、そんなふうにフラフラしている馬の内側には入れないから(接触したらそこで折り合いを欠く可能性もある)、橙エコロヴァルツの後ろで動けない。

ノーコントロールに近い状態だった黄ピースワンデュックもちょっと不運で、斜め前にいた白ノーブルスカイが1コーナーに入る前に内に寄ってきてしまったこともあって行き場をなくし、内にモタれかかるような感じになってしまった

おかげで橙エコロヴァルツが巻き込まれてしまっている。でもこれ思い出してほしいんだけど、エコロは溜め過ぎなければ白ノーブルスカイの隣にいたわけで、ピースワンデュックの斜行の被害を受けないんだよ。

下げ過ぎたからこそ、不利を受けてしまった。もちろん前述したようにエコロが折り合いになるのは仕方ないから、ヤスナリが悪いというわけでもない。

ピースワンデュックの善臣さんはこの斜行により戒告を食らった。本来過怠金でもいい動きだが、白ノーブルスカイも内を締めにきてしまった影響を考慮したものと考えられる。

このピースワンデュックの斜行で橙エコロヴァルツは1列ポジションを下げる。

そしてその影響で、真後ろにいた黒ダノンデサイルも1列下がる。4コーナーー出口では3番手にいたノリさんが、1コーナー入口では8番手までポジションを落としてしまった

展開が引き起こしたマジックと言っていい。ピースワンが掛からなければ、ノーブルスカイが締め過ぎなければ、エコロがペースを落とし過ぎなければと色々タラレバは生まれるが、全部タラレバでしかない

ノリさんは言う。「誰が悪いわけじゃない」。そう、誰が悪いわけではないのだ。

そして内でピースワンデュックが暴れている間に、今度は黄メイショウタバルの浜中がハナに立つ。

前述した「最初の直線に向いて、途中から行く形も考えました」という浜中のコメント通りの騎乗だ。極端に緩めていい馬ではないから、ここで浜中はハナを奪いにいく戦略を取った。

秋の京都コレクション2024

今年の菊花賞では不思議な現象が起きた。

これは9着以下の結果だが、最初ハナを切っていたエコロヴァルツがJRAの位置取り表記だと6-6-11-13というものになるんだよ。

これはJRAの3000mの場合、二周目1コーナーからカウントすることによる。エコロヴァルツがハナを切った形跡が結果から消えているのだ。これはこれで面白い。

途中一瞬ハナに立ったノーブルスカイが3-2-5-16とめちゃくちゃな感じになっているのもそれが理由だ。

ここで注目してほしいのはメイショウタバルの位置取り表記。2-2-2-10となっているだろう。あれ?今ハナに立っていなかったか?

そう、1コーナーに入る頃まではまだ黄メイショウタバルがハナだった。しかし白ピースワンデュックが、折り合いを諦めハナを狙いにきたのだ

ああ、さっきピースワンデュックが黄色だったろってご意見はなしで頼む。矢印の色がない。

1コーナーの位置取りをカウントする地点では白ピースワンデュックのほうが先頭に立っていた。

なんでわざわざハナに立ったかって、これもエコロヴァルツのくだりで書いたが、ハナに立つと馬がフワっとしてハミが抜けやすいから。でも今回のピースワンデュックにとっては最終手段だったよな。

さっきのエコロヴァルツは最初からハナを切ってハミを抜こうとしていたが、ピースワンデュックの場合は最初後方にいた。控えて折り合いをつけて溜めるプランだったのに、最後まで折り合いがつかずに結局控えるのを諦めてしまった

善臣さんがレース後「折り合いが全然つかず、迷惑を掛けてしまった。イメージしていた最悪の形になってしまった」と話している。デビュー40年の大ベテランが全ての技を駆使しても折り合いをつけられなかったんだから仕方ない。

これ、善臣さんの体力や筋力の衰えではないかっていうご感想もいただいているんだけれど、頭の低い走り方をする馬でポイントを取りづらい中、この馬を3000mで抱え込める若手は基本いない。善臣さんで折り合いをつけられなかったら正直無理だと思う。

このように中盤、各々の事情で先頭が入れ代わり立ち代わりになってしまったことで、例年の菊花賞より中盤1000mがだいぶ速い。中盤の激流により前潰れ、差し有利がすでに確実になる。

当然ハナに立った白ピースワンデュックは、これまでバカみたいに掛かってしまったから少しでも体力を温存しようと、脚を溜めに掛かる。ここで少しペースが落ちる。

するとその分、外前にいた馬たちが早めに上がってくる。黄メイショウタバルは一定のペースで走りたいからその分上がってくるんだけれど、ここで水ノーブルスカイ、緑シュバルツクーゲルも一緒についてきてしまったんだ。

ハナがまた入れ替わったかと思ったら、今度はまた他の馬がハナに競りかけてくる。登場人物がまるでファッションショーのように目まぐるしく変わっていく。京コレだ。

フランス版メリーさん

京都コレクションとも言えるくらいコロコロ変わる先頭に対して、後ろから静かに、いつのまにか追走してきたのがフランス産のメリーさん、C.ルメールだ。

一周目3コーナー
二周目1コーナー

これは一周目3コーナーと二周目の1コーナー。橙アーバンシックが最初は後方にいたのに、いつのまにか中団くらいにいるのが分かる。

これは画像で説明できないからパトロールビデオを見てほしいのだが、序盤のアーバンシックは結構行きたがっているんだよ。

実際レース後ルメールは「前半は馬がやる気になっていました」と言っている。ハミを噛んでいたものの、ルメールは上手く折り合わせながらポジションを上げてきた。

普通折り合わせる時はその場のポジションにとどまってやるものだが、ルメールは折り合わせながらポジションを上げるという天才的な技術があるから、このように折り合いをつけつつポジションを上げてくる。人間技ではない。

二周目向正面。橙アーバンシックはもう水ノーブルスカイを捉えるところまで来ている。当初は後方にいたのに、勝負どころが近づくと先行集団を捉えるところにいる。もはや怪談に近い。

ルメール「私クリストフ。今あなたの後ろにいるの」
池添「ギャアアアアアアアアアア!!!」

という感じのシチュエーションにはなっていないのだが、ある種怪談のようなポジション取りなのは間違いない。アーバンシックって乗り難しいのにな。

そうやって徐々にポジションを上げていった橙アーバンシックに対して、黒ダノンデサイルといえばこれまで書いたように、周りの動きに左右されてしまってどんどんポジションを落としている

JRA表記だと8-9-14-15という歪なものになっているのだが、当初3番手だったことを考えると、実質3-6-8-9-14-15といった感じだろう。一瞬3の倍数でも並べてんのか?という感じのポジションの流れだ。

ダノンデサイルの前は一応空いている。ラチ沿い1.5頭分といったところか。ここを上がれば良かったんじゃないかと思われるかもしれないが、ラチ沿いが荒れて3頭分近く空いているならまだしも、1.5頭分のスペースだとそれは難しい。

なんでかって、こういうパターンがあるからだ。途中橙エコロヴァルツが少し内のほうに寄ってしまって、黒ダノンデサイルの進路がなくなっている。

お前はさっきもアーバンシックで橙を使っているだろと思われるかもしれないが、矢印の色がなさ過ぎるのだ。微妙に濃淡分けてるから許してくれ。

それはどうでもいいとして、ダノンデサイルには残された手がなさ過ぎる。前は下がってくる、内からも上がれない。不幸過ぎる。

レジェンドVSフランスの天才

今年の菊花賞で一番どこが見どころでしたか?って聞かれたら、マスクは二周目の3コーナーだと答えるだろうね。

ほんの少しの動きなのだが、名手同士の意図が一瞬のうちに絡み合っていった、素晴らしいやり取りだったと思う。

ちなみに二番目の見どころはどこかと聞かれたら、ゲートに入る前にダノンデサイルがボロし始めたところだと思う。あの馬、競馬場をトイレかなんかと勘違いしてるな。

話を菊花賞の二周目3コーナーに移そう。これは3コーナー手前だが、赤シュバルツクーゲルの真後ろに橙アーバンシックが入った。

なんでノーブルスカイの後ろでなく1頭分外に行ったかって、ノーブルが止まって詰まらないように。すぐ外に出すためにここにいる。

その左斜め後ろに桃アドマイヤテラ、その後ろに緑ヘデントールがいる隊列だ。

ヘデントールとしては一応『武豊の後ろ』というベストポジションを確保はしている。強い馬の後ろ、上手い人の後ろがベストポジションになるとはもうイカがタコになるくらい書いてきているから割愛する。

3コーナー。ここで考えたのは桃アドマイヤテラの武さんだ。早めに動いて橙アーバンシックにフタをしにいったんだよ

これは明確な意図がある。というのもこのままフタをしなかった場合、橙アーバンシックは赤シュバルツクーゲルの外を回ることになる。

すると桃アドマイヤテラは更に1頭分外を回される可能性が出てくるのだ。アドマイヤテラにビュンと切れる脚はないから、ここでアーバンシックに前に入られるのは=負けにいくようなもの

だから、多少リスクを冒してでも攻めた。桃アドマイヤテラが早めに動いて、橙アーバンシックにフタをしているのが分かる。ルメールを封じにいった

ここで冷静なのがC.ルメールの真骨頂だ。一切焦らず、桃アドマイヤテラを行かせ、その後ろを取りに行った。

本来であれば、さっきからアドマイヤテラの後ろについていた緑ヘデントールがそのままついていきたいところなんだけれど、ルメールはそれを許さない

行っていいのは1頭までですよ、なんて声が聞こえてくるかのようだね。この切り換えの早さが異常。最初から1頭だけなら行かせていいというプランだったんだろう。

桃アドマイヤテラが早めに動くと困るのが赤シュバルツクーゲルだ。動かないでいると、外からアドマイヤに被されてしまう。つまり自分も動くしかない。

シュバルツが外から早めに動いたことで、その内にいた白ピースワンデュック、黄メイショウタバルはジ・エンド。彼らの菊花賞が終了した

そしてアドマイヤが外から上がっていくと同時に、その後ろから橙アーバンシックがついてくる。緑ヘデントールはフタしきれていないのがこの画像から分かる。

この部分についてはルメールも「3コーナーからペースが上がると、豊さんの後ろに収まってベストポジションを取ることができました」と話している。

まー、武さんの後ろのポジションは別に予約席ではないから、ヘデントールだけのものではないのだが、トイレに行って帰ってきたら、自分の席に別の男が座っていたようなものだ。いや、違うか。

トイレネタが多過ぎるな。

虫の知らせ、ノリの知らせ

後ろを見てみよう。ちょっともったいなかったのは青ビザンチンドリーム。これは画像だけだとちょっと分かりにくいのだけれど、下がってきたノーブルスカイ、外から締めてきたコスモキュランダの影響などもあって、挟まれる不利があった

これでポジションを1列下げてしまっている。この不利がなかろうが単まではないが、3着はあったかもしれないね。

ただこれだけ動きのあるレースだと基本先行馬は厳しい。一周目の1コーナーでマスクはもう差し馬有利だなと思った。

出入りある展開は先行馬を潰す。そのためノーブルスカイみたいな馬が急激に下がってきて、後ろの馬の進路がなくなる、なんていうのはよくある話だ。

それがあるから黒ダノンデサイルも簡単には動けなかった。

これは3コーナー手前だが、黒ダノンデサイルは右前に橙エコロヴァルツ、前に青ウエストナウがいる隊列だ。普通に考えればウエストナウは下がってくる可能性が高い

この画像だと前がちょっと空いているように見えるが、いつ下がってくるか分からないウエストナウであることを考えると攻めにくい。

実質空いていないと同義だから動けずいたところ、今度はそこに赤ハヤテノフクノスケが入ってくる。

ノリさんが空かないと判断して我慢してるのに、そこに入ってくるかね。まー、一種のギャンブルだとは思うが。

黒ダノンデサイルのノリさんの判断は正しかったと思うよ。4コーナー入口を見てほしいが、橙エコロヴァルツのヤスナリの体勢が思い切り崩れている

これは画像では説明しにくいのだが、エコロヴァルツの前にいる緑ミスタージーティーが、その前にいて下がってきた黄メイショウタバルを避けようとして下がったところで、エコロがそのあおりを食らってしまったんだ。

これもノリさんが言うところの『誰も悪くない』。この展開ではメイショウタバルは下がっていくし、内にいたミスタージーティーも、その後ろにいるエコロヴァルツも避けるのは簡単ではない。

ノリさんは長年の感覚で、この馬群の形だと真ん中に入ったら事故ることを読んでいたんだろうな。実際前にいたエコロヴァルツが体勢を崩す不利を受けているんだから、危機察知能力が異常

で、結果として黒ダノンデサイルは、青ビザンチンドリームの後ろからという形になってしまった。これが位置取り『8-9-14-15』のカラクリだ。


ここまで書いてきたわけだが、では具体的に、ノリさんはどうすれば良かったのだろうか。

ハナ
これはまずない。ハナに行くテンの脚もない。土曜にダノンブレットで急に逃げていたが、あの時とは距離含めケースが違う。そもそも今回は他に速い馬がいる。

インの3番手で回った一周目4コーナーでエコロの後ろを外す
これは結果論。ノーブルスカイが馬群から離して折り合いをつけにいって、別に内前が密集しているわけでもない。それまではスローのインの3番手とという絶好のポジションだった。

そもそもダービーも逃げたエコロヴァルツの後ろにいた馬。エコロがコーナーを開けて回っていたように、どこかで内が空くと考えるのは自然。

序盤攻めずに後ろで脚を溜め、最初から外に出すことを考える
最初からこれだけ入れ代わり立ち代わりになることを想定していればそれでも良し。しかしこれだけ入れ代わりの激しいレースになることを誰が想像したか。

ポツン
『普段からポツンしてるんだから最後方なら不利も受けなかっただろ』というとんでもないご意見も見かけられた。スタート決めている時点でポツンはない。論外。

これも、これだけ入れ代わりの激しいレースになることを最初に想像していてようやく成立する形。結局のところ、どれも正直なところ作戦としては成立しないんだよな。

6着ダノンデサイル 横山典弘騎手「かわいそうな競馬になってしまった。一周目はいい位置を取れていたけど、二周目で次から次に。誰が悪いわけじゃないんだけど、とにかく流れが悪かった。最悪の流れの中で、デサイル自身はよく頑張っていた」

その通り過ぎて、これ以上言うことがない。誰も悪くなくて、これも競馬なんだよな。1頭で走っているわけではない。

ノリさんもここまでキャリア40年近く、数多くの修羅場をくぐっているだろうが、重賞級でここまで流れの悪いレースにあたったのは初めてじゃないかな。内枠がアダになった、これに尽きる。

直線は外からよく追い込んでいるんだけれど、まー、あのポジションからだと間に合わない。あと道中前に入られ続けて脚が溜まりに溜まっての伸びだったから、一概にあれだけ伸びた、強いとも言い難いところ。

今回もインの好位を取ったように、立ち回りがどんどん上手くなっているのは間違いない。トライアルを飛ばしたのはプラスだと思っていて、+18kgはほぼ成長分。内伸びの内枠を引いたらまたマークしたいね。

特殊レース過ぎて着順はアテにならない

よくある話だが、こういう特殊レースは有利、不利があり過ぎて、着順=能力というわけではない。もちろん上位は、上位に来れるだけの力があったわけで、その分の評価は必要。

2着ヘデントールは前述したように、3コーナー入口でアーバンシックにポジションを取られてしまった。つまり一瞬の加速と器用さでちょっと劣る。まー、それもこの馬のいいところな気はするけどね。

追って更に伸びるというタイプで、今後とも3000m以上で出番がありそう。最近じゃ貴重だよ、こういう馬。いい馬。心身ともにまだ完成度は6割、7割くらいだろう。

うまく成長すればフェイムゲームのような馬になっていくと見ている。アルゼンチン共和国杯やダイヤモンドS、うまく育てば天皇賞春…。フェイムゲームが好走した舞台で狙っていきたい。

3着アドマイヤテラはよく頑張った。先にフタをしにいったのはこっちだしね。武さんも完璧な誘導だったと思う。

ただ3コーナーでフタをしにいかないといけない、ということはつまり、決め手が足りないから動かざるを得なかった裏返しでもある。2600なんかじゃそんな短所は出てこないが、広いコースの中長距離スローだとキレ負けの可能性はある。

鮫島克駿くんが「完成したらすごい馬になると思います」と話す4着ショウナンラプンタは、決してオーバーな表現ではなくて、スピードに乗ると外に張る癖がありながらここまで走れるのはなかなかやる。

成長してきているとはいえ、心身ともにまだまだ良化の余地がある馬。今のところ左回りのほうが安心して買えるかな。来年の東京2500重賞なんかで期待したいね。

正直5着ビザンチンドリームは展開に恵まれた。不利がありながら最後までよく伸びているが、隊列が固まっていたらどうなっていたのか、という話。

ただこの馬、京都の下り坂が合うな。外伸び京都ならオープン、重賞でも。中距離京都で外差しになりやすいレースってあんまりないんだけど。

シュバルツクーゲルは3コーナー前でアドマイヤテラに攻められて早めに動いたことを考えるとよく走っているのだが、そもそも6着ダノンデサイルと1.2秒差がついた7着だったように、先行して7着だから次もいい、とは言い難いか。

少し上がりが掛かって出番。うまく成長してアメリカJCCというところかな。あとパドック。もう少し落ち着いてほしい。精神的にもこれからの馬。

12着ミスタージーティーもこれからの馬だろう。今回は序盤ちょっと出していって勝負をかけたが、入れ代わりが激しい展開に抵抗できなかった。展開が悪過ぎただけで、後方からならたぶん6着、7着くらいはあったと思う。

今回のパドック、良かったな。皐月賞、ダービーとカイ食いの悪さから仕上げられずにどんどん悪くなっていっていたが、ひと夏越えて最低限食べるようになってから馬体は良くなってきている

前にも書いたが、この馬、いい時はびっくりするほど前脚の捌きが柔らかい。あまりお目に掛かれないレベル。

前脚が柔らかい=GIを勝てるというわけではないものの、これはこれで才能。未完成、脚の使いどころが短い中でここまでやれていること自体が褒められていい。来年以降、馬が良くなることを祈る。

14着コスモキュランダはスタート失敗して、そこからポジション取りに行って引っかかって、前半の消耗が大き過ぎる。後半も外を回してみたり、雑な競馬だった。

この馬の良さはアルアイン譲りの器用さ。大味な競馬になってどうこうというタイプではない。今回はノーカン。無事なら今後中山2000~2200重賞、あとはローカル小回りでというところ。

正直、モレイラを乗せたくなる。今回の乗り方を良しとする人がどこまでいるのか

ずっと掛かっていた15着ピースワンデュックもノーカン。あれだけ掛かる馬が3000でどうかと思っていたら、想像通りというか、想像以上というか、掛かってレースにならなかった

悪い馬ではない。乗り難しいがね。走り方がちょっと変わっている馬で、この手の走り方をする馬は道悪が良くない。中距離に短縮してきても天気要確認。

16着メイショウタバルは見たまんまだろう。3000mを1頭で走らせたらいいタイムが出せるのかもしれないが、競馬は1頭で走らないからね。

ゴールドシップ産駒で距離も持つ、と言われていたが、マスクはこの馬は中距離馬だと思う。毎日杯の数字の刻み方は力のない馬にはできないこと。

道悪外回りの1800なんかにまた当たったら要警戒。2000mでもメンバー次第か。外から被される形だと良さが生きなさそうだし、外目の枠ならより。

何も考えるな、ルメールを買え

なんて本当に言いたくなるくらい上手いな。信じられないくらい上手い。

今回普通にアーバンシックを乗りこなしていたが、あの馬が簡単な馬ではないことはトレセンで見ていてよーく分かる。ダービーまで武史が相当苦労して乗っていた

いくら夏休み挟んで馬が心身共に成長したからって、ここ2戦まるで違う馬かのように器用に運ばれちゃ武史がかわいそうになってくる。

ただ武史がしっかり競馬を教え込んだから今があると言えるし、ジョッキーの単純比較はしたくないところ。踏みながら折り合いをつけられるルメールが常識外れなだけ。

勝負勘も凄い。普通3コーナーでアドマイヤテラに締められたら抵抗するもんな。抵抗しないで、君は行っていいよができるのが凄い。心臓に剛毛が生えているとしか思えない。もしくは心臓がない。

頭も高いフォームで、簡単な馬ではないこの馬を3000m延長でここまで乗りこなせるのは、正直引いた。そりゃ毎週のように重賞勝つ。

他がだらしないとか、馬がいいだけとか言う人間が未だにいるのが信じられないね。上手過ぎる。


問題はアーバンシックのほうだ。ここ2戦はちょっと上手く乗られ過ぎている。もちろん能力があるから3000で踏みながら折り合って最後まで伸びれるんだけれど、今後古馬中長距離路線を走る上で、いつもルメールが乗ってくれるのか?という話になってくる。

少なくとも2400m以下だとサンデーレーシングのあの牝馬に乗るだろう。2500以上だとその時の馬の状況次第になると思うが、現状ルメールか、それに準ずる外国人が乗る時でないと全面的に信頼して買うのは難しいかもしれない。

馬は間違いなく成長している。少しずつポジションを取れるようになってきたし、こういうハーツクライ系は強い。

スワーヴリチャードが早熟とかいう理解できない論調もこれで少しは消えてくるかな。まだまだ伸びる余地のある馬だ。ひと夏越えてこのくらいまで来るなら、来年の春には結構楽しみなところまで上がっているかもしれないね。

頭の高い走り方もこういうものなんだと思って見ると案外気にならない(笑)。今のところ、今後は条件付きで考えたい。


しかしウインドインハーヘアという繁殖は凄いね。アーバンシックも出して、アドマイヤテラも出して。普通活力は落ちてくるものだが、落ちる気配がない。

ランズエッジ経由で今の3歳はアーバンシック、レガレイラ、ステレンボッシュと3頭もGI馬が出てしまった。三冠馬が出てから来年で20年か。20年経ってもこの活力の状況なのは驚異的とも言える。

でも改めて考えると、三冠馬っていうのはそういうものなのかもしれないな。オルフェーヴルは全兄弟にドリームジャーニーがいるだろう。コントレイルは兄弟にGI馬はいないが、割と近いところに米GIを4勝したエッセンシャルクオリティがいる。

ナリタブライアンはご存知ビワハヤヒデの弟だ。パシフィカスも未だに牝系が残っているもんな。それくらいの活力がなければ牡馬三冠を勝つレベルは出てこないのかもしれない

それにしても異常だ、これだけGI馬が出てくるのは。今はレイデオロが登場したことでアドマイヤテラのようにウインドインハーヘアクロスが珍しくなくなったが、将来ウインドインハーヘアの4×4×4×4みたいな、そんなダビスタでも見られないような血統が見られるのかもしれない。

アーバンシックとは『洗練された』という意味らしい。三冠馬誕生からまもなく20年、ウインドインハーヘアの血統はどんどん洗練されているように思うね。

おあとがよろしいようで。


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