理想の父像

私はファザコンだと思う。

物心ついたころから小学生までは毎週家族で遊びに行っていた。動物園や水族館、遊園地とか。滋賀出身だから琵琶湖で遊ぶとか。

中高校生になると部活に勤しむようになりその頻度も減ったが、父親は通っていた中高一貫校の教師だったので存在が近くにあった。働く姿が見えていたからか、「パパのパンツ一緒に洗わないで!」という時期は無かった。

大学生になり家族の話をしていると、私って人より家族好きよなー、てか、父好きやなー、ファザコンかな?と思うようになった。

大学院生以降は恋人に父親像を求めていた気がする。(この像のせいでズレが生じた時に拒否反応が出ちゃうんですが)(理想と比べて期待するのではなく、違うやり方で人との付き合い方ができるようになりたいな。)

父親も一人の人間だし、多分受け手によっては嫌な部分も見えてくるのだろう。父親像を被って娘に接していたから、嫌な部分が見えにくかったのかもしれない。

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何故父親像に思いを馳せたかというと、バスケの友人が息子と接しているのを見たのがきっかけだ。

その息子は小学校低学年のA君と言うのだが、いつも父のバスケについて来ては大人に混じって一緒にシューティングをしている。でも試合が始まると傍によってゲームをしたり、たまたま別に来ていた子供と遊んだりしている。

友人を見ていて尊敬するのが、A君への指示の出し方だ。

今からチーム分けするからシューティングは試合始まるまでね。とか あと2試合で終わるからそろそろゲーム終わってね。とか 片付け終わったらモップかけ手伝ってくれる? とか

A君はほぼ答えない。軽く頷くくらいだ。でもシューティングはすぐやめるし、ゲームはセーブして試合終わりを待っている。モップかけしてるチームメンバーに自らよっていて代わっている。

子供も自分の中の段取りがあって、それを上手に誘導してるなと思う。上手く伝わるだろうか。

私だったら指示出す側として今!ゲームやめてって言っちゃうだろう。分かったの!?って返事を催促するだろう。相手の段取りとかあまり気にせず。しかも子供ならなおさら。

先に指示を出して、明確な返事がなくても待つ、指示を受け入れてくれたらその時褒める。この時間差を耐える事が出来ない。感情的な女のサガなのか、ただ未熟者なのか。。。

自分の父親も耐えれるタイプだった。

今子供はいないが、仕事をするにあたってもこの忍耐は必要だと思う。勤続歴が長くなればなるほど、嫌でも避けても指示出す役、教える役は回ってくる。

今日の結論、、ヒトとの関係性構築に忍耐は重要!耐えよー!!

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