【小説】影喰いの村 #1

今にも降りだしそうな空を見上げる。
カツン、カツンと足音が近づいてくる。
俺はリロードして銃を入り口に向けた。周りを見渡すと、
目に涙を浮かべている人もいる。
委員長の俺が手を上げると皆が息を潜めて銃を構える。

毎朝あいつは誰かの姿で教室にやってくる。
「田中あけてよ」
大山の親友の田中が大山の隣で震えている。
「あ、ああ、あれ、大山だよな」
「お、おれじゃない」
ついにきたか。自分の番が来ると分かっていても、怖いものは怖い。
「そこにいるんだろ、田中」

大山は幸いなことにひょろっとしていて、扉を壊せない。静まり返った教室にガンガンと扉を叩く音が響く。
俺達は入り口に銃口を向け続けた。
すりガラスの向こうに大山が映った。皆が一斉に大山を見た。
「今日は大山か」
大山は悲鳴ともつかない呻き声をあげた。

バリケードの向こうの扉がガタガタと揺れだした。
「開けて開けて」
大山の声でいて、大山の声ではない。
壊れたラジオのような耳障りなノイズが混じっている。
女子達は皆、端で震えて泣いている。

誰かのすすり泣く声と自分の唾をのむ音が聞こえる。
扉の外の音がやんだ。
「友達じゃなかった…のか。開けてくれよ」
すりガラス越しに見える姿に大山がパニックをおこした。
誰でもパニックになる。きっと俺だって。
「あれ、やっぱり俺だよな。おれって何者」
「しっかりしろよ」
田中が大山の肩を揺する。

「み、んな。そこにいるよね」

チャイムの音が鳴り響くと、すぅっと向こう側の大山が消えた。
今日も突破をまぬかれた。
今日はこれで終わりだ。胸を撫で下ろしていると、すぐ隣のクラスの悲鳴が聞こえた。

「井上やめろ」
扉を何かで殴りつけている。
「壊れる」
隣のクラスの野球部主将の井上だったのか。ガコンガコンと音が響く。
鉄製のバットで窓を叩き割っているようだ。
「1日1クラスじゃなかったのかよ」

得体の知れないやつが出るようになったのはここ数年のことだ。入り口を突破されたら一人喰われる。

見た目は必ずこの村の誰かで、誰かの親だったり、生徒そのものだったりする。但し、その本人の能力以上の力を発揮することは出来ない。

「近頃、呪いを封じ込める力が弱まってきてるの」
彼女の言葉を思い出した。


電車とバスを乗り継いで五時間、こんな秘境に古墳や美しい建造物があろうともわざわざ行く人もいない。
「やっとついた」

知り合いの雑誌会社にこの村を取材をしてきたら高く買ってやると言われ、フリーライターの俺はここまで来たのだった。
「にしても何もないな」
良く言えばのどかで良いが、こんなに不便では観光客も容易に来れないだろう。どこかで煙草休憩をしたい。

やっとのことで村に入ると、少年達がサッカーをしていた。
彼らは俺の姿を見ると一目散に逃げ出した。
次に会った老婆も同様に背を向けた。なんて排他的な村だろう。
知らない人がやってきて、警戒するのもわかる。

「おじさん、この辺の人やないな」
一人の学蘭の青年が話しかけてきた。
「そうだけど」
怖がられないように笑みを浮かべる。
青年は真顔のまま俺を見上げた。
「誰かに会う前にはよ帰った方がええ」

愛想悪いな。俺は雑誌を取り出し青年に見せた。
「ここの観光雑誌作るために来た、どこに行けばいいかな」
「せやから、ここの呪いに侵食される前に帰りや。後悔すんで」
妙に大人びた話し方をする青年はふざけているように見えない。
「そうか、それは面白い。案内してくれ」
「ほんまわからんやつやな。無事に帰れんようになるかもしれんのやで。呑気やな。まぁ、ええ。ついてき」

彼についていくと小さな学校にたどり着いた。
「役場は?」
「ない。のうなった。10時15分から11時まで外におったら徘徊してる奴らに会う。おじさんも教室に」
「俄かに信じがたいことだけど、それは、やっぱり呪いみたいなものか」「そうや。俺は白山。おじさんの名前は?」
「白山君、よろしく。
 俺は松岡。東京でフリーライターをしている。こんな村があるとはね」

教室に入ると見知らぬ俺に皆、警戒心を剥き出しにしている。ざっと見渡すと気の弱そうな女性の教師以外は大人がいない。
「大丈夫や。このおじさんは松岡さん。手にも印は無かったしライター言う雑誌を作る人らしい」
俺は白山君からこの村の怪奇を詳しく聞いた。
パソコンを取りだして記事のために保存する。


そんなときにやつらが来た。隣のクラスでは怒号と悲鳴が入り交じり、暫くして窓ガラスが割れる音がした。少年達は耳を塞いだ。

「今日も一人被害者が出た。昨日の山県の葬式も済んでへんのに」
「もう嫌や、なんでこんなことに」
泣き言と泣き声で教室が地獄絵図と化した。両隣のクラスからも悲鳴や泣き声が聞こえる。

突如、大きな音が響いた。青年が天井に向けて発砲したのだった。
「泣いてもしょうがないやろ、泣いとる暇があったら奴は殺せへんのか考えろや」
「そんなん出来るわけないやんか。教室に入れた時点でランダムに一人が死ぬねんぞ」
掴みかかる白山君を引きはがした。
後で聞いたが、発砲した青年ー【三島君】の親は先日の襲来で死んだらしい。村に住んでいる人が死ぬことになっているからだ。
その日は教室内で死んだ人はいなかった。そういうこともあるのだろうと家に帰ると父の頭がなかった。


「皆が教室に来なかったらええやんか。皆で村の外に逃げよう」
少女は目に涙を浮かべて叫んだ。
「それも別の学年がやっとった」
「どうなったん」

「全員死んだわ」
息を飲むのがわかる。

「いややぁ」
さっきの少女が泣き崩れた。
「どっちみち死ぬ確率は同じやし。村から出ようとしたやつも一杯おった。けど、村に出た瞬間に心臓発作や心筋梗塞、事故死、心中で必ず死ぬ。
分かってて逃げる奴はおらんな」
三島君だけ吹っ切れていて尖っている。
親が死んだとなればあれほど荒れるのも仕方がないか。

「民家は大丈夫なのか」
「民家は大丈夫や。その代わりに招き入れると本人が死ぬ―かげふみ―が現れる。無理やり入ってくることはないから、防ぎようはあるんやけど」
「それらはどこから来るんだい?」
白山君は首を捻った。
「どこって、どこやろう。急に現れるから」
「君達は発現したやつしか見たことがないんだね?」
「言われてみれば、そうやなぁ」
「でも、それなら村を歩いている時にばったりと出会ってしまうんじゃないのか」
彼は首を振った。
「いや、そうでもない。かげふみは家に入った直後に戸越に現れたりして、家族だと思ってうっかり開けて招き入れてしまうのを待っているんや。
あいつは学習もする」
そんなに賢いのか。
「戸を開けっ放しにしているところはどうなんだ」
「相手が認識していて、必ず招き入れるという条件がなければやつらは入れへん。この世の者じゃないのは手首に印がある。
家によって死人と区別する目印を作ったりしてるんや」
「へぇ、仮に発現する場所があるとすればそこに根源があるはずだよな」
彼ははっとした。
「確かに」
「行ってみる価値はあるね」
俺は騒ぎがおさまったのを見計らい教室を出ると、白山君もついてきた。
「どうせこの状況でまともに授業もできひんし、松岡さんについていってみます」
廊下には隣のクラスの血飛沫が広がっていた。

「うちやなくて良かった」
ぼそりと少女が呟いたのが聞こえた。

恐る恐る校庭に出ると旗が立っていた。
「怖がらんでもここには出ませんよ。教室まで来るまでに人を食ったという話は聞きませんから」
白山君に宥められ少しだけ胸を撫で下ろした。
「この旗は」
彼は旗を掴んだ。

「年に一度の行事、豊作祈願の野や畑焼ーあまやき祭ーと言います」

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