Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(六)
1.Vチューバー続けてもいいですか?
六
『わたしのチャンネル登録者って、ほとんどが箱推ししてくれてる人なんだ』
「……箱推し」
『うん。プロアクティブ所属のVチューバー全員を応援してくれてる、グループそのもののファンってこと。わたしを応援してくれる皆は、言っちゃえば、わたしがプロアクティブだからってだけで応援してくれているの』
つまり桜乃は、自分≪≫を見てファンになってくれた人はいない。
自分のバックの大きな事務所だけを見てファンになったのだと。
そう言っているのだろう。
『もともとわたし、麻雀専門のVチューバーとしてデビューしたわけじゃないの』
話を一転。彼女は話し出す。
『雀天配信を始めたのも、流行りのゲームだったからってだけで。同期にデビューした子たちも、みんなやってたからっていう軽い気持ちで始めたんだ』
『麻雀のルールなんて全然知らなかったし。なんとなく似たような絵柄の牌を集めるだけをしてた』
『そしたら初配信のときの初和了で、すっっっごい和了をして』
『わたしはよくわからなかったんだけど、みんながたくさん褒めてくれたんだ。「すごいね」って』
『それがきっかけで、わたしのチャンネル登録者にも少しだけ、わたしだけを推してくれる人が増えてきたの』
『事務所じゃなくて、わたしを見てくれる人が』
『それでね、わたし思ったんだ。自分だけのファンをもっと増やしたい。麻雀の配信を、これからも続けて、もっともっとわたしだけのキャラクターを築いていきたいって。だから、そのために。麻雀プロの玖郎さんに麻雀を教えてほしいんだ!』
自己顕示欲ともとらえられてしまいそうな彼女の発言は、しかし、あまりにも純粋で。
生まれてきた意味、なんてものを探す学童のような。
自身の存在意義を見出そうとするAIのような。
それが根本から湧き出る欲求であるかのような印象を、玖郎は受けた。
それは彼の『麻雀が好き』という源泉となんら変わらない。玖郎はわずかに口元を緩め、彼女に応える。
「や、教えるのは無理」
『いまの流れで断るってあるっ!!?』
「まずルールもおぼつかないのに、教えるもなにもない。ルールを教えてという懇願なのだとしたら、それくらい自分で調べてほしいと思う」
『驚くほどに辛辣!!』
「仮に基礎的な技術を教わりたいということなら、なんでもいいから戦術書を買い読み込むことをおすすめする。そのほうが学習時間面でも効率が良く、幅広く知識を習得できるはずだ」
『それ単に、教えるのが面倒くさいってだけじゃない!!?』
桜乃も粘り強く教えを乞うが、玖郎が首を縦に振ることは一向になかった。
なにも意地悪で彼女の懇願を断っているわけではなく、彼の文句も本心からだ。
しかし、それ以上に玖郎は人に麻雀を教えるという行為が嫌いなのである。
過去に何度かレクチャーをした経験はあるが、彼の麻雀に対する激しい熱意もあり、必ず口論からの喧嘩へ発展してしまうのだ。
麻雀に対してだけは、彼が感情を抑えることは叶わない。
それがわかっているから、玖郎は人に麻雀を教えたがらないのだった。
「そもそも、きみは俺たち麻雀プロとは違ってVチューバーなんだから。そんなに急いで麻雀を覚える必要もないだろう? ゆっくりでいい。事務所の企画も断ることにしたんだし。なんなら中途半端に覚えるより、下手なくらいのほうが、応援してくれるファンもつくんじゃないか?」
なだめるつもりで言った玖郎の言葉であったが、桜乃に元気よく
『考えが最低なうえに浅ましいよ!』
と返された。
『もういいよっ!! バカっ!!』
お願いをしている立場でありながら、しかも今日初めて話す相手に「バカ」とは大層なものである。
癇癪を起こしたかのように声を荒げる桜乃に対しても、そのバーチャルな容姿のせいか、玖郎は不思議と癇に障ることはなかった。
『わたし……。あのとき────初めて和了ったとき。とっても楽しかったんだ。だから、もっと麻雀を楽しみたいって。もっともっと麻雀の楽しさを教えてもらいたいなって。そう思ったんだもん』
見ると桜乃は口をムッとさせ、小刻みに揺れていた。
すぐに自分が失言をしたことに気づく。
これから頑張っていきたいという彼女に対して、「下手なほうがむしろいい」とは豈図らんや。最低としか言いようがない。
彼が女性と友好的な関係を気づけないのは、こういった配慮に欠けるところがあるからだろう。
『それに、わたしが心から楽しんでないと、見てるみんなもきっと楽しくないと思う』
「……そうかもな」
玖郎の呟くような返答に、桜乃はすぐに言葉をつなげることはしなかった。
彼女の表情がうかがうも、玖郎には桜乃の心境を読み解くことができない。バーチャルの顔色を見分けられるほど、彼にまだ経験値を蓄積できていないのである。
少々の間をおいて、桜乃の口が小さなモーションを起動する。
『でも、うん。たしかに。まだルールもおぼつかないのに、人に教えてもらうもなにもないよね。よし! 玖郎プロの言う通り、まずは参考になりそうな戦術書を買って、ルール覚えながら頑張ってみるよ!』
彼女は、そう前向きな言葉を言った。
「おう、まあ……、なんだ。応援、してるよ」
気の利いたことを言う能力に乏しい青年は、振り絞るように言う。
『ふふ。ありがとう! あ、そろそろ23時だね。企画担当の人が通話にご参加されちゃう。玖郎くんと個人で通話してるのは内緒だから、一回切るね!?』
「……ああ」
『いろいろ話を聞いてくれて、ありがとう。それじゃあ、例の件よろしくね!』
プツリとビデオチャットが切れる。
ディスプレイ越しでのファーストコンタクト。
一昔前のヒキの表現を使わせていただくと。
この出会いが『最悪』の結末をもたらすことに、このときの玖郎はまだ、知る由もなかったのである。
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