Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(十八)
1.Vチューバー続けてもいいですか?
十八
――アイドル活動だって、はじめは見下されるだけの毎日でした。
――センターの引き立て役。キャラが薄い。将来性を感じられない。単純に顔が可愛くない。
――そんな言葉を吐き続けられる日々。
――でも、頑張って。
――頑張って。頑張って。頑張って。頑張って。
――いま、わたしは。大人気アイドルと言って差し支えない地位に立っている。
――ずっと見下してきた人達を、逆に下に見れる立場にいる。
――人を見下すのが好き。だってそれは、わたしが頑張ってきたという証だから。
「だから見下されるのも、嬉しいんです。だって八咫玖郎さん、あなたを越えることが出来たら――あなたを見下せるようになったら。わたしはまた、努力の証明を手にできますもの」
対局も終盤戦。おとなしかった笹西の雰囲気が変わった。玖郎は、それを感じ取っていた。
――まあ。だからと言って、なにかを変えるってことはないけどな。
気持ちを切り替えたり、モチベーションを上げたからといって、それが配牌やツモに影響するということはない。しかし、その者の集中力や判断の鋭さが増すといったことは往々にしてあるだろう。その点に関しては気を付けるべきなのかもしれないが、それを言うなら玖郎は卓に着けば、はじめから注意力のアクセルなど踏み切っている。
いつも通りが、最善。全力なのだ。
――欲を言えば前局。自由に打てる桜乃がテンパイに至れれば最高だったが。それは難しかったか。
玖郎は横目で桜乃の映るモニターを見た。真剣に挑んでいることは知っている。しかし玖郎は未だ、ヴァーチャルの表情を読み取ることは出来ないでいる。
――多面待ちを理解していると言っても、牌効率はまた別の技術だものな。まあいい。このまま桜乃のリードを守ったままゲームを終わらせてやる。
南二局3本場 供託1000点
東 戸塚 6500点
南 笹西 21500点
西 玖郎 48500点
北 桜乃 22500点
――うー。せっかく玖郎くんにアドバイス貰ったのに、全然リーチできてない……。
ひとり別空間で電子の牌を握る桜乃。しかし、この局5巡目にして、なかなかの手牌を貰っていた。
――どう見ても要らないのは1索だよね? でも1索は……。
チラリとヴァーチャル空間に浮かぶ王牌に目をやる。表に開示されている牌は索子の9。つまり、この局のドラは1索だった。
――麻雀はじめたとき、プロアクティブのスタッフさんから「ドラは大事な牌だから、最後まで捨てちゃダメ」って教えてもらったけ。
ゴクリと唾を呑み込む。その音は決してマイクには拾われない。これもスッタフに言われて、そういうふうに努力してきた。
――それでも。
桜乃が指に掛けたのは1索。スタッフの教えを破ることにもなる一打。
――今日は玖郎くんの言うことのほうを守るよ。リーチに向かって一直線。そう約束したもんね!
「ポン」
刹那のように。全くラグを感じさせない速度で、そのドラを仕掛けたのは笹西だった。
「……!!」
玖郎の顔に緊張感が走る。
タンッと軽快な音とともに打牌する笹西。その直後にツモ番が回ってくるの玖郎である。
――ドラ3で8000点確定の仕掛けか……。捨て牌から染め手には見えない。役牌の暗刻かバックが濃厚だな。
玖郎にとって理想は、戸塚に8000点を当て試合を終わらせること。次点は、このあと全ての局を和了りきることだ。そのどちらも、達成が難しいわけではない手牌に思える。
しかし、浮いた牌には、まだ場に出ていない白・發の役牌と笹西の風牌の南。不用意に切って鳴かれでもしたら、すぐに戸塚が差し込みに行くだろう。
そうしたら残り6500点はトビ。敵陣の勝利でゲームセットである。
それだけは回避しなければならなかった。
――……仕方ない。
玖郎は今切れた2筒を合わせ打ち、徹底的にしぼりの態勢に入る。
無論、笹西の欲する役牌を戸塚が持っていたら、努力も虚しくといったところだが。この局の戸塚の切り出しは
と、手の内に役牌を残している可能性は低いと判断してのことだった。
――ふむ。笹西さんが仕掛けましたか。満貫放銃でのトビ圏内から外れておくべきかと、手は進めていましたが、これは彼女に打ちに行ったほうが良さそうですね。
――わたしの手に役牌はありません。ならばせめてチャンタでも和了れるような形になっていることを期待して、このあたりでも切っておきますか。
和了に遠くない手形から戸塚が選択したのは打3索。しかし、その牌に声が掛かることはなかった。
玖郎が役牌をしぼったことで、途端、展開は重くなった。その後も、戸塚が切った牌を笹西が仕掛けるようなこともなく、またも流局となった。
「「「……ノーテン」」」
――うー……。はじめのほうは良かったけど、結局、リーチまでは辿り着けなかっやよ。
人知れずに肩を落とす桜乃。そして玖郎、戸塚もノーテンである。
「あら。これで3局連続で流局ですね、珍しい。――――テンパイです」
そんなふうに嘯きながら手牌を開示する笹西。そこには手役どころか字牌すらも存在しなかった。
「!!」
役がないところからのドラポンだったということに、仲間である戸塚でさえも言葉を失う。
もちろんそれは、和了れる手形でないのに仕掛けた彼女を卑下する意味ではない。むしろ、その逆――
「途中からなにかおかしいとは思ってたが、やっぱりブラフの仕掛けか」
戸塚と同様に玖郎も渋い顔を見せる。してやられた。ここでの一人テンパイは偉すぎる――――否。それ以上に笹西がブラフなんていう技術を見せつけてきた、その事実は驚愕にあたいする。
「言ったでしょう。見下されたままでいる気はありません。これで少しは見返せましたかね?」
妖艶に笑う彼女は、たしかに人気芸能人であるという風格を漂わせた。
そして、それ以上に。畏怖するべき対象であると、玖郎に思い知らせたのであった。
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