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あるゲーム特許に関するデマの発生と拡散:「音楽ゲームのFAST/SLOW特許」を題材として

本稿の概要

  • 「音ゲーの判定のFAST/SLOW表示はコナミの特許」という噂には根拠がない。

  • FAST/SLOW特許であると言及された2つのコナミ特許は、どちらもFAST/SLOW特許ではない。

  • 特許に関するTwitter上の言及は鵜呑みにしないほうがよい。

注意事項

  • 本稿の趣旨は「FAST/SLOW特許など存在しない」ではありません。

  • 本稿の趣旨は「FAST/SLOW特許がコナミのものであるという噂には根拠がない」です。

  • 本稿は特定個人の糾弾を意図したものではありません。

1.背景

インターネットに溢れるゲーム特許のデマ

 ゲームの産業財産権(特許権、商標権、意匠権、実用新案権)については、古来より無数の誤りが飛び交っています。筆者が主な興味の対象とする音楽ゲーム(音ゲー)の分野でも例外ではありません。

 例えば「BEMANI特許はオブジェが上から降ってくる音ゲーの特許」は誤り。独立項である請求項1/2/7/38/39/40のどこにも、譜面のスクロール方向は規定されていません。

 「BEMANI特許はキー音の特許」も不正確。キー音があるというだけでは特許に引っかかりませんし、キー音がないというだけでは特許を回避できません。

 「『音ゲー』はセガの登録商標」もデマ。「音ゲー」はセガの登録商標ではなく、過去に登録商標であったこともありません。

 音ゲーと関係のない分野でも、例えば「コナミは『ときめきメモリアル2』のEVS特許でプレイヤーの名前を呼んでくれるシステムを独占している」はデマ

 またコナミのいわゆる「壁透過カメラ特許」は、壁透過カメラを独占できる特許では全くありません

さらに「コナミは様々な名称の独占を目論んだ商標ゴロ」なる悪評も、根拠の多くが否定されています。

「FAST/SLOW特許」のファクトチェック

 以上の状況のもと、近年のTwitter上で散発的に耳にする話題があります。音楽ゲームのFAST/SLOW判定表示機能が、コナミデジタルエンタテインメントもしくはコナミアミューズメント(以下コナミと略)の特許で独占されており、他社ゲームでは実装できない、という噂です。

 この噂の経緯を調査したところ、噂の初出が2020年という比較的若い時期であったこともあり、発生と拡散の経過を追うことができました。そして、その噂の根拠とされるコナミ社の特許2本を読解し、これらはそもそもFAST/SLOW特許ではなく、従って噂には何の根拠もないことが判明しました。

 本稿ではまず、(1)当該のデマの発生と拡散の経緯を整理して示します。次に、(2)根拠であるかのように名指しされたコナミ社の特許の内容と、なぜそれらがFAST/SLOW特許でないと判断できるのかを説明します。

 なお本稿では、「リズムアクション型の音楽ゲームのプレイ中において、操作が正しいタイミングより早い場合・遅い場合に、それぞれ対応する表示をリアルタイムで行う機能」についての特許をFAST/SLOW特許と呼んでいます。表示される文字が実際に「FAST」と「SLOW」であるか否かは考慮に入れません。また、いわゆる判定タイミング調整機能もFAST/SLOW、もしくは類似の名前で呼ばれることがありますが、本稿ではこちらの機能には言及しません。

2.主な調査方法

  • 特許情報プラットフォーム J-PlatPat

  • Twitter検索

  • その他参考文献(第6節参照)

3.調査結果(1) 経緯

  • 1999年7月

 ナムコ「パカパカパッション2」発売。判定は上から「Perfect」「Good」と続く。FAST判定のGoodは赤色、SLOW判定のGoodは青色で、それぞれ区別されて表示される。FAST/SLOW判定表示に相当する機能を実装した初めての音楽ゲームと思われる。
(2023/3/28 Twitterで頂いたリプライをもとに追記修正しました。ご指摘ありがとうございます。Thanks to @bounkl

  • 1999年8月

 ナムコ「ギタージャム」発売。ジャストタイミングより早いミスがFAST判定、遅いミスがSLOW判定となる初めての音楽ゲーム?(これについては実機プレイ動画などが見つからず、真偽を確認できていません)

  • 2005年6月18日

 Roxor Games「In The Groove 2」発売。明確に確認できる中では、FAST/SLOW判定表示に相当する機能を実装した初めての音楽ゲーム。
 判定は上から「FANTASTIC」「EXCELLENT」「GREAT」……と続く。このときEXCELLENT以下ではジャストタイミングより早い・遅い場合、判定表示のそれぞれ前後にハイフンが付き、例えば「-EXCELLENT」「EXCELLENT-」のように区別して表示される。

 これらのゲームの公表をもって、FAST/SLOW判定表示機能は公知になり新規性を失っている(特許法第29条第1項各号)。仮にこれ以降の時点でFAST/SLOW特許が出願された場合、権利化は非常に困難と推測される。

  • 2009年10月21日

 コナミ「beatmania IIDX 17 SIRIUS」発売。FAST/SLOW判定表示機能を実装した初めてのBEMANI作品。

  • 2017年7月28日

 Rocky Studio/Neowiz MUCA「DJMAX RESPECT」(PS4)発売。

  • 2020年6月25日

 「DJMAX RESPECT」のアップデートでFAST/SLOW判定表示機能が削除される。

  • 2020年6月25日(同日)

 あるユーザが、「コナミの特許に引っかかってFAST/FLOW判定表示機能が削除されたという噂がある」という旨の情報を発信する。
 これ以降、一部ユーザに「コナミのFAST/SLOW特許」が噂ですらなく事実であるかのように非難する論調が現れる。

  • 2020年6月26日

 上記ユーザが、特開2018-086483号(以下、特許Aとします)がFAST/SLOW特許であるという情報を流す(誤り)
 これを鵜呑みにしたユーザが多数見られる一方、一部ユーザからは「誤りなのでは?」という旨の指摘も発せられる。

  • 2020年6月27日

 上記ユーザが、特許第5783982号(以下、特許Bとします)がFAST/SLOW特許であるという情報を発信する(誤り)

  • 2022年4月21日

 Rocky Studio社の配信番組で、PC版「DJMAX RESPECT V」におけるFAST/SLOW判定表示機能削除の理由が「特許に関する問題」である旨が初めて語られる。

 特許の権利者がコナミであるかどうかの同社からの明言は一切なかったにもかかわらず、これを受けて「コナミのFAST/SLOW特許」がほぼ既成事実として語られるようになる。

  • 2022年5月8日

 上記配信番組を受けて、ゲームカタログ@Wiki内「DJMAX RESPECT」記事に「『コナミに特許侵害を指摘された」との噂を追認した』という記述(誤り)が追加される。

  • 2023年3月27日

 本記事の初版公開。

4.調査結果(2) 各特許の権利範囲

  • 特許A:特許第6600799号(特開2018-36552)
    →FAST/SLOW特許ではありません。

 独立項は請求項1のみ。

 簡単に言えば、音ゲーのノーツ1つ1つに対するプレイヤー操作を評価し、その結果(画面表示、キー音を含む効果音等)の一部または全部を、実際の操作タイミングではなく本来の譜面通りのタイミングで提示するゲームシステムです。実際の操作に合わせて判定を表示しなければ意味がないFAST/SLOW判定表示機能とは明らかに異なります

 明細書では一例として、キー音のある音ゲーで、FAST判定の場合には譜面通りのタイミングでキー音を鳴らし、SLOW判定のときには実際の操作タイミングでキー音を鳴らすシステムが説明されています(※あくまで一例であって、権利範囲はこれだけに限定されません)

  • 特許B:特許第5783982号(特開2014-61157)
    →FAST/SLOW特許ではありません。

 独立項は1,2,3,14,15,16の6つ。

 その全部で、簡単に言えば「譜面をノーツとして表示する」「ノーツに対してプレイヤーが実際に操作したタイミングを記録する」「過去のプレイで記録された実際の操作タイミングを読み出す」「過去のプレイで記録された実際の操作タイミングを含む情報に対応する”シンボル”を、過去のプレイで記録された実際の操作タイミングより先に表示する」が全て必須要件となっています。

 FAST/SLOW判定表示は、実際の操作に対する判定結果です。現在プレイしているゲームに対して、実際の操作よりも先にFAST/SLOWを表示することは、そもそも不可能です。従って、この”シンボル”はFAST/SLOW判定表示ではありえません

 念押ししておくと、過去のプレイ(リプレイや録画)に対するFAST/SLOW判定表示とも全く関係ありません。詳細説明は省きます。

 ちなみに「特許請求の範囲」に登場する用語の語義は、明細書や図面をもとに解釈する必要があります(特許法第70条第2項)。“シンボル”が判定表示ではないことは、明細書の0083~0097節や図8,9,10,13,14,18からも明らかです。

 また明細書の「発明が解決しようとする課題」節には、この発明の目的が書かれています。この発明は、「課題(筆者注:譜面のこと)を作成することができ、他のユーザに作成した課題を行わせる」ような(例えば「beat gather」のような)ゲームで、「他のユーザが行った操作の結果を参照しながら、課題を編集したいという要望」を解決するものだとされています。
 目的からしても、FAST/SLOW判定表示機能と関係ないことは明白です

5.結言

 「音ゲーのFAST/SLOW判定表示の特許はコナミが保有している」という噂(憶測)を取り上げ、その発生と拡散の経緯を調査しました。そして、それが誤った情報の発信と、それを真に受けたユーザによる拡散の結果であることを示しました。FAST/SLOW特許と名指しされた2つの特許を実際に読解し、どちらもFAST/SLOW特許ではないことを示しました。

 特許の権利範囲は、特許公報の「特許請求の範囲」に記載された請求項で決定されます(特許法第70条第1項)。明細書や図面は、「特許請求の範囲」に登場する用語の語義の解釈に用いることはできますが(特許法第70条第2項)、明細書や図面のみで権利範囲を判断してはいけません。また要約書は主に技術情報として用いることを目的とした文書で、権利範囲の解釈に用いてはなりません(特許法第70条第3項)。

 つまり、特許の権利範囲を理解するためには、「特許請求の範囲に書かれている技術的な構成要件を読み解いて整理する」「特許請求の範囲に現れる用語の意味を、明細書や図面に基づいて解釈する(用語の意味を主観で勝手に解釈しない)」という、最低でも2段階の手順が必要になります。

 残念ながら、音ゲーの知的財産に関するTwitter上の言及には、非常に誤りが多いのが現状です。特許の話を見かけたら、まず疑ってかかることを強く推奨します。なお、これは本稿についても例外ではありません。この記事を鵜呑みにしないで下さい。

6.主要参考文献

付録:本件に関するQ&A

Q1. 現に「DJMAX RESPECT」ではFAST/SLOW判定の機能を削除したではないか。コナミの特許は存在するに違いない。
A1. Rocky Studio社が特許に関する問題と明言した以上、FAST/SLOW特許が存在するかもしれないという仮説それ自体は別におかしなものではありません。しかし、現状ではそのような特許は特定されておらず、当該特許の特許番号や出願人については、Rocky Studio社/NEOWIZ社からの明言もありません。それが「コナミの」特許であるという点には根拠がありません

Q2. FAST/SLOWをリアルタイムで表示するのはOKで、リザルト画面でFAST/SLOW数を表示するのがNGらしい。
A2. 特許A,Bの権利範囲からは、そのような内容は読み取れません。また特許A,B以外にそのような特許も確認できていません。

免責事項

  • 本記事には、現時点で効力を有する日本国特許の権利範囲について、筆者が個人としての解釈を述べた内容が含まれています。

  • 本稿は、弁理士としての正式な見解を示すものではありません。

  • 本稿は、鑑定や判定としての効力を持つものではありません。

  • 特許法第68条でいう「業としての実施」を検討されている方は、本稿を判断の拠り所とせず、適切な専門家にご相談下さい。

  • 専門家の方へ:本稿では特許法第70条各項の解釈にあたり、非専門家向けに単純化した物言いを採用しています。例えばいわゆるリパーゼ事件や、知財高裁平成18年(ネ)第10007号損害賠償請求控訴事件などは取り上げていません。上記の点の至らなさについてはどうかご寛恕下さい。


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