なぜ「他人への期待と怖さ」を抱いたのか?

 おはようございます。市山です。

 「他人への期待と怖さ」を抱いた理由、

 考えます。 


1,「他人への期待と怖さ」を書いた後

 昨日、気づかされたことがあります。

 それは、「失敗や痛みを恐れ、誰かを頼りたい。見てもらうことを期待している」自分。

 勉強会の質問にて、それを見出されたのです。

 これは、ネガティブになりうる感情なので、少しずつ手放していくと決心しました。

 (その記事はこちらです)

 記事を書いた後、他の方が書いた記事を読んでいました。

 すると、気になる記事を発見します。

「これ、自分にも当てはまるかも」

 そんな思いがあり、恐るおそる記事を開いてみました。

 (それがこちらです)

 ginkinさんの記事です。

 タイトルに心当たりがあり、読み進めていくと

未来を予測しすぎる

ginkinさんの記事より

 この言葉がありました。

 それを見て、確信を持ちました。

「うわぁ、これだ…」

 他人への期待や怖さを抱いていた理由は、「ココ」にあったのです。


2,あれこれ考えすぎていた

「未来を予測しすぎる」

 この言葉を受け取ってから、もう一度振り返ってみます。

「コミュニティのアイデアを出した時、
 どんな未来を予測した?」

・やる気が低下して、
 離脱者が出たらどうしよう…

・お金をかけて入った場所で何も得られず、
 浪費に変わったらどうしよう…

・コミュニティが閑散としたらどうしよう…

 そんな未来を想像していました。

 この時点で「考えすぎ」ですよね…。

 あれこれ考えていると動けなくなるところですが、私の厄介なところが出ます。

何もせずに後悔するくらいなら、
 やってから後悔しよう

 だから、アイデアを出しました。

 起きてすらいない未来を勝手に想像して、回避するために。

 有料記事の下書きを見てもらいたかったのもそうです。

・買ってくれた方が、後悔したらどうしよう…

・もっと良くできたのに、改善点を残して
 有料記事を出したらどうしよう…

・自分と読者の価値観に
 ズレが生じていたらどうしよう…

 そんな"不安な未来"を想像していました。

 だから、質問したのです。

 起きてすらいない未来を勝手に想像して、回避するために。

 …そう、これが全て。

 「取り越し苦労」をしていたのです。


3,これから

 改めて振り返ると、

「いろんなことを考えすぎていたんだな…」

 そう思います。

 きっと、自分の内側にある「繊細な自分」。

 これが無意識に、「こうなったら危ないよ!」と、守ってくれていたんだと思います。

「誰も傷つけさせない…」
「後悔させたくない!」

 だから、誰かに見てもらって、よくなることを期待したのだと思います。


 。。。


守ってくれて、ありがとう

 きっと、また出てくると思う。

 それでも、もう大丈夫。

 他人への期待や失敗、痛みへの恐れを少しずつ、手放していくから。










本当にありがとう。お疲れさま。










「人は人、自分は自分。
 それぞれのペース、フェーズ、
 スタイルがある」

「価値は人それぞれ。
 価値がわからなくなった時は
 自分の直感を信じよう」

「失敗も成功もない。
 事実をどう受け取るかだけ。
 全ては自由」

「今の自分を表現できれば、それでいい」



 自分の中にある期待、不安、恐れ

 少しずつ、手放します。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 ginkinさんの記事に出会えたこと。

 心から、感謝します。

 気づきを与えていただき、ありがとうございました!

 皆さんが恐れていることは、なんですか?

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