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「彼岸より聞こえくる」第14話

一瞬の沈黙の後、俺はポケットから数珠を出し、九字を切り結界を張った。
 そして手で印契(いんげい)を結び、呪文を唱えた。
「オン・アビラウンケンソワカ ノウマク サンマンダ…」
 ミホが、おもむろに目を見開きこちらを向いた。
 その姿にはもう、ミホの面影はなく、目は赤く光り、オオカミに近い獣のような姿で、俺にとびかかってきた。
 
 俺が倒れた姿を見て、卑弥呼が悲鳴を上げた。
その声を聞き、ミホが俊敏に方向転換し、卑弥呼に飛びついた!
 
「!!
これがミホなの!?」
「見えるのか!ミホの攻撃をかわせるか!?」
 浄化には呪文を音に出しつづけなければいけない。
 しかし、このままでは呪文が効果を発揮するまでに、卑弥呼がミホに食い殺されてしまう…!
 と、その時、小学生くらいの女の子が卑弥呼とミホの間にスッと入り込んだ。
「…あーちゃん!?」
 
直接、俺の頭の中に声が聞こえた。
(ひみちゃんは私が守るから、浄化の呪文唱えて!!)
 
「ひみちゃん、大丈夫だよ!
私、ずっとひみちゃんと一緒にいたの。でも、ひみちゃん全然気づいてくれなくて。
だから、今、会えて嬉しいよ。」
 背中をミホに傷つけられながら、飛鳥の霊は卑弥呼を抱きしめ、優しく優しく笑った。
 また、頭の中に声が響いた。
(唱えて!早く!!)
「でも…そしたらお前も消えるぞ!」
(いいの!早く!)
「え!?あーちゃん、消えちゃうの!?嫌だ!やっと会えたのに!」
(はやく!!私は消えてもいいから!私はひみちゃんに生きてほしいの!!)
 
「…わかった!
… バザラダン カン ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダ ソハタヤ」
 
 ミホの霊が苦しみだした。
飛鳥の霊も苦しいのだろう。笑顔が歪み始めた。
 
「ウンタラタ カンマン」
 
「あーちゃん、苦しいの?私、大丈夫だよ?自分のこと自分で守れるよ!」
 
「ノウマク サラバタタギャテイビャク」
 
「あーちゃん、嫌だ、消えないで!」
 
「サラバボッケイビャク」
 
「…ひみちゃん、霊になって生きるって…意外と大変なんだよ。」
 
「サラバタタラタ」
 
「…ひみちゃんが心から笑えるよう…に…なったら上に行こうと思って…たの。」
 
「センダマカロシャダ」
 
「お願い…ひみちゃん、…ミホちゃんは…私が連れてくから、お空から…いつも見てるから…」
 
「ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン」
 
「…だから…いっぱい…笑って…ほしい。」


呪文を唱え終わり印を解いたとき、俺の想定外のことが起こった。
 
 一瞬にして景色が変わり、俺たちは何か澄んだ空気のところにいた。
 
 木々がざわめき、草花が咲き乱れ、ちょうちょが飛んでいて、穏やかに風が吹き渡る。
 
 俺からそう遠くないところに卑弥呼が座り、キラキラと光を反射しながら、鈴のような音を立てて流れる川の向こうに、ミホと飛鳥が手をつないで立っている。
 
 二人は幸せそうにほほえみ、こちらに手を振った。
 卑弥呼が反射的に手を振り返すと、飛鳥が大きな声でこう叫んだ。
 
「ひみちゃーん!
ひみちゃんが幸せなおばあちゃんになって、
こっち側に来る時が来たら、
ミホちゃんと私と、
今度は三つ子で生まれて、
今度こそ一緒に、
100歳まで生きようねー!」
 
 ミホも大きな声でこう言った。
 
「最後、迷惑かけてごめんねー!
でも、楽しかったよー!
みんなにもよろしくねー!
ありがとう。バイバイ!」
 
 二人はこちらに背中を向けて木々の向こうに消えていく。
 
 気づいたら、スタジオに戻っていた。
兄貴が呼んだ警察が現場検証をしている。
 
 その後、受付の人の証言で、俺は容疑者から外れた。
卑弥呼も容疑をかけられたが、都築は、首の骨が砕けていたらしく、人間の力では無理だとのことで、やはり容疑者からは外され、都築瞬殺害事件は一転して事故として片づけられた。
 世間は有名プロデューサーの死に、一瞬ざわめいたが、それもすぐに忘れられていった。
 

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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