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「彼岸より聞こえくる」第9話


「たすく~」

教室の後ろの入り口で兄貴が手招きしている。

兄貴が2階の3年のエリアから4階の俺の教室に来るなんて珍しい。

「どうした?」

そう言いながら俺は廊下に出た。

兄貴は何かとても興奮した様子でこう言った。

「手っ取り早くあのプロデューサーに会うのに一番いいと思って、さっきあのオーディションに姫様の代わりに申し込んでみたのだ!
そしたら今回の挑戦者が体調不良とかで、急遽、姫様に出演依頼が来たのだよ! 
撮影日は、なんと、今日!
15時までに渋谷のスタジオに来てほしいそうなのだ!
これで、幽霊は成仏して、みんなの姫様が戻って来るのだ!」

「代わりに申込って…あれ、写真とか動画とか必要だったよな?」

「い…いや…それは、なんというか、その、景色を撮っていたら偶然に姫様がファインダーに入ってしまったというか、なんというか…ごにょごにょ…」

「つまりは、盗撮したってことな?」

「!!
わ、わたしはそんな卑劣なことは断じて行ってはいない!
あくまでも姫様が僕のスマホに…なんちゃらかんちゃら…。」


…限りなくあやしいが、今回はお手柄かもしれない。
(いや、こんな場面じゃなきゃ、徹底的に問い詰めてるけどな。)

 兄貴は、やっぱり持ってる男だ。



 15時。
俺たちは渋谷の貸しスタジオに来ていた。

 卑弥呼は一人でスタジオの中に入り、俺たちは、入り口近くにそれぞれ身を隠した。

念のため、LINE通話をつないだままにして中の様子がわかるようにはしてあるが、少し心配ではある。

 俺たちは、各々の場所に隠れたままLINE通話で様子をうかがう。

 スタジオの中は、左手に結構手の込んだステージのようなものが作ってあり、右手にパイプ椅子が並べられていて、カメラは3か所に設置されているようだ。
 動画の中で司会をしていた男が主催者のようで、今日スタジオに入るのは、司会者、カメラマン、対戦相手と卑弥呼の4人だそう。

「今日は、都築さん来ないんですか!?」

卑弥呼が聞くと、司会者のカエルっぽい声が聞こえてくる。

「え?もしかして都築さん狙いなの?
残念だね。彼、毎回来てくれるわけじゃぁないんだよねぇ。
忙しい人だからさぁ。」

「どこに行ったら会えますか?」

「さぁ、今日はどこにいるとかわかんないけどぉ…、明後日の撮影には来る予定だよ。」

「明後日ですか!」

「今日勝ち上がれば、次回参加できるから、会えるかもだけどねぇ。…でも難しいと思うよ、Maryaは都築さんのお気に入りだからねぇ。」

「え、でもコメント数で勝敗が決まるルールですよね?」

「そこはさぁ~、大人の事情っていうか…ね。君もそういうとこわかんないと大人になってから大変だよ。まぁ、そういうことだからいい思い出作ることでも頑張ってよ。さ、そろそろ準備してね。15:30から撮影始めるよ!」

「5分だけ、外の空気吸わせてください。」

「え~、たばこでも吸ってくんのぉ?
5分前には絶対に戻ってよ!!」


卑弥呼が出てきたのが合図になったように雪ちゃんの声がLINE通話から聞こえてきた。

「これは、仕組まれたレースってことですよね?」

「ですな。」
兄貴が答えた。

「だが、勝たないと都築には会えない。…となると、計画は暗礁に乗り上げた可能性がある…。セイさん、特命係として、再度練り直す必要がありますね。」

ん~…?今日のたっくんは何キャラなんだ?特命係ってことはあれか?

 そんなことを考えていたら、急に卑弥呼が、

「あ~、もう、そういうの嫌い!大丈夫かダメかなんて、やってみないとわかんないじゃん!」

「でも、さっき司会者の人が大人の事情って言ってましたよね?」

雪ちゃんの鋭い突っ込みが入る。

「大人の事情か子供の事情か知らないけど、あたしは今のチャンス、全力で向き合いたいの。負け戦かもしれない。でも、奇跡が起きることだってあるかもしれない。
 あたし、ここに来るまで、あの、Maryaって人が出てる動画たくさん見たんだけど、なんか、歌もダンスもそこそこだし、ワンパターンなんだよね。
 動画は撮影するけど、配信はライブでやるみたいだし、そこで、集めたコメントを集計して翌日発表する形式でしょ?
 人を使うのか、あとから数を操作するのか知らないけど、大人の事情絡んでない人たちを圧倒的に味方につければ、数、操作されたら、おかしいみたいな声が上がる可能性はあるかと思うんだ。
 それであいつらが炎上回避とかすればあたしたちにも勝機はあると思わない?」

「確かにその可能性はあるかもしれないが、おまえにその圧倒的に味方につけるテクニックがあることが前提だよな?」

いくら卑弥呼の体とは言え、アイドルに一般人が圧倒的大差で勝つ可能性なんて…。

「うん、あたし、昔アイドル目指してレッスンとか受けてたから多分、行ける。プラス、この外見でしょ!あの程度なら喰えると思う。」

 マジか!

「でもね~あたし、一つだけどうしてもだめな弱点があるんだよね~…。だから、卑弥呼、手伝ってくれない?ダンスも受け答えもあたしが全部やるから、歌のとこだけ歌ってほしいんだ。ね、小さくなってるけど、聞こえてんでしょ?」

(うた…。小さい頃は好きだったけど、今は、授業で歌う歌くらいしか歌えないけど…)

「OK!ちょっと歌ってみて、何でもいいから。」

(え、急にそんなこと言われても…)

「好きな歌、無いの?」

(あ、えっと、中学の時の合唱コンクールでアメイジンググレイス歌ったんだけど、それは歌えると思う。)

「あー、ぁ~め~~じんぐれ~~~ってやつね?」


!?


今の音は…歌なのか?

「あ!この音!!YouTubeの動画で聞こえたアヒルみたいな音なのだ!!」

兄貴が叫んだ。

「そうなのよ~、あたしの歌声ってアヒルみたいで…って、誰がアヒルじゃ!」

 …確かに、この歌声がすきだっていう人はよほどマニアックだと思う。

「もう、わかったでしょ!ちょっと場所変わるから、卑弥呼歌ってみて!」

(わかった…)

そういうと、幽霊と卑弥呼の魂が入れ替わった。

「♪Amazing grace!
How sweet the sound!
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now I am found;
Was blind, but now I see.」

ぱちぱちぱちぱち!
たっくんが拍手をした。

雪ちゃんと兄貴は泣いていた。

鈴のような、澄んだ美しい声だった。

「OK!じゃ、これでいくよ!」

この時、如月卑弥呼も、女幽霊も消えゆくものとしてではなく、
確かなものとして確かにこの世界に存在していた。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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