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「彼岸より聞こえくる」第6話

(ねぇ、今日こそは学校行こうよ。)

「うるさい!あたしにはやらなきゃいけないことがあるんだよ!」

(でも…。)

「売られたいの…?」

(…。)

「まただ…!!
あんたのその、何でもあきらめてる感じ、大っ嫌い!!
気持ち悪い!!
何なの!?
それ!!!!!?」

私の体を乗っ取った女が私に毒づいた。



 あきらめてる…?
そうかもしれない。

でも、この女には言われたくない。

どんなに脅迫されても、今の私には何もできないのに…。
あきらめる以外に出来ることがあるなら教えて欲しいくらいだ。


だけど…確かに、この女に体を乗っ取られる前から。
私はそんな風だったのかもしれない。

だって私は、もともと身代わりの子なんだから―――。


***

 私は、工場勤務のまじめで優しい父と、おっとりと穏やかな母との間に一卵性の双子として生まれた。

 姉、如月飛鳥(あすか)は7歳の時、交通事故で死んだ。

登校中の出来事だった。



「あーちゃん、何してんの、こんなにのんびりしてたら遅刻しちゃうよ!」

 あーちゃんは、優しくてきれいで穏やかで、いつもみんなの人気者で、私はあーちゃんと双子であることが誇らしかった。

「大丈夫だよ、ひみちゃんはせっかちだなぁ。」

そう言って優しく笑うあーちゃん。

「もう!そんなこと言ってると、あーちゃん、ナメクジになっちゃうよ!!」

「わかった、わかった。」

そう言って、軽く笑いながら小走りに私に近づいてくるあーちゃん。
そうして私たちは、手をつないで学校に向かう。

これが私たちの日常だった。


 でも、その日は違った。


信号は青だった。

私は横断歩道の半分まで来たところで立ち止まり、いつものようにあーちゃんを急かそうと振り向いた。

あーちゃんが怖い顔をして、こちらに駆け寄るのが見えた。

あーちゃんの黄色い帽子が風に飛ばされた。

私はあーちゃんに突き飛ばされた。


空が見えた。

雲の白さとのコントラストが、とても美しかった。


何が起きたのかわからなかった。


 次に気が付いたとき私は、道路に転がっていた。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん!?」
知らないおばさんが叫んでた。

私は痛む肘を抱えてゆっくりと起き上がった。

そして見た。


1mくらい離れたところのガードレールをなぎ倒して、その先の塀にトラックがぶつかっていて、トラックから50㎝くらい右後ろに、あーちゃんがうつ伏せに寝ていた。

数人の大人と数人の小学生が、ガヤガヤしている。

あーちゃんは動かない。

誰かに何か聞かれたが、声が出ない。


「救急車!救急車!!」

「こっちの子は生きてる!!」


 後の記憶はない。




気が付いた時、白い天井と点滴と、何かの機械にかこまれていた。


季節は秋を迎えていた。

意識は戻った。

そして私は、事故前の記憶の一部をなくしていた。

お父さんもお母さんも先生も友達も、誰も、あーちゃんの話は一切しなかった。

もともとそんな人はいなかったかのように、私を騙してくれていた。

私は一人っ子だ。
ただ一人で事故にあって、入院していたのだ。


私は体の回復とともにすべてを忘れていつもの日常に戻っていた。


だけど、人の口には戸は立てられないと、昔の人はうまいことを言ったもんだ。

それは、本当に偶然だったのだと思う。

あの事故の日、私をお嬢ちゃんと呼んだおばさんが、
通学途中の私に、声をかけた。

「あんた、その肘の怪我…
もしかしてあの時の子かい?
大きくなって~。」

その人は記憶にはなかったが、事故の時お世話になったのかもしれないと思い、私はお礼を言った。

おばさんは続けた。

「もう一人の子は残念だったね。
あんただけでも助かって良かったよ~。」

「もう一人の子…?」

「そうだよ、あんたたち双子だったでしょ?」


急激に私の脳裏に、あの時の映像が流れた。

私は、「すみません」と言ってその場を離れ、おばさんが見えなくなったところあたりの植え込みで嘔吐した。

受け入れがたかった。
思い出したくなかった。

でも、あの時の運転手がどんな風に罪を償ったのか知りたかった。

出来れば、命で償っていて欲しい。


親には聞けなかった…何年も。

そして私は、中学生になり、国会図書館で過去の新聞が見られることを知った。
もう、自分を偽ることはできなかった。

むさぼるように週末ごとに過去の新聞を調べた。
そして、6年前の新聞の片隅に見つけた小さな記事。

『登校中の女児死亡。犯人は癲癇(てんかん)の持病があったが、もう何年も発作が出ていなかったのでそのことを隠して就業。その日は薬を飲み忘れてしまい運転中に発作。癲癇があることを話すとどこにも雇ってもらえなかったから隠すことにした。』


誰を怨んだら楽になるだのろう?

 今でも、うつ伏せに転がるあーちゃんが見える。

私があそこでトラックに気づいていれば、あーちゃんは死ななくて済んだはず…。

そうだ、本当は死んでいたのは私なのだから、私が死んだらいい。


 私は、如月卑弥呼の体で、如月飛鳥として生きることに決めたのだ。


お転婆で、好奇心旺盛な如月卑弥呼ではなく、

大人で、優等生だった如月飛鳥として。



***


そうだ、どうせもともと如月卑弥呼の中の人は死んでるんだ。

この女が、中の人として生きてもいいのかもしれない。
その方が、この体が役に立ちそうだし、

私が消えれば…私は、

そのほうが…

楽になる…。



そんなことを考えたとき、


「うわっ、気持ち悪っ!なにそれ!?
いやもらえるもんならもらうけどね!

だっていい体じゃないか。
この体なら私の憧れの芸能界に入ることも夢じゃないだろうしね!!」

(芸能人になりたかったの?)

「そう!子供のころからの夢!」

女の目が一瞬輝いた気がした。
しかし次の瞬間、急に体が重くなった。

「…そのせいで死んだんだけどね。」


そこから女はしゃべらなくなった。


 女は、毎日何か(誰か?)を探している。
とても必死に。

その姿が中学生の私と重なる。


 はじめは体を乗っ取られ、脅されて、おかしな行動で飛鳥のイメージをがた落ちさせてくれたことに怒りを感じたりもしたが、今はもっと別の感情が動き始めている。


 何か目的があるのだ。

それも、この女にとっては、死んでも諦められない大切なものが…。


#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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