日本一になった時の話。10

いよいよ全国ホープスが開幕。事前準備は完璧で、大会期間中は拠点にさせていただいたM中学・高校のおかげで朝のみならず、色んな体の負担も軽減させてもらった。

実はこの当時、福井県は2チーム出場することが可能で、Bチームも正直強かった。もっと言えば、AチームとBチームのメンバーをギリギリまで悩み、H塚とは意見が割れながらも最終的に私が決めたメンバーは、O藤とクラブ選手権でも活躍のN江、残りは全日本HCBに出場出来なかった娘と姪っ子を選択。全日本HCB通過の2選手をBチームに回した。

これには私なりの理由がある。絶対エースO藤と、2番手のN江は絶対に外せない。N江とダブルスの相性や、団体戦での戦い方を知り、全国制覇をするにあたり任せられる人間は、昨年の準優勝メンバーだった娘しか私は考えられなかった。

もう一点、Bチームに台頭してきた2選手を入れて、エースとして動いてもらった方が、正直Bチームでもベスト4に入る力があった。実際に、この年の北信越団体において、Bチームはこの大会3位入賞のSジュニアを破っている。

試合が始まってAチームは予選を難なく突破。正直、危ないシーンが無いまま勝ち上がって行った。Bチームも予選2位ながらも通過。正直、力からすると1位上がりが妥当だったが、この時監督をY野、K藤の若手コーチに任せた。まだ采配も未熟な時で、選手を思うように監督できなかった。
因みに、男子も決勝トーナメント進出を決めている。

そして、決勝トーナメント1回戦で、男子と女子のBチームが敗れてしまう。
残すAチームは問題なく2回戦も突破し、最終日にコマを進めた。
そして最終日が始まる。

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