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選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について

 報道によれば、選択的夫婦別氏制を目指す立憲民主党は、夫婦別姓導入のための民法改正案を通常国会に提出する方針を示した模様。選択的夫婦別氏制度については、興味はないのですが、暇つぶしのため、うっすらと調べてみました。

1 立憲民主党が過去に提出した法案

 立憲民主党が令和4年(2022年)に提出した「選択的夫婦別姓法案」の新旧対照表を閲覧したくなり、同党のHPをみたら、親切に【概要】【要綱】【法案】【新旧】のPDFファイルにアクセスできるようなサイトになっていたので、「【新旧】選択的夫婦別姓法案.pdf」をそっとクリックしたところ、【新旧】ではなく【法案】が登場🤣。
 ちっちゃいことを批判したところで、何のメリットもないので【法案】を基に民法第750条(夫婦の氏)の【新旧】を作成してみました。

■現行
第750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

■改正案
第750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称する。

[注1] 改正案では、附則第3条(経過措置)により、施行日までに改正法を施行するために必要な法制の整備その他の措置を講ずるこことされている。
[注2] 改正案では、附則第3条(経過措置)により、改正法施行前に婚姻により改姓した場合、婚姻中に限り、配偶者との合意に基づき改正法施行2年以内に届出ることにより、旧姓に復することが可能に。
[注3] 改正案では、民法第790条(子の氏)について、同氏夫婦の子は現行どおり、別氏夫婦の子は父又は母の氏とすることが可能に。また、子の氏についての手続き(父母の協議による旨、協議が整わないときは家裁での審判に付する旨等)を規定。

2 法務省において平成22年に準備された改正法案(氏に関する部分)の骨子

 法務省において平成22年(2010年)に準備された改正法案(氏に関する部分)の骨子における民法第750条(夫婦の氏)及び戸籍法第6条[戸籍の編製]の改正案(新旧)は次のとおり。(法務省HPによる)
 なお、同HPによれば「国民各層に様々な意見があること等から、いずれも国会に提出するには至りませんでした」とされています。ちなみに、当時は連立政権で、選択的夫婦別氏制度の導入に係る改正法案(閣法)は、閣内の少数意見を尊重し、閣議請議が実現せず、国会提出に至らなかった模様(筆者の身勝手な根拠のない憶測)。🐢🐢🐢(真相は、もっとドロドロしたことかも)

○民法(明治29年法律第89号)第750条(夫婦の氏)
■現行法
第750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する。

■改正案
第750条 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫若しくは妻の氏を称し、又は各自の婚姻前の氏を称する。
2 夫婦が各自の婚姻前の氏を称する旨の定めをするときは、夫婦は、婚姻の際に、夫又は妻の氏を子が称すべき氏として定めなければならない。

[注] 改正案では、民法第790条(子の氏)について、同氏夫婦の子は現行どおり、別氏夫婦の子は父又は母の氏とすることが可能に。また、子の氏の変更手続き(家裁の許可等)について規定。

○戸籍法(昭和22年法律第224号)第6条[戸籍の編製]
■現行法
第6条 戸籍は、市町村の区域内に本籍を定める一の夫婦及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。ただし、日本人でない者(以下「外国人」という。)と婚姻をした者又は配偶者がない者について新たに戸籍を編製するときは、その者及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。

■改正案
第6条 戸籍は、市町村の区域内に本籍を定める一の夫婦及びその双方又は一方と氏を同じくする子ごとに、これを編製する。ただし、日本人でない者(以下「外国人」という。)と婚姻をした者又は配偶者がない者について新たに戸籍を編製するときは、その者及びこれと氏を同じくする子ごとに、これを編製する。

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📎【参考】
 令和2年(
2020年)に自民党内で、婚姻前の氏の通称使用に関する法律案(議員立法)を自民党法務部会に提出するも、同部会で否決された模様(このためか自民党のHPで公開されていません)。この案は、「戸籍における夫婦親子同氏」の「ファミリーネーム」は堅持した上で、職場や社会生活においては「婚姻前の氏」を通称として使用できるように必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものでした。(高市早苗議員のコラムによる)

3 雑感

 前掲の立憲民主党の案は、選択的夫婦別氏制の導入に伴う戸籍法の改正については、別途法律に委ねるにとどめ具体化されていません。少なくとも現行の戸籍制度の改廃内容の骨子は示してほしいところ。ちなみに、日弁連HPの選択的夫婦別姓制度に関するQ&Aによれば、「Q10 選択的夫婦別姓制度を導入すると、戸籍制度はなくなるのですか?」において、「A 選択的夫婦別姓制度を導入しても戸籍制度はなくなりません。」としていますが、立憲民主党の法案附則第3条の書きぶりは、戸籍制度の廃止も否定されないものとなっている
 さらに、附則第3条でなぜ2年以内なのか(なぜ自己決定権に制約を加えるのか)についても説明してほしいところ。2年を超えても戸籍法第107条第1項[やむを得ない事情による氏の変更]は適用の道は閉ざされていないと解するのかについても説明してほしいところ。

 選択的夫婦別氏制度についての争点は次のとおり(選択的夫婦別氏制度について興味のない筆者の低性能な脳内で整理)。争点については、価値観の違いがネックになっているように思います。

1. 家族の一体感か個人の尊重か
【選択的夫婦別氏に賛成する立場からの意見】
・夫婦が異なる氏を選んでも家族の絆には影響しないとする意見があり、個人のアイデンティティを尊重すべき

【選択的夫婦別氏に反対する立場からの意見】
・同じ氏を名乗ることで家族の一体感や絆が深まると主張する声があり、夫婦別氏が家族の分裂を招く可能性がある
・親の意向で夫婦別氏を選択することにより、子の氏に影響を付与する理由が不明

2 憲法との関係
【選択的夫婦別氏に賛成する立場からの意見】
・民法第750条は、婚姻に際し姓を変更したくない人の氏名の変更を強制されない自由を不当に制限するものであり、憲法第13条[基本的人権の尊重]に反する
・現行法上、夫婦別姓を希望する人は信条に反し夫婦同姓を選択しない限り婚姻できず、婚姻の法的効果も享受できない。このような差別的取扱いは合理的根拠に基づくものとは言えず、民法第750条は、憲法第14条[法の下の平等]に反する
・民法第750条は、事実上、多くの女性に改姓を強制し、その姓の選択の機会を奪うものであり、憲法第24条に反する
・令和3年の最高裁判例は、選択的夫婦別姓制度を否定していない

【選択的夫婦別氏に反対する立場からの意見】
・令和3年の最高裁判例では、現行の民法第750条の規定が憲法第24条に違反するものではないとされている
・夫婦の氏は、多くの女性が改姓されているが、事実上の強制であると断じることはできない

【参考】令和3年の最高裁判所大法廷の判例(令和2年(ク)第102号)の要点
・民法第750条は憲法第24条に違反しない(民法第750条は憲法第24条に違反するとする反対意見もあったがその論旨は採用されなかった)
・夫婦の氏についてどのような制度を採るのが立法政策として相当かという問題と,夫婦同氏制を定める現行法の規定が憲法24条に違反して無効であるか否かという憲法適合性の審査の問題とは,次元を異にするもの。夫婦の氏に関する制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならない
(令和3年の最高裁判例→法務省>選択的夫婦別氏制度)

【余談】夫婦の氏に関する制度の在り方について最高裁から国会にボールが投げられたと解するかについての筆者の理解
・違憲状態なら最高裁から国会に「とっとと違憲状態の解消を」ということなのでボールは投げられたと解することに異論はない
・夫婦の氏に関する制度の在り方は、国会で論ぜられ、判断されるべきというのは、立法府の当然の役割と、当たり前のこと(一般論)を言われたのであって、ボールは投げられたと解することはできない(令和3年の最高裁判例は立法事実にならない)

3. 伝統と文化の視点
【選択的夫婦別氏に賛成する立場からの意見】
・社会の多様化が進む中で、伝統を理由に個人の選択肢を制限することは時代遅れであり、多様性を認める文化へ変革すべき

【選択的夫婦別氏に反対する立場からの意見】
・日本の戸籍制度と一体となった夫婦同氏制度の歴史を踏まえ、家族の一体感、子供への影響や最善の利益を考える視点も十分に考慮すべき

4. 国際的な視点
【選択的夫婦別氏に賛成する立場からの意見】
・ 世界的には選択的夫婦別氏制度が広く認められているところ
・国連女性差別撤廃委員会から女性が婚姻前の姓を保持することを可能にする法整備を類似にわたり勧告されている
【参考】国連女性差別撤廃委員会は、日本政府に対し、2003年7月、2009年8月及び2016年3月の三度にわたり、女性が婚姻前の姓を保持することを可能にする法整備を勧告している。国際人権(自由権)規約委員会は、2022年11月の総括所見で、民法第750条が実際にはしばしば女性に夫の姓を採用することを強いている、との懸念を表明。

【選択的夫婦別氏に反対する立場からの意見】
・他国の制度が必ずしも日本社会に適合するわけではなく、独自の文化を尊重すべき
・国連の勧告に法的拘束力はない

5.その他
【選択的夫婦別氏に賛成する立場からの意見】
・マイナンバーカード、健康保険証、旅券(パスポート)は旧姓併記が可能となったが、旧姓がカッコ書きされることに忌避感
【選択的夫婦別氏に反対する立場からの意見】
・旧姓がカッコ書きされることによって個人のアイデンティティが損なわれるとまではいえない

【補記】争点というより・・・
旅券(パスポート)は、「戸籍上の氏名に続けて、括弧書きで記載されますが、ICAO文書には規定されていない例外的な措置であるため、ICチップ及びMRZ(Machine Readable Zone)には記録されません。このため、旅券面に記載されていたとしても、査証及び航空券を右呼称で取得することは困難と考えられますので、御注意ください。」「渡航先国での入国審査では、旅券のICチップ及びMRZに記録されている氏名、査証(ビザ)(米国のESTA等を含む)に記載された氏名、航空券に記載された氏名が照合され得ます。そのような場面等で渡航先国の出入国管理当局等から説明を求められる場合には、旅券の所持人御自身から旅券に併記された呼称について御説明いただく必要が生じますところ、都道府県の旅券申請窓口及び在外公館で配付しているリーフレット、または以下にあります英語版資料を御活用ください。」(外務省HP)とあり、旧姓併記の代償なのでしょうか。マネー・ローンダリング、テロ資金供与等の対策の観点から厳格な本人確認が求められているのであれば、後述するように戸籍における旧姓を法的氏名とするとか・・・。単に通称としての旧姓使用を容認だけでは、不十分なのかもしれません。

あとがき

 結局、争点については平行線で政治判断を待つしかないが、時の政権によってコロコロ変わることのないようにしてもらいたいと思います。そもそも、夫婦の氏については、憲法レベルのマター。いずれにしても、法律案が衆議院と参議院で異なる議決がなされ場合は、憲法第59条第2項の規定により、衆議院で出席議員の3分の2以上の多数で再議決を行い、可決されれば法律となるスキームとなっていますが、両院の与野党の構成が逆転していることは、むしろ慎重な国会審議に寄与することになります。
 結局、今後の国政選挙、最高裁判所裁判官国民審査における有権者の判断に委ねられることに。
 そのためには、夫婦の氏、子の氏と戸籍の編製の考え方についても十分に説明してほしい。
【参考】
 戸籍は、人の出生から死亡に至るまでの親族関係を登録公証するもので、日本国民について編製され、日本国籍をも公証する唯一の制度です。戸籍事務は、市区町村において処理されますが、戸籍事務が、全国統一的に適正かつ円滑に処理されるよう国(法務局長・地方法務局長)が助言・勧告・指示等を行っています。(法務省HP>戸籍による)
【おまけ】
 日本は、国連安全保障理事会において常任理事国に拒否権が認められ、結果として、国連が機能していないことは、国会で夫婦の氏ほど話題にならないお花畑な国。日本人として、このお花畑な国に生まれてよかった。日本人としてのプライドを証明できる戸籍制度に感謝。そして、その国連では、旧姓の身分証を希望しても、法的氏名しか認められず戸籍名とせざるを得なかった事例があるという話も(金本裕司「「旧姓使用」で問題多発 国際機関で働く女性たちの訴え」)。国際的にも国内的にも旧姓を法的氏名に該当するように措置できればいいのですが(例えば、戸籍で旧姓が証明できるなら旧姓も法的氏名と解するとか・・・)・・・。

[2024.01.18仮想🍷バーにて]


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