JKブランド
私の高校生活は、それなりに楽しそうに見えたのではないだろうか。
進学校に受かり、少し遠いが毎日通っている。
友達もそれなりに居て、部活も順調だった。
だけど、家庭環境は崩壊していた。
年々帰ることが少なくなる父親。
その帰りを健気に待つ母親。
どうせ外で女を作ってるくせに、そんな男を待つこの女が理解できなかった。
はやく父のことなんて捨てれば良いのにと思う。
今夜も帰ってこないと呟きながら、酒に溺れていく母の姿を見て、もう自分の母と認めたくなかった。
幸いにも、お金には不自由はなかった。
父はお金だけは出し惜しまない人だったから。
ただ虚しさが募っていった。
たださみしかった。
私の存在意義を感じたかった。
私はその空虚な自分の部分を、身体を売ることで埋めるようになる。
やり方は簡単だった。
SNSに、ちょっとだけ顔が見える雰囲気写真をあげて、裏アカ女子のタグをつける。
場所と日時と金額を指定して募集すれば、男なんて腐るほど寄ってくる。
私は容姿にそれなりに恵まれていた。
そして、圧倒的なJKブランドの力。
女子高生というだけで、やりたい男が山ほどいて、そこから良さそうな男を選ぶだけ。
なるべく無害そうで、清潔感がある人。
たったそれだけ。
それでもたまに、写真詐欺で小汚いおじさんや、ゴムなしを迫ってくる男に当たることもあった。
本当に男は醜い。
でも、その男たちで心を埋めてる私はもっと醜い。
身体を重ねている間だけは、私は存在して良いのだと思えた。
そうやって私は自我を保っていたのだと思う。
それはもう、正常な感覚じゃない。
特に使いもしないお金だけが貯まっていった。
お小遣いすら使い切ることもないのに。
何枚もの万札をぼんやりと見つめながら、性行後の甘ったるいお腹の痛みに眉をひそめる。
今日の男は激しかったから、まだずきずきとする。
貯まったお金の使い道が分からなかった。
別に好きなものも、好きなこともなかったから。
その日も、いつも通り駅で待ち合わせをしていた。
白いコンパクトカーで現れた彼は、短髪で目鼻立ちがハッキリとした人だった。
私が車に乗ると、お茶か水どっちがいい?と聞かれて、飲み物をくれた。
こんなことは初めてだ。
口調は穏やかで、あまり話したがる感じではない。
私は軽く自己紹介や、話題を振ってみる。
私の質問に、ひとつひとつ丁寧に返してくれた。
ホテルに着くまで、一切の卑猥な話題は話してこなかった。
私はこの人が今までと何か違うなと感じた。
彼は、今までで1番優しく、大切そうに私を抱いてくれた。
こんなに性行為が気持ちよくて、幸せなことだと感じたのは初めて。
駅まで送ってもらった後、もう会えないのかなと思ったら、それが嫌で嫌でたまらなくなってしまう。
私は、初めて自分から連絡先を聞いた。
そして「また会いたい」と言った。
お金は要らないから、また会いたいと。
彼は驚いた表情をして、しばらく考えた後
「もう、こうやって他の男に身体売るのは辞められる?」
と聞かれた。
私はこくこくと力強く頷いた。
それを見た彼は、ちょっと笑って、スマホの画面にQRコードを出して見せてくれたのだ。
それから私たちは、度々会うようになった。
私はもう、自分の身体を売ることをやめていた。
この人が全てを埋めてくれるから。
ある日のこと。
いつも通りホテルに行って、身体を重ねた。
彼がシャワー浴びている間に、電話がかかってきたため、渡そうと思って画面を見ると『妻』と書かれていた。
私は、その画面を見つめたまま、自分の心臓の音が耳にドクンドクンと激しく響くのを聞いていた。
なんとなく分かってはいた。
だから聞かなかった。
私は、自分が世間的に最悪なことをしている。
その事実を突きつけられた。
彼がシャワーから出てくる音が聞こえて、急いでスマホを元に戻した。
彼は戻ってくると、スマホを見てから「あ、会社から電話きてたわ」と、こっちに微笑みかけながら言った。
私も、何事もなかったかのように、にこりとした。
帰宅してから、涙が止まらなかった。
真っ暗な自室で、もう涙が出なくなるまで泣いた。
嗚咽は途中から本気の吐き気となり、トイレに何度か駆け込んだ。
月明かりが、スマホを照らしている。
彼からの通知がポコんときた。
『今日もありがとう!』
その通知に、枯れたはずの涙が、またほろりと流れた。
私は、トーク画面をそっと開く。
そして、ブロックの文字を、震える指で押した。
また、壊れたダムみたいに涙がとめどなく溢れ、彼のいなくなった画面を見つめ続けた。
次の日、私は何事もなかったかのように登校する。
泣きはらして少し腫れている目を、いつもしない眼鏡の奥にかくして。
バスを降りて、学校までの道を歩く。
透き通って晴れた朝の空は眩しく、少し冬の匂いがした。
私はまた、SNSに投稿を始めた。
『#J K#裏アカ女子』