📚書評📖『High and dry（はつ恋）』──よしもとばなな

　よしもとばななの文章になりたかった。

①作品とわたし

タイトル：High and dry（はつ恋）
作者：よしもとばなな

　はじめてこの作品を読んだとき、わたしは小学六年生だった。

　わたしが通う小学校の当時の図書室には本棚の棚ごとに序列があった。ここまでは低学年、ここから中学年、その先は高学年……というように、下の一段から一番上の段に至るまで、図書室の先生たちがわたしたち生徒に無意識に指示しているように見えた。そう。「見えていた」だけ。

　今考えるときっとそんなことはなくて、分類ごとに並べていたのだろうけれど。ただ、絵本や平仮名多めのやさしい文体の本たちが本棚の下の方に置いてあったりするのを見て、「低学年の子たちが持ち出しやすいようにこう並べているのかな」と考えるような子だったというだけだ。
　
　そんなわたしが小学校六年生の頃に、割と高めの本棚の段に収まっていたこの本を手に取ったのはとても自然なことだった。そして、よしもとばななの文章に恋をした。

【簡単なあらすじ】
──絵の先生に恋をするなんて、なんていう平凡なことだろう。

思春期ゆえの不思議な感性の持ち主・夕子は、ある日通っていた絵の教室でキュウくん（絵の先生）と奇跡的な体験を共有する。
その体験をきっかけに夕子はキュウくんに心惹かれ、早速彼に告白をするが……。

　平たく言ってしまえば、「年の差恋愛」の話だ。と、短く内容をまとめてしまえてちょっともどかしい。

　年齢通りの精神年齢になれたら良いのに。
　一桁の年齢の時は一桁の精神で、二桁の年齢に入ればその都度緩やかに該当年齢通りの精神であれたら良いのに。
　だけど、それはとても難しいらしい。

　小学生ながら、わたしはこの作品の登場人物たちの不完全さと、それ故の対等に会話している感じが羨ましくて、この世界に入り込んでしまいたいな、居場所がありそうだなと心の底から信じていた。　だから正直、あまり恋愛小説という気持ちではこの本は読んでいなかった。

②わたしの大好きな愛すべき登場人物たち。

　夕子とキュウくんの、あの会話の対等な感じはどうして生まれるのだろう。

　どちらかの精神年齢が高いとか低いとか、そういう話ではない気がする。
　もしかしたら夕子が思春期特有のエキセントリックな感性が若き芸術家であるキュウくんの心をとらえたのかもしれなかったし、キュウくんの嘘をつけない性格が夕子の頭でっかちな行き場の無い感性の安らぎになったのかもしれない。
　ラストシーンの二人はすごく心地よかった。
　二人のような一人。ある一瞬間だけ、一つの気持ちが二人のものになったような、あの万能感を初恋で味わえるなんて、すごくファンタジーだけれど希望的で楽しい。

　小学生で読んだ当時は年が近い夕子の方に感情移入をしていたけれど、社会人となった今となっては二十代男性のキュウくんの不完全さがよく分かる。
　そして、あの素直な性格と隙がある感じ。しっかりしてくれとツッコみたくなるけれど、可愛いかもと思ってしまうこのズルさ。別にズルはしていないんだけれど、何だかあざとく思ってしまう。わたしはわたしで、きっと何かの修行が足りていない。

　主軸となるこの二人以外の登場人物たちも、本当に可愛い。面倒くさいしムッとすることもあるけれど、抱きしめたくなる可愛さがある。

　　ほつみさんというキュウくん「が」すごく好きな人（元カノ）と、ミホさんというキュウくん「を」すごく好きな人（今現在はそういう関係ではないものの、キュウくんとは過去に肉体関係を持ったことがある）。
　夕子の両親の、親らしくない不安定な感じと娘への熱い愛情は盤石である様子。

　よしもとばななは、わたしに夢を見させてくれる。
　もしかしたら、わたしが現実世界で出会う「嫌な人たち」は、実はこの本の中のキャラクターみたいに可愛い人たちの可能性があるのかもしれない。わたしが見つけられてないだけで、きっかけ一つで仲良くなれるのかもしれない。

　よしもとばななのおかげで、わたしは心底人を嫌うことを躊躇できる。
　だからわたしは、彼女に恋をしていたい。

　……今日はここまで。
　また明日も、ここで会えますように🐏