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「科幻世界」を読む(12)生活に倦んだ地球のために:王元「刻板行為」


あらすじ

「科幻世界」2024年4月掲載。

動物園でゾウの飼育員として働く主人公は、変化のない日常の中で生きている。家に帰れば妻をもっと大切にしようと思ったり、反対にもう終わりだと考えたりという感情の往復を繰り返し、息子に対しては成長に感心したり生意気だと叱ったりとやはり繰り返し。唯一気になるのは、担当するゾウの紅楼の様子。見物客の前で正円を描いて歩き回るのが有名な紅楼だったが、最近は食欲が落ちていた。
そんなある日、地球に宇宙人がやってくる。SFファンの息子を含む世界中の人々はファーストコンタクトの実現に色めきたち、謎の浮遊物体のドアが開くのを心待ちする。しかしなかなか宇宙人は姿を見せなかった。
一方、自分には何の関係もないとこれまで通りの生活を送る主人公。紅楼が気がかりな日々の中で、あるとき息子から「ゾウの墓」の話を聞かされる。息子によれば、自然の群れで生きるゾウは、死期を悟ると群れごとに決まった特定の場所へ行き、そこで死ぬのだという。しかし動物園で暮らす紅楼には、自ら歩いていく「墓」がない。主人公はそのことに気がつき、紅楼の気持ちに思いをはせる。
それからもいつも通りの日常は流れていく。当初は騒がれた宇宙人の船も、地球に飛来して以来何の変化もないため、特に興味を持っていた人々を除いては世間の関心は薄れていた。しかし突然、その船が海に墜落する。息子はそれについて自分の考えを主人公に教える。その言葉から何かを思いついた主人公。動物園に出勤してある行動に出るが………。

感想

現代文学的な雰囲気のある作品です。ゾウつながりということもあり、変わらない日常の中で淡々と生きている主人公の造型からは、村上春樹「象の消滅」を連想しました。「象の消滅」はゾウと飼育員の動向を語り手が見守るという話ですが、本作は飼育員の視点で物語が進行するため、「象の消滅」を先に読んだせいか角度を変えたストーリーのような気分で読みました(結末は異なりますが)。
また、宇宙人という主人公が興味を持たない存在と、紅楼というほぼ唯一主人公が気にかけている存在が息子の言葉で徐々に近づいていき、最後に主人公の心の中で結び合わされる過程が軽いながらも丁寧な筆致で語られていて、深い印象を残します。
作中、宇宙人とのファースト・コンタクトの話題になったとき、主人公が「”われわれ”って誰だ?」と何度か問いを発するのですが、そこには同じ地球で暮らしているのに、どこか一人きりな現代人の感覚が凝縮されているように感じました。主人公には妻も子供もいるものの、それほど仲が悪いわけでも良いわけでもなく、なんとなく生きている実感やどこかに所属している感覚が希薄なんですね。そんな主人公と、囲いの中をきれいな円を描いて歩き続ける紅楼、そして姿を見せない宇宙人が、それぞれ似ていながらも別種の孤独を抱き、変化を求める姿が淡白な文体で巧みに描かれています。

作者について

王元さんは1988年生まれ。2012年に作品を発表して以降、短編を中心に執筆しており、受賞多数。また、「大名偵探」は2021年から2022年にかけてネット連載されたシリーズもので、SFミステリーとのこと。ほかにも合作を含む長編小説があります。
しかし作品の数に比して、それらの翻訳はあまり進んでいない模様。英語ではClarkesWorldに数編の翻訳が掲載されていますが、日本語を含むほかの言語にはまだ翻訳されていません。日本でもこれからの紹介に期待ですね。