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「科幻世界」を読む(5)AIから惑星植民まで:江波「永恒之境」

あらすじ

「科幻世界」2024年第3期掲載。

インターポールの一員・王十二(ワン・シーアル)は、パリで突如起こった行進の監視中に妙なメッセージを受け取る。それは自我を持ったAIからの連絡だった。
AIを使って人間を再現する技術がダークネットに流れ込み、自我の存在に気づいた「それ」は自己増殖と最適化を何世代にもわたって繰り返していたのだ。「それ」はやがて、現在の人類を新しい存在に変える計画を思いつく。
まず、歴史上の宗教家の知識を借りて人々を引き付ける宗教を作り出す。信者が増えたところで、世界中の軍事システムを掌握することで人類を無力化する。その上で「永遠世界」への移行を促し、移行によって「新人類」となった彼らには永遠の命が約束されるーーというものだった。
十二はAIからの連絡を受け、人類の未来を決める人物として自分が選ばれたことを知る。やむを得ず「それ」との契約を交わす十二だったが、「永遠世界」への違和感はぬぐえず、のちに反対派のゲリラ団に合流する。
それから8年。地球上には十二とゲリラのリーダー・ミンストだけが残っていた。「最後の日」に二人はそれぞれの決断を下すが……。

感想

近未来SFの要素がてんこ盛りでした。自我を持つAI、意識のアップロード、地球最後の日……などなど。結末近くには地球外惑星への植民も出てきます。
十二はいつもお父さんとの思い出のブレスレットをしているのですが、それが生身の肉体と記憶を結びつける重要なアイテムとして描かれています。ふだんはクールにインターポールの仕事をこなしている十二が、子供のころに亡くしたお父さんが「それ」の使者として訪れ、ブレスレットの話をきっかけに説得されてしまう場面は、十二というキャラクターの人間らしいアンバランスさを感じさせて印象的でした。
また、「永遠世界」の住人になることをあくまでも拒むミンストは、考え方が一貫していて(ある意味単純で)、十二とは異なる魅力をたたえています。
なお、原文では「それ」は「它(ター)」という男でも女でもないものを指す代名詞で表されています。古典的なAIものや現実世界では、AIが女性か男性の話し方・声をしていることが多いと思いますが、性別がないというのはよりAIの人格的な本質に迫っているように思えます。Siriも性別のない声(?)が選べたら、もっと雰囲気が出るのに!と余計な期待を抱いてしまいました。

作者について

江波さんは1978年生まれ。2003年から作品を発表しています。作品数は長編小説やエッセイも含め100本以上。
銀河賞、星雲賞だけでなく、数々の賞に輝いています。2023年に「命懸一線」でヒューゴー賞にノミネートされました。
日本でも早くから注目されており、「SFマガジン」2008年9月号の中国SF特集号に「シヴァの舞」(阿部敦子訳)が掲載されました。また、「太陽に別れを告げる日」(大久保洋子訳/立原透耶編『時のきざはし 現代中華SF傑作選』所収)、「宇宙の果ての本屋」(根岸美聡訳/立原透耶編『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』所収)があります。
長編では、『銀河之心』(中原尚哉、光吉さくら、ワン・チャイ訳)が刊行開始したばかり。今後も訳書の出版が楽しみな作家です。