「科幻世界」を読む(3)科学の限界と人間の不思議:光乙「霊体」
あらすじ
「科幻世界」2024年第1期掲載。
孫道星は子供のころ、夜のオフィスビルに忍び込んで恐ろしい体験をした。大学生になった道星はそれがポルターガイストと呼ばれる現象だったことを知る。ただ、現象の最中に人が亡くなっていること、そして彼女自身、それ以来奇妙な幻影に悩まされていることは説明できないままだった。
その経験から十数年経って、道星はポルターガイストについて調査する研究グループで助手を務める。完全防備で実験に臨んだメンバーたちだったが、経験のあった道星以外は皆、心身に異常をきたしてしまう。
やがて「超自然研究基金」という団体に就職した道星。そこで出会ったのは、左目に義眼を入れた元軍人・白菊だった。実は彼女もある出来事を経験してから、ずっと左目に幻影を見続けていた。二人は超常現象の謎を解くため、ポルターガイスト現象が起こるというデータセンターに向かい、再び実験に挑むが……。
感想
宇宙や人工知能の登場するタイプのSFではないので、そう思って読むと肩すかしを食らいます。科学技術によって謎が明らかとなり、解決されるのではなく、科学技術によってもなお説明できないことがある、というのがテーマのようです。
こう説明してしまうとオカルト小説のようですが、必ずしもそうではありません。たしかにポルターガイストというテーマが中心となっているので、オカルト小説と紙一重の点もあります。しかし本作はむしろ、未知のものにそういった一見筋の通っているような説明をつけて安心しようとする人間自体の不可思議さに目を向けているように感じました。
たとえば、作中ではポルターガイスト現象に関する実際の科学実験の過程や、科学と宗教に関する人類学者の考え方、「陰兵借道(兵隊の幽霊が道を歩く)」と呼ばれる中国の民間伝承などが引用されています。説明できない現象に対して、科学的であれ非科学的であれ、人間が昔から理由を見つけようとしてきたことがわかります。
病気にかかったとき、病名がわかると安心するように、理由をつけると怖さが減るのかもしれません。でも、理性によって感情をコントロールしようとするその根底には「怖いのは嫌」という感情があるわけですから、なんだかウロボロスみたいで不思議ですね。
タイトルの「霊体」とは、ポルターガイスト現象の中に現れる幻を指しています。霊体の描写は怖いというよりも、どこか学校の怪談にも似ていて懐かしさすら覚えます。二人の実験シーンは圧巻ですが、映画「シャイニング」のワンシーンそっくりの霊体が出てきて、直後に「シャイニング」そっくりだと説明されている場面では思わずニッコリしてしまいました。真剣な中にユーモアもある語り口の小説が印象に残ります。
作者について
光乙さんは2013年にネット上で作品を発表して以来、短編小説を中心に執筆しています。近年は魔術や擬似科学の成り立ちに関心を寄せているようです。
なお、本作の登場人物は「科幻世界」2024年第4期に掲載された別の作品にも登場しています。今後、ゆるやかなつながりをもった連作になるのか、それとも壮大なサーガへと成長するのか。期待が高まります。