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中国SFの未訳長編を読む:江波「機器之門」(1)
読み始める前に
今回からは数回にわたり、『銀河之心』の日本語訳も刊行中の人気作家・江波(ジャン・ボー)さんの長編小説『機器之門』をご紹介していきたいと思います。
江波さんについて本noteではすでに何度か取り上げていますが、ここで改めてプロフィールをご紹介します。
江波(ジャン・ボー)
1978年生まれ。浙江省出身、上海在住。
2003年、「最后的游戏」(仮訳:最後のゲーム)で『科幻世界』に登場。短編・長編小説、エッセイから翻訳まで数多く手掛け、作品は映画化もされている。
2012年に『銀河之心・天垂日暮』で星雲賞長編部門銀賞。2018年、『機器之門』が星雲賞長編部門金賞・銀河賞長編部門を受賞。2023年、「命懸一線」でヒューゴー賞ノミネート。その他、受賞多数。
輝かしい受賞歴を誇る江波さん。乗りに乗っている作家といえそうですね!
ちなみに中国語学習者なら一度は手に取ったことがあるであろう雑誌『聴く中国語』2025年2月号は中国SF特集でしたが、ここにも江波さんの名前が登場していました。作品数も多く、日本語では『銀河之心』のほか複数の短編を読むことができます。
あらすじ
世界政府が成立した近未来。世界では肉体をサイボーグ化する者と、本来の身体であり続けることを重視する者=人類至上主義者が対立していた。特に後者が展開する〈人類の日〉運動はサイボーグ化への反対をアピールする大きなうねりとなっていた。しかしそんな中、運動の発起人・胡安康(フー・アンカン)が行方不明になる。
一方、インド人青年・サンディープはナノマシン技術で知られる企業「明月テクノロジー」を訪れ、自らの全身をサイボーグ化する。サンディープは15年前、家族全員をロボットに殺されていた。手術を受けたのは復讐のためだったのだ。
そのころ、北京のフェニックス・テレビでは、生放送中のスタジオにテロリストが乱入してゲストを殺害する事件が発生。殺されたのは政財界に太いパイプを持つ人物。彼は一見生身の体だったが、テロリストがその顔を割くと内部は鋼鉄でできていた。テロリストの一味は人類至上主義と反サイボーグ化を標榜する〈奥霊之手〉だった。現場に居合わせた楚南天(チュウ・ナンティエン)と恋人の暁華(シャオファ)は運悪く人質に取られ、さらわれてしまう。
〈奥霊之手〉による事件の発生から間もなく、休暇中だった中国軍の馮大剛(フェン・ダーガン)少佐は上層部に呼び出され、南天ら人質の救出作戦を命じられる。それは自身の身分をすべて抹消して望まねばならない重大ミッションだった。
三者三様の思惑が渦巻き、壮大な戦いの物語が始まる……。
感想
最初にサイボーグ化手術のシーンが1章分を使って具体的に語られ、物語の世界に思わず引き込まれてしまいます。ここを初めて読んだときは、以前ご紹介した微信読書にオーディオブックがあったため、原文を見つつ朗読も聞きながらでした。オーディオブックはBGMに加えて手術中っぽい効果音まで入っており、そちらの作りこみ具合に驚いてしまいました。つかみは完璧とはこのことですね。
このプロローグに続いて、南天の誘拐と大剛のミッション開始がテンポよく展開していきます。章ごとに異なる視点で別々のパートが進んでいくので、こういった形式に慣れていないと最初は少し引っかかるかと思ったのですが、一章あたりが短いためかさほど気にならず読み進めることができました。
この3章分で主要な視点人物は出そろいます。あとはこの3人のパートがどこでどのように交わっていくかを追っていくことになります。ただ、実は最重要キャラクターがこの後もしばらく伏せられており、中盤に向けて謎が謎を呼ぶ展開になっていきます。
おまけ:お正月番組もSFな中国
今月前半がちょうど春節のお正月気分だった中国では、「科幻梦之夜」(仮訳:SFドリームナイト)という特集番組が放送されました(2025年2月17日現在、ネットでも視聴可能)。今、中国では科学技術の発展を担う人材を増やすために、人々の科学への関心を育てることが重視されており、SFと先進的な科学技術をからめて紹介する番組が少なくありません。この番組でもSF作家や科学者、子供たちに科学教育を施している学校(小学生がびっくりするくらいハキハキしゃべってました。もしかしてカンペがあったのかな……)の先生などがゲストとして出演していました。
そんな中、『機器之門』との関わりで目を引いたのがロボット犬のダンス。最初はCGなのかと思ったのですが、中国では清掃業界などで実際にロボット犬が働いており、その犬たちによる一糸乱れぬパフォーマンスでした。このロボット犬はスタジオに登場し、宙返りやブリッジ歩き、階段の上り下りを披露していました。『機器之門』にもこうした高性能のロボット犬が戦闘シーンで大活躍します。ただし、ダーガンたちの敵として……。そのシーンについては後日ご紹介します。