「科幻世界」を読む(10)嗜好品の秘密:李維北「珈琲人」
あらすじ
「科幻世界」2023年第9期掲載。
見かけの学校の成績もすべてが平凡な李沐(リー・ムー)。平凡な学生時代を過ごしたが、社会に出ると「平凡」ではなく「優秀」な人間が求められ、就職することができない。やがて経済的にも困りはじめて仕事を探していると、学生時代のルームメイト・白祁(バイ・チー)からあるビジネスを持ちかけられる。
白が最初に見せたのは〈口紅コーヒー〉。食べることはできないが、香りは芳醇なコーヒーそのもので嗅ぐと頭がシャキッとするという製品だった。李が驚く間もなく次に登場したのは〈コーヒーメガネ〉で、こちらは通常のメガネと同じようにかけるだけで濃厚なコーヒーの味がするだけでなく、カフェインが脳に作用してさまざまな効果が現れるというもの。人間の情報は80%が視覚から入ることを応用して、目からコーヒーを「飲む」ことでその効果をより強力に感じられる仕組みだった。これを一緒に売ろうというのが、白の提案だった。
李は白の話に乗って販売担当者となり、コーヒーメガネは思いがけない売れ行きを見せる。ただしこの製品はテスト中の段階で、購入者はあくまでも自由意志によるテスターという立場だった。
ただ売るだけでなく製品に興味津々の李は、異なる脳波の状態を作り出すコーヒーメガネの各モデルを自分でも次々と試してみる。ある日「脳をリスタートさせる」というガンマ波モデルのメガネをかけた李。実際に脳がこれまでになく覚醒した感覚を抱くが、そこであることに気がつく。コーヒーメガネはただの変わった「コーヒー」ではなかった。その正体とは……。
感想
コーヒーを「目から飲む」という発想が意表を突いていて引き込まれます。たしかに人間は目から入る情報の割合が高いと言われていますが、それを飲み物に応用してしまうところがとても面白いと思いました。
また、嗜好品の代表選手であるコーヒーをデジタル製品に接続することで何が起こるか、その結果として人々の消費行動はどうなるか、というテーマの掘り下げ方にも独自性を感じました。今のところ、人間の食べ物・飲み物はまだIoT化していませんが、もしもそうなるとしたら、コーヒーメガネに近いアイデアも出てくるのかもしれません。ウェアラブル端末も普及している今日、どこまで我々は自分に関して情報収集されるのを許してしまうのか、そして収集される状況にどこまで馴らされていくのか、という問題提起も感じました。
一方、コーヒーメガネの強力さは現実に近い点もあるように思えます。少し前にカフェインを大量に入れた(それこそ)コーヒー風の飲料が話題になったことがありましたが、最近は栄養成分の濃縮技術が発達しているのか、特定の成分がぎゅっと詰め込まれた食品や飲料がたくさんありますよね。手軽にすばやく集中したり、反対に隙間時間でリラックスしたりできる製品も人気です。そんなスピード感を求める現代の延長線上に、コーヒーメガネのような製品が現れても不思議ではないのではないかと考えずにはいられません。
物語の最後、そんなコーヒーメガネの秘密を知った李はちょっとした恐怖を感じるのですが、結局は目先の生活のためもあって自分を納得させてしまいます。李が「平凡」な人間として描かれていることを考えると、この結末はかなりシニカルで、読者のほうがぞっとしてしまいます。
作者について
李維北さんは2013年から作品を発表しています。2021年には「莱布尼兹的箱子(ライプニッツの箱)」で銀河賞短編部門を受賞。SFにとどまらず、さまざまなジャンルの小説で活躍中とのことで、青春ものやサスペンスの作品もあるそうです。今回の「珈琲人」もSFではありますが、結末は奇妙な味といった雰囲気でした。
独特の立ち位置で活動を続ける李維北さんですが、日本語を含め外国語への翻訳はまだ行われていない模様。いかにもSFという作品も楽しいですが、こんな作品の書き手もいるということで、ぜひ日本にも紹介されてほしいですね。