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「科幻世界」を読む(7)宝樹「関于人類不得不去找龍這回事」


あらすじ

「科幻世界」2024年第4期掲載。

国家機関で数々の要職に就いている林一民(リン・イーミン)とビジネスパートナーの丁一(ディン・イー)博士。二人の出会いは8年前にさかのぼる。駆け出しの研究員だった林は、日々発掘品を地道に整理するだけの仕事にうんざりしていた。そんなとき、新型のボーリングマシンの試運転で偶然にも古代の墓が発見される。林はボーリングマシンを考古調査に使えないかと考え、開発者である丁博士を訪ねたのだった。
やがて二人は意気投合し、「あり得た過去」を発掘するボーリングマシンを発明する。さまざまな「過去の遺物」を掘り出し、ついには幻の王朝の存在を証明して世間の注目を集める二人だったが、あるとき丁博士のコンピュータがハッカーの攻撃を受ける。
それからというもの、世界中で伝説上の古代文明の存在を裏付ける出土品が現れ、アメリカでは先住民の民族意識が急激に高まるなど、「発掘」が現代社会に影響を与え始める。その結果、二人のマシンは過度な影響力が危惧されて国際的に禁止された。しかしすでにマシンは民間人にも浸透しており、禁止後もひそかに製造と使用を行っている人々がいた。彼らは伝説上の生き物、龍を崇拝する新興宗教の信者だった。人間よりも先に存在した知的生命体である龍の意向に従って、彼らはこの世界を滅ぼそうとしていたのだ……。

感想

サッと読める短さでしたが、現代社会の問題を随所に織り交ぜつつ、「現在」とは何かという時空の問題を扱っていて考えさせられました。
作中のボーリングマシンが示すように、今私たちが知っている歴史とは、現時点で証拠が出ているものについて比較的妥当な仮説を積み重ねた結果にすぎないわけですね。だからこそ研究者は歴史をくつがえすような発見を夢見るのかもしれません。
このボーリングマシンは選択されなかったパラレルワールドとしての歴史を改変し、「現在」に接続する機械のようにも描かれています。現実世界での歴史の不確定さというか、仮のものなんだということを改めて思い出すと同時に、このマシンを通じて歴史修正主義や疑似科学に惹かれる人間の心理が巧みに表現されていると感じました。
また、あっさり書かれているものの、「発掘」によってアメリカで先住民が民族意識に目覚め、国家が危険を感じるというところが印象に残りました。先住民をはじめとする現時点でのマイノリティには、正史に書かれなかったり、いわゆる歴史の闇に葬られたような人やモノがたくさんあると思います。「現在」が歴史の一部であり、過去の延長線上にあると考えると、その歴史ないし過去の発掘が現在の状況を変えうるという、社会的なテーマも読み取れるように思います。

作者について

宝樹さんは1980年生まれ。ここで説明するまでもないくらい、日本でも知名度の高い作家だと思います。銀河賞、星雲賞、日本国内のSF文学賞海外部門などなど、輝かしい受賞歴を誇っています。2024年、「美食三品」でヒューゴー賞にノミネート。また、同年「中元節」で銀河賞を受賞しました。
日本語では『三体X』(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳)はもちろん、「金色昔日」(中原尚哉訳/ケン・リュウ編『金色昔日』)や「円環少女」(立原透耶訳/立原透耶編『宇宙の果ての本屋』)、「時の祝福」(大久保洋子訳/大恵和実ほか編訳『移動迷宮』)といったアンソロジーへの収録作品などのほか、個人の傑作集として『時間の王』(稲村文吾、阿井幸作訳)を読むことができます。