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「私はいったい誰?」その真実:索何夫「斯乃仁術」


あらすじ

「星雲Ⅻ 笛卡尔之妖(デカルトの妖)」(2023年刊)収録。

たびたび天変地異に見舞われ、社会が機能しなくなった〈大崩壊〉後の世界。主人公は烈山という非合法ながら評判の高い医師を訪ねる。烈山医師は、子供時代の事故による脳損傷で身体機能を失った主人公を完全に回復させてくれた恩人だった。

しかし回復後、ある日を境に主人公はたびたび失神するようになる。しかも、失神中は奇妙なことに、決まってどこかに閉じ込められているという夢を見ていた。烈山医師を訪ねたのはその理由を確かめるためだったのだ。

スラムの情報屋から仕入れた情報を使い、烈山医師のもとへと向かった主人公。たどり着いたのはとある孤児院だった。そこにはかつての主人公と同じように、脳の障害により意識がもうろうとし、体が動かせない子供たちが暮らしていた。烈山医師は〈大崩壊〉が原因で中断せざるをえなかった研究を続けるため、脳を損傷した自分の子供をなんとしても回復させようとしていた大富豪から資金援助を受けていたのだった。烈山医師は何度も人体実験を重ね、脳に問題がない状態で亡くなった子供の小脳など運動機能をつかさどる部位に、脳を損傷した子供の大脳を縫合して患者を「回復」させていたのだ。烈山医師の口からそれを確かめた主人公は、医師の「治療」をやめさせるため、行動を起こす……。

感想

主人公の女性がとにかく強くて痛快です。上着の下に護身用アイテム(というにはあまりにも強力な武器)を隠し持ち、必要とあらばちらつかせたり実際に使ったり、まったく躊躇するところがありません。もちろん勝手に他人の脳と縫合されてしまっているわけですから、怒りという言葉では足りないほど復讐心に燃えているので当然ですが、それはもともと彼女が持っていた性質なのか、縫合された別人の脳がそうさせているのか気になります。
実際、主人公は作中で何度も「私はいったい誰?」と口にしており、自分の思考や行動が本来の自分のものではないという感覚を常に抱き続けています。それでも彼女が立ち止まらないのは、おそらく本来の自分自身と、死後に自分と縫合された見知らぬ子供の両方のためなのでしょう。

一方で、烈山医師は自分が合理的だと考えていそうなところが恐ろしいです。烈山医師は脳に障害を負った子供を「事実上死んだも同然の子」「労働力にならない子」などと表現しており、彼にとってはそういった患者を「健康」にし、一方では健康体で亡くなった子供を「有効活用」してあげることが善=仁術であるわけですね。行為の一部だけを抜け出せば現実に行われている臓器移植にも近いように見えますが、彼の根本にあるのは「生産性のない」者に対するはっきりとした差別的思想です。歴史上でも、そして今でも障害者に対する不当な扱いはそこここで絶えず起きていますが、そんな行為と科学技術が手を組んだとき、烈山医師のような人間が生まれてしまうのかもしれないなと感じました。

作者について

索何夫さんは1991年生まれ。2014年から作品を発表し続けています。短編のほか、「傀儡戦記」シリーズをはじめとした長編も多数。銀河賞、星雲賞など多くの賞を受賞しています。
そんな索何夫さんですが、日本ではまだ作品が翻訳されていない模様。90後の注目株として、ぜひ日本にも紹介されてほしいですね。