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漢詩自作自解⑱「友人の遍歴を詩にする」その1

 わが友、項閠君は湖北省恩施生まれの土家トゥチャ族の青年です。
 武漢にある大学の修士課程で哲学を学び、卒業後は得意の英語を活かして、しばらくオンライン英語塾で講師をしていました。
 なかなかの人気講師であったらしく、彼のスケジュール表を見たことがありますが、いつも講座の予約で埋まっていました。

 当時聞いた話ですが、アメリカの一流大学を出た学生による英語オンラインレッスンは、一時間当たり500~600元(日本円にして8万円~9万6千円 当時)もしたそうです。
 にわかには信じられないほどの料金ですが、その頃の中国のお金持ちはまだ中国の発展可能性を信じていたでしょうから、アメリカの名門大学でMBAを取ったような優れた学生に我が子を指導してもらうことに大きな価値を見出していたのでしょう。

 項君は雇われの身で、小中学生相手の講師ですから、そんなにもらっていたわけではないでしょうが、講座が盛況だったお陰で、ちょっと余裕のある暮らしをしていたようです。
 ただ、彼自身はその仕事で食べてゆくつもりはなく、ともかくお金をためて大学院博士課程進学を目指していました。


 ちなみに、ご承知の方も多いでしょうが、中国は2021年7月に営利目的の学習塾を禁止しました。
 そのため、学習支援産業は壊滅状態になったと言われます。

 英語講師として食べて行こうとした青年たちは、今、何をしているのでしょう。
 海外留学をして帰国した学生はその昔、「海亀族」とされ、エリート視されていましたが、その後就職状況の悪化により、「海帯族」と呼ばれるようになりました。
 〈注〉海亀族…「亀」と「帰」の発音が同じであることによる。
    海帯族…「海帯」は昆布の意。「帯」と「待(海外に留まる)」は発音が似る。就職できずに海外で待機するさまを、海を漂う昆布に形容したと思われる。

 今では、海外留学から帰国しても就職もできず、生活の困難に直面した若者たちを表す言葉として、「海亀症(帰国子女症候群)」なる言葉も生まれたようです。


 さて、項君のその後ですが、宜昌で英語教師の職を得た後、無事、天津にある名門大学の博士課程に合格しました。
 そこでは好きだった酒も断ち、ひたすら研究に没頭していたようです。

 なお、項君のことは今までも漢詩自作自解④「贈項閠」、⑥「静夜思」、⑬「哲人と飲む」で紹介しましたので、よろしければそちらもご覧ください。



 2022年の春節、私は新年のあいさつを兼ねて、彼に一首の詩を贈りました。
 彼の遍歴を詩の言葉に組み入れてあります。


  贈(生于恩施、学于武漢、遊于宜昌、成于天津之)項閠
  (恩施に生まれ、武漢に学び、宜昌に遊び、天津に成るの)項閠に贈る

天降硬漢使問津
 天 硬漢を降して しんを問わしむ
文武双全警世人
 文武ふたつながら全く 世人を驚かす
恩沢遍施不介意
 恩沢あまねく施せども 意に介せず
百昌得宜心清新
 百昌 宜しきを得、心清新なり


〈口語訳〉
(恩施で誕生し、武漢で学問し、宜昌を巡り、天津で大成した)項閠に贈る

天は硬骨漢、項閠をこの世に降臨させ、真理を学ばせた。
項閠は文武両道の偉丈夫となり、世の人々を驚かせた。
彼は知恵の恩沢を広くこの世に伝えたが、それを自分の功績だなどと考えたこともない。
すべてが自己実現を果たし満足する、そんな世界を眺める項閠の心も爽やかである。

〈語注〉
〇遊…「楽しみにふける」意ではなく、「他郷をめぐる」意である。
〇硬漢…正義感があり、強い意志と固い信念を持つ男。
〇問津…真理への道を問うこと。原義は「川の渡し場の場所を問う」意。『論語』微子篇にある話による。
〇文武双全…文武両道。実際、項閠はスポーツにも優れている。
〇百昌…「昌」は、生き生きとして盛んなこと。「百昌」は「あらゆる生物」の意であるが、この世のすべての存在が隆盛するさまを想像した。
〇心清新…「百昌の心は瑞々しい」という意味にもとれるし、「項閠の心は爽快である」という意味にもとれよう。

〈押韻〉
津・人・新
上平声 十一真


 項君は指導教授に気に入られ、今、教授の母国フィンランドに渡って研究を続けています。


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