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三単現のエスの話

「三単現のエス」。英語を学ぶ人なら誰でも知っていて、そのくせ、いつまでたっても厄介なアレです。特に日本語話者の場合、かなり英語が使えるようになっても、うっかり付け忘れたり、付けすぎたりしてしまいがちです。

三単現とは、三人称・単数・現在のこと。人称、単複、時制と、1つでも十分ややこしい条件が、なんと3つもそろっています。ひどい話です。にもかかわらず、多くの教科書や参考書、教室などでは、このややこしさにほとんど触れずサラッとやり過ごします。これは欧米由来の英語教育の影響ではないかと思っています。スペイン語、ドイツ語、フランス語などには三単現に似た特徴があるので、これらの言語を話す人にとって、英語の三単現はピンと来やすい概念。だから、サラッとでいいのです。

日本語話者の場合、そうはいきません。でも、学習の中心は「-s」の付け方で、テストに出るのは「y を i に変えて -es」とか、 "haves" じゃなくて "has" だとか。正しいスペルを丸暗記するか、”公式” に当てはめれば点は取れますが、何をやっているのかわからないまま過ぎていくことになります。

そうやって受験英語を乗りこえた人が、大人になって英語を学んでいく中で、「三単現のエス」を気にしはじめることがあります。もちろん気にしない人もいますし、実際のところ日常会話やメールでは問題にならないことが多いので、放っておいても構いません。でも、たとえば英語力をもう一段階アップさせようとする中で「三単現をどうにかしたい」と思い立つと、どうすればいいかわからず困ってしまいます。文法書を開いても検索しても、出てくる情報は -s の付け方ばかり。「それはわかってるよ」「知りたいのは、そこじゃないんだ」と言いたくなります。

「三単現をどうにかしたい」というご相談を受けたとき、Kamiya English Coaching のセッションではどうしているか。文字でお伝えするのは難しいですが、ちょっとだけご紹介してみます。

まずは、ゴール設定
三単現をどうにかするために必要なのは、「英語を使う人たちの感覚」を知ることです。英語を使う人たちは、暗記や機械的な訓練によって「三単現のエス」を克服しているわけではありません。「エス」のことはいったん脇へ置き、英語話者の物の見方、感じ方を身につけることを目指します。あわせて、日本語を使う私たちの見方、感じ方を振り返り、あちらとこちらのどこに違いがあるかを知ると、三単現で迷ったり間違えたりすることが減ってきます。

次に、診断
上述のとおり、「三・単・現」には3つの条件が重ねられています。このうち1つでも引っかかりがあるとうまくいきませんから、1つずつ検証していきます。3つのうち、どれが苦手かは学習者によって違います。本人が自覚している場合もありますし、受講生の話す英語を見てコーチが提案することもあります。また、苦手なものだけを補強する場合と、念のため3つすべてをおさらいする場合とがあります。3つともやる場合は、概ね「現・単・三」の順で取り上げます。

「現在」の感覚
日本語と英語の時制は、似ているところと違うところが混ざっています。そこで、感覚として比較的近い過去から入って、現在(正確には非過去)へとつなぐようにします。KEC ではアクリル板を使い、「見えているけれど、触ったり変えたりすることはできない」という感覚をもって、アクリル板の向こうにある過去の出来事をどんどん語っていきます。なめらかに言えるようになってきたら、アクリル板のこちら側に目を移し、現在を表現していきます。このように練習すると、いわゆる現在形がすっと体になじんできます。

「単数」の感覚
日本語では、英語ほど「数」を意識することがありません。そこで KEC では、名前のわからない物体を使って「1つか、2つ以上か」に目を向けられるよう練習します。これは、英語話者の子どもが言語(母語)を習得するプロセスを応用した方法です。研究によると、英語話者の子どもは2歳ごろまでに単数・複数の概念を理解すると言われています (Fenson et al., 1994; Wood, Kouider, & Carey, 2009)。大人の学習者の場合も、コツがわかると理解できるようになります。もちろん、2年もかかりません。笑

「三人称」の感覚
日本語では、文脈によってわかりきっている場合などに人称を省く傾向があります。また、自分(一人称)と相手(二人称)の代名詞については表現が豊富でよく発達しているのに対し、それ以外の人やモノ(三人称)を表す語は少ないです。いわゆる「ウチとソト」の感覚が強いせいだと言う人もいます。

これに対し、英語の人称代名詞はそれぞれ1つずつ。「私・僕・俺・自分・わし・吾輩・小生」などが英語では "I" の一択です。一方、「彼」のような三人称の代名詞は、日本語でも近年使われることが増えてきたとはいえ、英語の "he" ほど頻繁には登場しません。日本語が一人称・二人称に多くのエネルギーを割いているのに対し、英語では三人称を含めた全体に、比較的均等に分配されているイメージです。

実際、アメリカ英語のコーパス分析によると、会話の中でよく使われているのはダントツで三人称単数なんだそうです(Schiebman, 2001)。ということは、日本語で使う頻度が低い三人称を、英語を話すときにはバンバン使わなくちゃいけないわけです。この感覚の違いを知り、最初のうちは「ちょっと多すぎるかな」と思うくらい頻繁に三人称を使うようにします。また、自分のことを三人称で表現するイリイズムを体験し、その印象の違いを感じてみることも、三人称の感覚を身につけるのに役立ちます。

ちなみに、子どもの言語習得を観察すると、実は三人称がいちばん理解しやすいことがわかります。たとえば小さい子に何か手渡してもらうとき、「私にちょうだい」と言うより、「ママにちょうだい」と言った方がよく通じますよね。これは英語でも日本語でも同じです。「一・二・三」という数字のせいか、大人の学習者の中には「三人称がいちばん難しい」と思っている人もいますが、どうやらそうではなさそうですよ。

「三・単・現」がそろったら
3つの感覚がつかめたら、三単現の文をたくさん作って慣れていきます。たとえば、誰かを思い浮かべて、その人のことを紹介してみましょう。文字で書いてもいいですし、言ったことを録音して聞き直しても。ポイントは「三単現に合う動詞を使う」という感覚です。「エスを付けよう」ではなく、「付いてないとヘンな感じ」になってきたらかなり良いサインです。小さくガッツポーズしましょう。

人物(男性、女性)で慣れたら、主語を ”light(光)” などのモノ、 ”everything“ や ”nothing” 、前の文や節を受けての “that” や “which” へと移し、抽象度や文の複雑さを上げていきます。 ”My mother often goes…” のように、主語と動詞の間に副詞がはさまっているパターンの練習もお忘れなく。

そうこうしているうちに、たとえば映画を観ていても、「あ、いま言った」などと、他の人が使う三単現を敏感にキャッチできるようになってきます。これは確変の大チャンス。ぜひそのタイミングでじゃんじゃん読んで聞いて、たっぷり吸収しちゃってください。


References
Fenson, L., Dale, P. S., Reznick, J. S., Bates, E., Thal, D. J., Pethick, S. J., Tomasello, M., Mervis, C. B., & Stiles, J. (1994). Variability in early communicative development. Monographs of the Society for Research in Child Development, 59(5), 1-185.

Schiebman, J. (2001). Local patterns of subjectivity in person and verb type in American English conversation. In Bybee, J. L. & Hopper, P. (Eds.), Frequency and the Emergence of Linguistic Structure (pp. 61-89). John Benjamins.

Wood, J. N., Kouider, S., & Carey, S. (2009). Acquisition of singular-plural morphology. Developmental Psychology, 45(1), 202–206.

Photo by Ashley Knedler on Unsplash

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