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友人とディナーしてたら隣のおばさんが急に意識失った話

先日、すこしオシャレなバルで友人とディナーをしていたときの話。

気の合う友人と都内某所でディナーをしていた。
互いにお酒は「弱いけど好き」であったため、乾杯はワインとカクテルでおこなった。

週末ということもあって、店内は賑わい、満席だった。
僕たちと同じタイミングで、隣のテーブルに中年の女性2人が向かい合って座った。
店内の端の、少し窪んだところに僕たちとその女性たちのテーブルはあった。
2組だけ半個室、みたいな感じで。
やや他の客とは隔絶されていて、呼び鈴などもないためスタッフも呼びづらかった。


料理は美味しくて、スタッフの接客も心地の良いものであった。
半個室みたいになっていたから、周りがうるさそうでも、向かいの友人との会話には困らなかった。
総じて、良い店だったし、良い席だった。

隣のテーブルの女性2人は、片方が太っていて、庶民的な服装のおばさま。例えるなら、「友達のかぁちゃん」。この人が下座(普通のイス)。
もう片方は、全身黒でピシッとしたセットアップを身に纏い、端正な顔立ちをされている、ショートカットの女性。安達祐実を彷彿とさせる横顔だった。まじで綺麗。姿勢もめちゃめちゃいい。ピラティスの講師をやっていても不思議ではない。(ピラティスをやっている人は色々いるが、ピラティスの講師だけは、本当の美女だと思っている。そうじゃないと生徒がつかないからだ。)
この人が上座(ソファ)。


別に盗み聞きをしたわけではないが、

「お久しぶりですね。」
「本当ですね。」
「〇〇ちゃんは元気?」
「今日はわざわざこっちまでごめんね、遠かったでしょう。」

などの、お互いが敬語を使い、かつ、上辺だらけの会話が聞こえてきてしまった。
察するに、あまり仲のいい間柄ではない2人であり、下座のおばさまが、上座の安達祐実を呼びつけたのだろう、と察しがついた。
来た時におばさまがやや強引に安達祐実にソファを勧めていたし。そうだろう。きっと。


別に隣のテーブルを気にも留めず、僕たちは1時間ほど気分よく談笑し、僕の顔がアルコールにより赤らんできたところで、異変が起こった。

上座の安達祐実が急にソファから立ち上がり、下座のおばさまの後ろにまわり、おばさまの首と頭を支えていた。

(何が起こった...??)

とそちらを凝視していると、

「〇〇さーん?〇〇さーん?聞こえますかー?」

と安達祐実がおばさまの肩をトントン叩きながら言うのだ。

おばさまは目を閉じていて、安達祐実の呼びかけには応えない。モチャモチャと口は動いているが、声は出ていない。顔が明らかに白くなっていて、唇は真紫であった。
手はお腹の上で組み、指だけがモゾモゾと動いていた。
異変を感じたスタッフが駆け寄ってきて、安達祐実と2人でおばさまが座っている椅子の位置調整などをしていた。


(えっ、これマジでやばいんじゃね。そんなことしてる場合じゃなくね。)

と、看護師である僕は焦った。
(一応、なんちゃって救命救急みたいな部署で4年間やっていた)

(低酸素?心臓がわるい?房室ブロックか?意識障害の原因は?既往歴は?血圧を下げる薬のせい?太ってるから飲んでるだろうな、でもなんで急に?アルコールのせい?うわーなんか痙攣しそうだな、こわいな〜こわいな〜)

など、さまざまな考えが脳内を飛び交った。
病院の外で、他人が急に意識を失う瞬間に、生まれて初めて遭遇した。

一応、セオリーとしては、まずは水平に寝かせて、脈と呼吸の確認、それと並行してAEDや救急車の手配、なのだが、安達祐実とスタッフは、おばさまを椅子に座らせたまま、ただ見守り、背中をさするのみだった。

スタッフから「こういうことはよくあるんですか?」と問われた安達祐実は、

「いや、今日は本当に久しぶりに会ったので、わからないんです。」

と答えた。
やっぱりな。


2人の対応は明らかに不十分で、歯がゆい気持ちもあり、出しゃばってあれこれ指示することも頭をよぎった。

しかし、「僕は看護師です」と、ゆでダコみたいに顔が赤い男がイキったところで、めちゃめちゃ怪しいし、怖いだろうからやめておいた。

なにより、

「知らんおばさまなら、死んじゃっても、別にいいか。」

ってぼんやり思ってた。

(「誰彼構わず、みんな助けたい!」という思想を持っていたら、きっと、なんちゃって救命救急病棟は退職しなかっただろう。)


30秒ほど経ったとき、おばさまが目を覚ました。

「あっ、えっ、ん?」

みたいにキョロキョロしていた。
唇の色はピンクに戻っていたが、顔はまだ、やや白かった。

安達祐実が「いま気を失ってたんですよ、大丈夫ですか?」と冷静に問いかける。

おばさまは、「ああそうなの?変ね〜」
など、通常運転だ。

するとおばさまは、トイレに行った。足取りは案外しっかりしており、自分の力だけで歩いて行った。



(アルコールによる血管拡張作用+降圧剤の内服によるダブルパンチでの血圧低下→一時的な脳虚血→意識障害かな?でもⅡ度房室ブロックの可能性も捨てきれないな?ほんとにあのおばさまはお酒を飲んでいい人なのかな?ぜったい既往歴聞いて、すぐに病院行って検査受けた方がいいけどな?)

など脳内が忙しかった。

おかげでその時の友人との会話なんて一つも覚えていない。


しばらくするとおばさまはトイレから戻ってきた。
安達祐実が「一応、ソファに移ってください」と提案するが、おばさまは「もう、大丈夫だから、ごめんね。ありがとう。」と却下して椅子に座り、2人して飲酒を再開した。謎すぎる。

聞き耳を立てていると、会話は成立している感じがした。

でもまた絶対意識飛ぶよな〜って思っていたら、案の定、15分後にまた同じようにおばさまは「フッ」と身体から力が抜けたように動かなくなった。

また安達祐実とスタッフが同じように介抱していたが、今度の意識消失は長かった。1分ほど経過したところで、スタッフが
「とりあえずソファに寝かせましょう」
と提案し、2人でウンショヨイショとおばさまをソファに寝かせた。店のブランケットにくるまれても、おばさまは目を覚さない。表情安らかに、口元はモゴモゴしている。脳に軽い障害が出ていてもおかしくない。

おばさまは靴を脱がされ、毛玉だらけの白い靴下を履いた両足は、僕の前に座る友人に向けられた。
しかもけっこう近い。友人がトイレに行くため通路に出ようとしたら、おばさまのつま先が友人のお尻をかすめるだろう。

なるほど、人に足を向けて眠る、というこういは、やはり失礼なのだな、と納得した。

そのあとで、その光景が異常すぎて笑ってしまった。
場末の、汚い居酒屋の座敷ならまだしも、都内のイイトコのバルなのにwwと。

スタッフが見かねて、救急車を呼ぶことを提案した。

安達祐実は、「多分おおごとにされたくないと思うので」とそれを拒否した。

違和感。


(安達祐実は、おばさまを殺そうとしているのか?)

という疑問が生じた。


たしかにこの状況なら、おばさまが死んでしまっても、罪には問われないだろう。

もちろん突拍子のない考えだということは承知しているが、
安達祐実の冷静さは、異常だった。

もし安達祐実が、医療をかじっているなら、冷静なのは理解できる。
しかし、彼女が実施した急変対応は、論外だった。脈も取らなかったので、医療職でないこと、またCAさんのように急変対応の知識もないことは一目瞭然。

普通の人間なら、目の前で知人が意識を失って顔面蒼白になったらビックリするし、慌てると思う。間違いなく、異常な状況であるから。
でも慌てず、静観という手段を取り続けた。
スタッフが提案していなければ、ソファで寝かせることすらしなかっただろう。
ピラティス講師はみんなこんなふうに落ち着いているのだろうか。

安達祐実が落ち着いているからこそ、スタッフも無理に救急車を呼ぶこともなく、おばさまを寝かせるとすぐに業務に戻っていった。

元々半個室であることも手伝い、この騒動は僕ら以外のテーブルには認知されていなかった、

僕は会話を交わしながら、
(あのおばさまの心臓はもう、止まっているのではないか...?)
(今まさに完全犯罪が目の前で出来上がっ...あっ、動いた。)
などチラチラ確認していた。


おばさまは10分ほどで目を覚ました。(寝過ぎだろ)

めちゃめちゃ寝ぼけているように見えた。
その瞬間の安達祐実の顔は、安堵しているようだった。
おばさま殺害計画は、さすがに考えすぎだったか。

で、また、おばさまは安達祐実の制止を振り切ってソファではなく椅子に座り、談笑を続けていた。

(なんなんだ、こいつら)

と薄気味悪くなってきたところで、またおばさまの意識が消失した。
なんやねんマジで。
椅子でぐったりしている。
デジャヴすぎる。今日これで3回目だわ。

安達祐実がまたすぐ駆け寄り、ソファに移そうとしたが、スタッフが来ない。
仕方なく僕が真っ赤な顔しながらおばさまをソファに移す手伝いをした。おばさまは重かった。

その瞬間、安達祐実の着ていたブラウスの裂け目から胸の谷間が見えて、よかった。

人助けはするもんだ。





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