Wardley Maps / 第2章「道の発見」

この作品はクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。オリジナルはLeading Edge Forumの研究者であるSimon Wardleyによるものです。


私が抱えていた疑問は、どうすればビジネスを地図にできるかでした。チェスなどのターン制のボードゲームとは違い、ビジネスは生物です。ビジネスを構成するのは、人々のネットワーク、さまざまな活動の集合、(財政的、物理的、人的、社会的な)資本の蓄積などです。ビジネスは、消費し、生産し、成長し、いずれ死を迎えます。あらゆる生物と同様に、ビジネスは他者とのコミュニティであるエコシステムのなかに存在します。ビジネスでは、資源をめぐって競争したり協力したり、環境を形成したり環境によって形成されたりします。ビジネスの内部では、人の出入りもあります。我々が行うこと、我々が構築するもの、他者が望むものは、時間の経過とともに変化します。あらゆる企業は常に流動的な状態にあり、エコシステムが静止することはありません。このようなことをうまく描ける地図とは、どのようなものでしょうか?

私は何か月もこうした概念に取り組みました。さまざまな地図のアイデアを試し、この大混乱の状態を表現する方法を模索しました。地図には、視覚的な基本要素、コンテキストに特化したもの、アンカーに対するコンポーネントの位置、動きを記述する手段が必要です。しかし、どこから着手すべきかがわかりませんでした。

自分のビジネスの中核にあるものを概念的な地図にして、変化の様子を検討したいと考えていました。理由は単純です。ビジネスは、すべての生物と同様に、生き残るために絶えず変化に適応する必要があります。この様子を何らかの方法で記述できれば、それが地図になるかもしれません。たとえば、フィンランドの多国籍企業であるNokia社を考えてみましょう。同社は1865年に製紙工場として設立されましたが、何度も倒産の危機を迎えながら、多くの変革を成し遂げてきました。製紙工場から始まり、ゴム製造業、家電業、電気通信の巨人になるまで、この生物は大きく進化してきました。現代のNokia社の中核は、1865年のNokia社の中核とは違います。その間には当時では考えられないほどの飛躍があります。どうすればこの2つを結びつけることができるのでしょうか?企業の中核に焦点を当てるとき、それが現代の中核なのか、過去の中核なのか、未来の中核なのかが問題です。これらは必ずしも同じではありません。私はこのロジックを考え続けた結果、出口のないうさぎの穴に迷い込み、立ち往生してしまいました。

私はイライラしながら、どうして物事は変化するのかと質問するようになりました。仲間たちからの答えは「進歩」「革新」「破壊」といったものでした。歴史的には、ランダムなイノベーションの出現がよく引き合いに出されます。たとえば、電話、電気、コンピューターなどです。これらは我々の生活に大きな影響を与えました。しかし、そこで引き起こされる大混乱、倒産の危機、偉大な企業の滅亡、新しいスキルを継続的に学ぶ必要性などを考えると、なぜこれを望む人がいるのでしょうか?変化の遅い、安定した状況のほうが快適ではないでしょうか?どうして物事は変化するのでしょうか?
残念ながら、我々には選択の余地はありません。あらゆる業界のエコシステムにおいて、画期的で新しいものは常に登場します。それは、企業や個人が他よりも優位に立ちたいという欲望の結果です。そして、役に立つものは真似されます。画期的で新しかったものは、それが当たり前になるまで広がります。昨日までの驚きは、今日の特別割引対象になる運命なのです。世界初の電球、世界初のコンピューター、世界初の電話は、当時は魔法だったかもしれませんが、今では当たり前になっています。我々はもはや驚くことはありません。むしろ、それらがない職場にショックを受けるでしょう。競争心や優位性を得たいという欲望は、変化を生み出すだけでなく、変化を広げ、変化に適応することを企業に強制します。画期的なものから当たり前のものになるまでには変化の過程があります。こうした競争の様子を地図にする必要があります。しかし、その過程はどのようなものであり、地図にするには何が必要なのでしょうか?

このことを調べれば調べるほど複雑になってしまいました。なぜなら、画期的なものから当たり前のものになるまでの変化の過程は、物語の終わりではないからです。これらは相互に接続され、影響を与え合っているのです。歴史的な実例として、1800年のモーズリーのねじ切り旋盤が挙げられます。最初のねじ山は、紀元前400年にタレントゥムのアルキタス(紀元前428年〜紀元前350年)が発明したとされます。初期のバージョンやその後のボルトとナットの設計は、熟練した職人によってカスタムメイドされたものであり、作成されたナットは他のボルトには合いませんでした。モーズリーの旋盤の登場により、ねじ山が標準化され、均一のボルトとナットを何度も生産できるようになりました。つまり、作成されたナットが複数のボルトと合うようになりました。しかし、完璧なボルトとナットを作り上げる熟練の技は、大量生産と交換が可能なコンポーネントに置き換えられてしまいました。画期的なものが当たり前のものになったのです。職人たちは職が失われたことを嘆いたでしょうが、このようなコンポーネントのおかげでさらに複雑な機械を迅速に製作できるようになりました。標準化された機械コンポーネントが、船、銃、その他の装置の迅速な製作を可能にしたのです。

また、こうしたコンポーネントを活用することで、製造システムの導入も可能になりました。1803年、マーク・イザムバード・ブルネルはモーズリーと協力して、近代的な大量生産の原則をポーツマス造船所に導入しました。海軍の索具に必要なコンポーネントであるカスタムメイドの滑車を作る技術が、滑車製造機によって置き換えられました。合計45台の機械を導入したことで、標準化されたコンポーネントを大量に生産できるようになり、生産性が大幅に向上しました。製造システムが造船自体を変えたのです。このやり方は業界全体に広がり、「アーモリー方式(Armory Method)」と呼ばれ、後に「米国製造システム(American Systems of Manufacturing)」となりました。

画期的なものから当たり前のものになり、それによってさらに新しいものが登場しました。それだけでなく、新しい形式のやり方や組織も可能になりました。歴史をふりかえると、複雑な製品の作成を可能にしたのは、常にコンポーネントの標準化でした。我々は、今では当たり前になった過去の巨人、過去のイノベーション、過去の驚きの肩に乗っています。明確に定義された機械コンポーネントや電気コンポーネントがなければ、我々の世界は技術的に豊かな場所ではありません。インターネットも、発電機も、テレビも、コンピューターも、電気も、トースターもありません。

なぜトースターなのか?

2009年、デザイナーであるトーマス・トウェイツは、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでトースターをゼロから作ると宣言しました。つまり、標準的な部品で作られており、お店で安価に手に入る製品を、原材料を採掘するところから作ろうというのです。この野心的なプロジェクトでは、「電気プラグのピン、コード、内部の電線を作るための銅、スチールグリル器具やトーストを持ち上げるスプリングを作るための鉄、発熱体を作るためのニッケル、発熱体を巻く雲母(粘板岩に似た鉱物)、プラグやコードの絶縁体および滑らかな外観を作るためのプラスチック」が使用されています。

9か月後、1,000ポンド以上の費用をかけて、トーマスはついにトースターのようなものを作ることができました。5秒間ほど動きましたが、発熱体が炎上してしまいました。トーマスは標準的な部品からトースターを作るのではなく、そうした部品で作られた複雑な装置を利用することを余儀なくされていました。電子レンジからリーフブロワーまで、あらゆるものが彼の目標を達成するために使用されました。我々の社会や我々が生み出す驚くべき技術は、標準化された部品(コンポーネント)を消費しているだけでなく、それがきちんと供給されることにも依存しているのです。供給がなくなれば、進歩の車輪は非常にゆっくりと高コストで回るようになるでしょう。

時を2004年に戻しましょう。トーマスはまだ実験を始めていませんでしたが、私は画期的なものが当たり前になり、当たり前のものが画期的なものを生み出すという、継続的な変化の流れがある世界に生きていることを痛感していました。これがビジネスの住む環境なのです。このプロセスは競争によって動かされています。差別化したいという欲望が画期的なものを生み出し、追いつきたいという欲望がそれを当たり前のものにします。経済的進歩を「複雑かつ技術的な驚きへと向かう社会の動き」と定義するなら、進歩はこうした競争の現れなのです。これがすべての組織に影響を与えます。これを地図にしなければならないのです。

しかし、複雑なものは快適なものでもあります。世界はコンポーネントで構成されているため、独自のチェスの駒があるはずです。駒は変化するかもしれませんが、進化の様子や画期的なものから当たり前のものへの動きを記述する方法はあるはずです。しかし、動きだけでは地図は作れません。コンポーネントの位置も必要です。そのためには、何らかのアンカー(基準)が必要です。しかし、私には何をアンカーにすればいいかがわかりませんでした。再び行き詰まってしまいました。

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