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世界の文様❺「渦文様」(うずもんよう)

文様を研究していると多くの謎に包まれることが多い。

この渦巻文様も同様である。果たして「水」が起源なのか?それとも「太陽信仰」が起源なのか?またはいずれでもないのか?多くの学者たちが説を唱えているこの文様は、人間が持つ感性や表現の奥深さを感じさせ、文様への興味の深度を更に増すこととなるのである。

渦文様で古いものは、ロシアのシベリアにあるアムール川流域で、旧石器時代後期から新石器時代にかけて継続したと言われるガーシャ遺跡から数々の土器が発見され、その中で新石器時代初期(約1万3000年前)のものと思われる渦巻き文様が入った編目文様土器が発見されている。これは全世界の大きなニュースとなった。(下記の写真)

この文様の流れは日本の縄文土器にも後に出現することから、おそらく縄文人との関連性は非常に高いことがわかるが、これ以上は文化人類学者や考古学者たちがすでに答えを出していることであるため、控えることとする。

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いずれにしてもこの渦巻きは何を意味しているのかは定かではないが、非常に綺麗な弧を描いている。また渦が斜線文様と繋がっていること、アムール川流域の少数民族は土器と同様の文様が衣服に施されていること、編目は網目を示し、川辺の漁民にとってはごく自然な文様であることから、おそらく水に関連した、あるいは投網に関連した文様の中の表現ではないかと言うのが、私の勝手な推測である。

一方で、植物の表現からの渦文様としてメソポタミア先史時代の土器に描かれたものもある。紀元前4000年頃のものだが、蕨のような表現であり、背の高い植物にも見える。メソポタミア文明は主に砂漠地域が多く、その環境下で背が高く、葉先が細く丸まるような植物を想像すると、棗椰子(パルメット)なども考えられる。植物表現の渦文様は俗にいう「唐草文様」に派生していくが、渦文様の代表的なモチーフの1つとしては揺るぎないものである。

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今度は信仰からくる渦文様を挙げてみたい。時代は少し進んで、紀元前3000年頃のケルト文様である。冒頭の写真にある渦文様である。これは「トリスケル」と呼ばれ、三つの渦巻きで構成されている。古代ケルト民族は文字を持たなかったため、その分、多様な文様を残している。その中でも非常に多い文様がスパイラル、いわゆる渦文様である。まさにケルト美術は渦巻きから始まったと言っても過言ではない。

ケルト人の信仰対象は基本的に太陽信仰から始まっているが、天文学にも通じており、その能力は古代エジプト人よりも優れていたのではないかとも言われるほどである。また太陽の陽光を渦で表現し、その動きも「生ー死ー再生」という輪廻転生の考えから、「3」という数字を非常に重要視したのである。冒頭の写真の3つの渦巻きも三位一体の女神の象徴と考えられているのである。

また6世紀後半から9世紀初頭にかけて作られた「ケルズの書」は、最も美しい聖書とも言われており、独特の世界観が表現されている(下の写真はケルト聖書の扉絵)

ケルトアート

トリスケルを基本に複雑な渦文様で描かれたこの文様は、「ケルト宇宙」と言う解釈をされており、人生は様々な迷宮ような迷路に迷い込ませる。ケルトの渦は反転を繰り返し、その中で人は右往左往しながら螺旋的迷宮に戸惑いながら、結果的に目指した到達点に向かっていくという自己探求へのシンボルとされているそうである。

またよく見ると、この文様の中に日本でいう「三つ巴紋」のような文様が見える。だが、三つ巴紋のように勾玉のような模様が独立しておらず、三つ全てが繋がっている。古代ケルト研究者によると、これはケルトの宇宙観を示しており、ドルイドの輪廻転生を示したものだそうだ。

しかしながら年代的に考えて、三つ巴の起源をケルト美術に結びつけるのは文様学的には完全否定するものであるが、私の意見として、三つ巴の起源が渦巻きにあるのではないかというのは、ケルト文様の成り立ちや信仰対象としての文様と言う観点で参考になる。

世界で無数に存在する渦文様。水の流れの表現、植物表現、太陽の光、などなど、その起源は未だに定かではなく謎であるが、この渦という文様の旅がどこから始まったのか?に思いを巡らせるのは、文様研究者としてのロマンであると言っても良いかもしれない。

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