
『捜神(1964)』 前川佐美雄
前川佐美雄(1903〜1990)
机(き)の前のすすけ障子の桟の上に虫の死骸(しにがら)三日ほどありし
観光地旅館の裏を見しごとき心のうちの汚き日なり
鉄骨のあからさまに大き組立てを感心し次に一致して憎む
むさぼりて肉食ひし夜を五月雨の街に出て涼しく口笛を吹く
壁に掛かる夏服の汚れ目に立ちてまだ納(しま)はざるを駆けくだりたり
カバン振つて深夜(しんや)の街を曲り行ける人物のなどか滑稽なりし
地下に来て茶房の椅子にやすらへり人工の渓流青葉暗き下に
みづからに猿轡はめて試(ため)せるも無為の日の夜のすさびなりけむ
おちぶれて師走の夜の街行くやすでに映写幕(スクリーン)に降りてゐる雨
二十年(はたとせ)のむかしはゲエリイ・クウパアのタイの縞柄も愛でて結びき
朝よりわれは怒れり老人よ火鉢の灰にさは唾(つばき)すな
落下しきり石は漂ふ青さにてわが前にあれば夕ぐれせまる
首あらず胴だけとなりし人間の夏くさのなか行くごとく行く
われ死なばかくの如くにはづしおく眼鏡一つ棚に光りをるべし
われかくてここに老いゆくほかなしと石よりも白く平たくをりぬ
笠置シヅ子があばれ歌ふを聴きゐれば笠置シヅ子も生命賭けゐる
どしどしとわが身過ぎゆく赤ぐろきもみぢか雲か雫冴えつつ