ラスボスが高人さんで困ってます!10
全体の掃き掃除が終わると、汲んできた水を使って床や柱を拭いて回る。
高人さんは、あれから口を聞いてくれない。
強引に言わせてしまった事で腹に据えかねているようだ。
「高人さん、…怒ってます?」
「……」
ちらりと高人さんを見るが、まるで取り合ってくれない。狼の耳がへしょっと垂れる。
仕方なく、もくもくと拭き掃除をする。
「はぁー!終わったぁぁ!」
高人さんは、舞台を拭き終わると、腰を伸ばすように背伸びをする。
「…」
俺は喋らずに床を拭いた手ぬぐいを桶の水にくぐらせ洗う。高人さんはチラリと俺を見つめるが、俺は見ないふりをする。
きっと、今見てもまた目を逸らされてしまうから。
さっき聴いた事は後悔はしていない。高人さんの理想は間違いじゃない。むしろ好ましい。人間としても同じ理想を掲げている人は沢山いる。その人達にも合わせてやりたい。あきらめてほしくない。
高人さんなら分かってくれる。だから彼から話しかけてくれるのを待つのだ。
俺は桶の水にを流しに舞台の外に降りた。
木の根本に水をこぼしていると、高人さんが、舞台の上から手すりに寄りかかり俺を見ている。
「チュン太」
ぱっと高人さんを見ると、ちょっと気まずそうに俺を見ている。
「…悪かった。めんどくせーとか、うるさいとか言って…。」
ほら、高人さんはわかってくれる。
俺は嬉しくてにこりと微笑んだ。
「おれも、無理やり聴いてごめんなさい。胸、痛かったですよね。」
舞台の、高人さんが見下ろす真下に言って謝った。
高人さんはじっと俺を見つめて、少し目を逸らす。
「…でも、向き合ういい機会だった。」
「これからは俺も一緒に考えます。だから貴方の大切なものを諦めないで下さいね。」
今度は俺の目を見てくれた。
「わかった…。」
素直に返事をしてくれる。
ああ、本当に好きだな。一生懸命なとこも、頑固なとこも、ふと見せる素直な姿も。愛おしい。
早く言いたい。この感情が消えてしまうなんて俺には信じられない。
「なぁチュン太…」
不意に名前を呼ばれてハッとする。
「なんですか?」
「…子供が欲しい。」
「……。」
俺は一瞬思考が止まる。
ん?今…なんて?
…冗談でこんな事言う人じゃないのは分かっている。俺は止まった思考を無理やり動かして言葉にする。
「え…っと、子供って…赤ちゃん…て、事…ですか?」
「…まぁ、うん…。」
恥ずかしそうに目を逸らしてほんの少し顔を赤くしてる。可愛い…。いやいや。
今は高人さんの真意を読み解かなくてはならない。
高人さんは…男だ。それは確認済みだ。
養子…?結婚して養子をとって一緒に暮らそうってこと?俺は…プロポーズされているのだろうか…。しかしそれはまだ、もう少し落ち着いてからの方が…。
俺は口元に手を当てて、視線を下げ必死に考える。
いやここで保留にして、もし無かった事にされても困る。
折角、高人さんがその気になっているのに。
俺は大歓迎だ。むしろ望んでいる。
最悪、俺が勇者だとバレたら結婚してくれない可能性すらあるのだ。ならここで彼の意に沿う形の方が俺としても都合がいいのでは?
「おい、どうした?」
高人さんは、きょとんとしている。
ならもう、俺から言う言葉は決まってる。
「高人さん、俺と結婚してくれますか?」
「……」
今度は高人さんが、ピタリと止まってしまった。
あれ…俺なんか間違えたのだろうか?
「「??」」
完全に話が食い違っているのか、2人して疑問符を頭に浮かべている。
お互い、何が言いたいんだろう?って顔で見つめあっていて、なんだか面白くなってくる。どちらともなく笑い始めた。
「ぷっ」
「ふふっ」
いったい、お互い何の話をしているんだろう。
「とりあえずお話しましょう。高人さんの話聴きたいです。」
俺と高人さんは舞台の階段に2人並んで座った。
サワサワと木々の葉が擦れる音がする。
「それで、その…子供が欲しいってどういう事ですか?」
「あの…いや、その…」
高人さんは目を泳がせてどう答えようか迷っている様子だった。
俺は、彼が話してくれるのを待つ。
サワサワと流れる風が高人さんの黒髪を揺らし、隠れていた瞳を覗かせる。
頬を染めて瞳を伏せて言いたい事を纏めている。
あー、ずっと見てられる。
チラリと高人さんが俺を見るので、俺もにっこりと笑い顔を覗き込む。この時間も幸せだ。
…好きだなぁ。ほんと、大好きだ。
「高人さん」
「ん?」
「高人さん、高人さん♡」
「…だからなんだよ。」
こちらを見つめてくれたので、その隙にちゅっと唇に触れるだけのキスをする。
「俺と、一緒になりませんか?」
俺が穏やかに微笑むと、高人さんの顔が真っ赤だ。
「お、お前…まだ発情期明けてねーだろ。」
「じゃあ、祭事の後に告白したら俺と一緒になってくれる?」
花の香りを認識した日から考えてひと月は、祭事の前日、完全に明けるのは祭事当日だ。その前からだとしても、そこまで待てば確実に明けている。
「…わかった。」
恥ずかしそうに顔を背ける。
俺も嬉しくて微笑んだ。
「高人さん。」
「うん」
「高人さんの話が聞きたいです。子供が欲しいってどういう事?」
彼は何をそんなに恥ずかしがっているのだろうか。
「…龍は、個体数が減ってくると、元の性別に関わらずに子供が産めるようになるんだ…」
「えっと、それって…」
俺は目を丸くする。
「俺、お前が来てから…その、身体が雌化してて、お前が発情したのも俺のせいで…」
「さっきの、赤ちゃん欲しいって、高人さんが産めるって事ですか…?」
恥ずかしさからか、顔が真っ赤で涙ぐんでいたが、こくりと頷く。
俺は高人さんを抱き寄せてぎゅうぅっと抱き締めた。
「俺との子が欲しいって思ってくれたんですね?」
高人さんはまた頷いてくれる。
まいったな。…今すぐ抱きたい…。
高人さんの首筋に擦り寄り花の香りを嗅ぐ。
「でも、俺たち龍は中々子供が出来ないんだ。」
「そんなの…沢山愛し合えばいつか授かります。」
優しく髪を撫でて、ハタと思う。
じゃあなんで、結婚であんな顔したんだろう。
「子供が欲しいから結婚するって、筋は通っていたと思うんですが、違うんですか?」
身体を話して座り直すと彼を見て言った。
「人の結婚と、亜人の結婚は意味がちょっと違くてな…。」
高人さんは足元を見つめながら、淡々と話し始める。
「人の結婚は書類上、法律上の事だろう?愛が無いとは言わないけど、別れたとしても問題ない。」
「亜人は違うんですか?」
「亜人は結婚とは言わないんだ。番という契約を結ぶ。お互いの魂の一部を鎖で繋げてしまう。その鎖からお互いの意識や感情が流れていくんだ。」
「…へぇ。本当に身を捧げるって感じなんですね。」
俺は構わない。抵抗もない。だって、ずっと高人さんを感じられるという事だ。
「どちらかが死ぬまではその繋がりは切れない。相手が死に鎖が切れて消滅したら魂が傷付ついて片割れも長くは保たない。それが番の契約。いうなれば戒めだな。だから亜人が番を作る事は稀だ。な?重いだろ?」
高人さんはクスリと笑う。
「俺たちは寿命の長さも違うから、お前が死んだら俺も道連れだ。」
「なるほど、そういう事ですか。」
そうか、寿命。俺はこの人を置いて逝ってしまうのか。
「だから子供だけ欲しいって思ったんだ。未来に繋げるために。お前とならいいかなって。」
チクリと胸が痛む。
高人さんの言ってる事は理にかなってる。
彼は俺を好ましく思ってはくれているが、恋をしてくれてる訳じゃないのか…。
はぁ、自覚してしまうと辛い。
「分かりました。番は貴方の利益にならない。だから種だけ欲しいんですね。」
「そんな言い方してないだろ!」
高人さんはハッとして言い返してくる。
「同じですよ。」
悲しげに笑うと、高人さんは驚いたように俺を見る。
「ちが…そうじゃなくて!ちゅんた!」
慌てて声を掛けてくる高人さんを無視して、俺は舞台の階段を降りる。
「すみません、先に帰ります。」
俺は山道をスタスタと降りて行く。
あのままあそこに居たら、心にもない事をら言ってしまいそうだ。
頭を冷やさないと。
また、涙がポロポロと溢れてくる。まだ発情期から抜けてないから?
違う。この喪失感は本物だ。
泉まで戻ってくる。辺りは夕方を少し過ぎた頃。黄昏時だ。
泉を見ながら木の根本に座り込む。
「…俺、こんな弱かったかな。」
ぼぅっと泉を眺めた。
人が俺をどう思おうがそんな事関係なかった。
妬みも嫉妬も裏切りも、別にどうでも良かった。
心を乱される事も傷つけられる事も無かったんだ。
でも、高人さんと一緒に居るようになってから、自分の弱さを痛感するばかりだ。
彼は俺の奥深くまで入ってくる。
彼がそばにいれば心が弾み、居なくなれば悲しくなる。彼が死んだら俺もきっと死ぬんだろう。
「はは。俺だけ番みたいになってる。」
涙がまた一粒溢れた。
彼の恥ずかしそうな顔、一生懸命で可愛かったな。
まって…。
高人さんは、俺が「一緒になって下さい。」と言った時、なんて返してくれた?
―…わかった。―
恥ずかしそうに、そう言ってくれた。
それって…つまり…。
俺は立ち上がって、また山道を駆け上がる。
「はぁ…はぁ…っ」
あれは、番になってやるって意味だったのか?
知りたい…知りたい知りたい。
俺は、俺が死ぬなら貴方も連れて逝きたい。
貴方が死ねば俺も連れて逝って欲しい。
舞台のある広場に着いた頃には、辺りは真っ暗になっていた。
あの階段に、高人さんは膝を抱えて項垂れている。
「高人さん!」
名前を呼ぶと、彼はぱっと顔を上げて俺を見る。俺は彼の所へ行き、彼をぎゅっと抱きしめる。
「ちゅんた…なんで…っぁ、…ごめん、そんなつもりで言ったんじゃねーんだ。ごめん。」
高人さんは泣きながら抱きついて来る。その頭を抱えて髪をくしゃりと撫でる。
「…高人さん、ちゃんと最初に一緒になってくれるって言ってたのに…。俺が悪かったです。ちゃんと考えもしないで…ごめんなさい。ごめんなさい。」
彼を泣かせてしまった自分に腹が立つ。
ぎりりと歯噛みする。
「俺も、もうお前が居ないとダメみたいだ。発情期明けてお前が俺に見向きもしなくなったらって思うと不安でたまんねーんだ」
俺の胸に顔を埋めて嗚咽を漏らす。
「大丈夫ですよ。俺は貴方への想いを忘れたりしません。だってこんなに、…貴方しか見えて無い。」
他なんて知らない。貴方さえ居ればいい。
涙で濡れた青い瞳に俺が写し出されている。
なんて幸せなんだろう。
高人さんの手を取り、俺の頬に触れさせる。
「俺は貴方だけのものです。」
俺は、高人さんに優しくキスをする。
彼を、今すぐ自分のものにしたい衝動に駆られる。
彼を抱き上げて、舞台へ上がりそこに寝かせ組み敷く。
「ちゅんた、ここはダメだ…っ」
「なんで…もう待てない。」
ちゅっちゅっと首筋にキスを落とす。強く吸い跡を残すとベロリと舐めた。甘い香り。大好き。だいすき。
「あっ…ちゅんたっ…ちょっ…力強っ…ぁっ」
バタバタと足で抵抗しているが、その足さえも身動き取れなくしてしまう。花の香りに頭がくらくらする。
「大人しくして…お願い。」
「ぁっ…チュン太!こら!っ…このッ――っ」
高人さんはすぅっっと息を吸うと特大の魔力を込めた言霊を放つ。
「"座れ!!チュン太ァ!!"」
身体がビクゥ!となり、さっと正座する。
「???」
あれ…俺、何して…。
ハタっと正気に戻る。
チラリと高人さんを見ると…見た事ないくらい怒ってる。
ぱっと目を逸らし、狼の耳をパタリとたたむ。
乱された服でメラメラと怒る高人さんも可愛い。
「ここはどこだ。」
「…神事のの舞台です…。」
「神聖な舞台で何しようとしてんだてめぇは。」
「…あの…節操なしで…すみませんでした。」
まだ発情期から明けてないんだなと思い知らされてしまった。こうも簡単に理性の箍が外れる。
高人さんがため息を吐く。
「俺はお前を受け入れてやる。だが最初の約束通り発情期明けだ。」
俺はこくりと頷く。
「お前の気持ちが変わらなかったら…その、番になってやるから…」
恥ずかしそうに目を逸らして嬉しい事を言ってくれる。
俺は彼を見上げて、幸せに微笑んだ。
「はい。」
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