高人さんが猫になる話。5
春先の夜の肌寒さを感じながら、東谷は人通りの少ない裏の路地を歩いていた。華やかな表の道に比べて狭く閑散とした道のさらに隙間や物陰をちらりちらりと覗きこみながら進んでいく。
「居ないな…。くろねこさ〜ん…」
小さな声で呼びかけながら探してまわる。
昼間の場所も見てみたが、そこに黒猫は居なかった。外を歩く事に慣れていない様子だったので、遠くには行かないかと思ったのだが。どうやらこの場所はハズレだったらしい。私有地内に入られていたら探しようがないのだけど…。もう少しだけ探そう。東谷は立ち止まるとスマホを取り出して地図を見た。画面の明かりが端正な顔立ちを浮き上がらせる。
あの道から、猫が入れるくらいの抜け道…。
「あぁ、これかな…」
建物と建物の間。ここの出口から探してみよう。
踵を返して目的地へ向かった。
古びたビルの隙間。あの路地裏の反対側まで行くと、そこは更に何もない細い通りだった。暗い。
スマホの明かりを頼りにその道を歩く。
「黒猫さーん、いますかー?」
カサッと何かが動く。
「ニャァ」
足元を見ると、あの黒猫が眩しそうに目を細めてこちらをら見ていた。
その姿を見て、ほっとする。良かった。無事だった。
「よかった。探しましたよ。」
なんで敬語なんだろうなと、自分でも可笑しくなる。
「お腹、減ってませんか?」
路地の少し入った所まで行くと、買ってきた紙皿を2枚出し、それぞれにドライフードと水を入れた。
青い瞳の黒猫は少し離れた所に座り、不思議そうに東谷を見つめていたが、良い香りがしたのかドライフードの袋をパリッと開けた途端近寄ってきた。
嬉しいのか、喉が鳴る音が聞こえる。
「ゆっくり食べて、食べ終わるまで待ってますから」
東谷は壁によりかかり座り込むと、一心に食事をしている黒猫を見つめた。余程空腹だったのだろう。はぐはぐと食事をする姿に顔が緩んだ。怪我もなく元気そうだ。
食べ終わると、水を飲もうと反対の皿を覗き込む。ベシャっと鼻に水が付いて、慌てて顔をフルフルと振った。またゆっくりと水面に近づくとそっと飲み始めた。
ドライフードはこぼさず綺麗に食べていた。
なんというか、不器用で上品な猫だなと思った。
食べ終わるとぺろぺろと口の周りを舐めて、ひとしきり舐め終わると前足で顔を洗いは始める。
満足したのかな。
「黒猫さんは帰る家はあるんです?」
小さな声で問うと、「にやぁん」と返事が返ってきた。どっちの返事なのだろうと、苦笑する。
ひとしきり毛繕いが終わると、ゴロゴロと喉を鳴らしてお礼を言うようにすり寄ってくる。
そっと頭を撫でる。その温もりが心地よかった。
「抱っこしてもいいですか?」胡座をかいてトントンと膝を叩く。黒猫は察したのか、東谷の膝に乗り寛ぐように座り込むと、見上げて尻尾でタシタシと膝を叩いてきた。
これでいいか?と言われているようだった。
クスクスと笑う。本当にあの人みたいだ。
「高人さん…」
黒猫を撫でながら、湧き上がる焦燥感に耐え夜空を見上げた。