遊郭で高人さんを見つけました。7
なんとか、こっそり見世に帰る事がてきた。
時間は、お昼を少し回ったくらい。
パタパタと自室に戻る。
「…⁈」
すっと襖を開けると、絹江さんが座っていた。
「おかえり高人」
ああ、やっぱりバレてしまった。
「た、ただいま戻りました…。」
襖を閉め、観念して絹江の前に座った。
「どこに行ってたの?…海の香りがするけれど。」
笑ってない絹江さんは笑ってる時より恐い。
「東谷様がここ3週間おいでにならないのて心配になって…様子を見に行ってました。」
しゅん…と肩を落とす。
「はぁー…それで、東谷様には会えたの?」
「はい…」
「帰りは?」
「東谷様の家の者に送って頂きました。」
「帰る気があるなら、なぜ私に相談しなかったの」
「絹江さん絶対ダメって言うと…思って…ごめんなさい。」
絹江が大きくため息を吐いた。
「未遂であったとは言え、規律違反である事に変わりないわ。高人、三日間地下牢で謹慎しておきなさい。」
「…折檻は?」
「貴方は大客の旦那様に懇意にして頂いているから、身体に傷はつけないわ。」
「…申し訳ございませんでした。」
深く深く座礼する。
話が終わると、見世の若い衆が部屋に入ってきて、地下牢へと連れていかれた。
木材の格子に、石造りの牢内。壁の上の方に格子窓があり、風がそよそよと吹いて来た。
終わりかけた桜の花弁が、はらはらと入ってきていた。
床にペタンと座り、その窓を見上げ、一日は過ぎていく。
3日間は誰も確認は来ない。飲食もできない。
「案外、平気なもんだな。もっと悲しいとか怖いとかあると思っていたけど。」
あの口付けの感触が唇に残っている。
夜が来て辺りは真っ暗になり、月明かりだけが煌々と牢の中を照らした。
この辺りは遊郭の外側に面しているから見世の喧騒には遠い。昼間に沢山外を歩いたから今日は疲れた。
月明かりを眺めながもう寝ようと思っていた。
すると、サクッサクッと草を踏む音がする。
「…高人さん…?」
外の格子から誰かが覗いていた。
「すみません、来ちゃいました。」
そこには月明かりのせいで表情は見えないが、東谷がいた。
「東谷…なんで?」
「…良かった。叩かれたり吊るされたりしてたら貴方が嫌がっても連れて帰ろうと思っていました。」
ホッとしたような声。
こんな冷たい場所でお前の温もりに触れてしまったら、せっかく心を守るために作り上げた殻が溶けてしまう。
「…っ」
我慢していた涙が流れた。
暗いせいで、その涙は見えていないだろう。袖で軽く拭っていると東谷が話しかけてくる。
「……高人さん、3日、でしたよね?」
コクリと頷く。
「…これを。」
牢の中に何かが投げ込まれる。小さな巾着袋。
中を見ると、ベッコウ色の宝石のようなものが入っている。
「これは?」
見上げると東谷は、少し微笑む。
「一つ口に入れてみて」
言われるままに口に入れると、とたんに口いっぱいに甘さが広がる。
「飴だ!でも、なんだかいつもと少し違うな。」
コロコロと口の中で遊ぶ。さっぱりして、サラサラと口の中で溶けていく。
「黄金糖という、砂糖と水飴のみで作った飴なんです。」
へぇ、と味を楽しんでいると、心配そうな声がする。
「…高人さん、やっぱり身請けは嫌ですか?」
飴のおかげで思考がはっきりとする。
「…こんな年まで長生きできてるのも絹江さんのおかげなんだ。恩返しはしたい。それに、悲しい思いをして見世に奉公に来る子供達に足りない愛情を注いで、生きて行くために必要な知識を教えてあげたいんだ。」
東谷は、何か言おうとしたが諦めたように、ため息をついた。
「…いいなぁ。俺にも足りない愛情ください。」
子供のように東谷が言う。
「東谷は大人だろう?」
クスクスと笑う。
「高人さん、その、東谷じゃなくて、准太って呼んでくれませんか?」
「名前で?」
格子の前で寝そべり、中を覗き込んできた。
子供のように期待に膨らむ顔で。
でも、名前で呼ぶのはちょっと恥ずかしいな…
子供みたいで子供じゃなくて、手の届かない場所から語らっている。
「お前、雀みたいだから、チュン太にしよう。」
我ながら可愛いあだ名だ。
「えー、准太なのに。」
「うるさい。可愛いだろ?チュン太」
可愛いと言われてまんざらでも無いといった顔で、にこりと笑った。
「じゃあ、チュン太がいいです」
嬉しそうに笑うのが見えた。
「そろそろ帰れ、見回りが来たら俺もお前も良い事は無いだろうから。ありがとうな。これ。」
巾着袋を見せて笑って言う。
「あと、顔見れて嬉しかった。」
寒かった心が陽だまりのようにぽかぽかする。
「俺も、貴方に逢えて良かったです。手紙書きますね。」
「ああ、待ってる。」
「…」
「…」
名残惜しくて見つめ合うが、意を決したように東谷は立ち上がり、足早に去っていった。
それを見送ると、また牢の中を静けさが支配する。
「はは、どこで聞きつけて来るんだか。まだ一日も経ってないのに。」
呆れたような、嬉しいような。自然と笑みが溢れる。
巾着袋を袖下に入れて、また静まり返った空間で、ただ空を眺めて過ごした。