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ラスボスが高人さんで困ってます!18

チュン太のキスはまるで甘い砂糖水のようだ。

トロリと流れ込む唾液は、まるで媚薬のように俺の思考力を奪って行く。
雌を誘惑する重く甘い蕩ける香りを、自分が放っている事にコイツは気付いているのだろうか。

ああ……気持ちいい。

だらりと力の入らない腕を柔らかな草の上に落として、ただただチュン太が与えてくれる甘美な口付けを受け入れる。

「は…んっ…ふっ」
浅く短いキスをしていたかと思うと、徐に舌を入れてきて、ぢゅぅぅっと音をさせ吸ってくる。
「んゔぅっんっく」
口の中を無尽蔵に動いていたかと思えば、舌先で擽ったい場所をずっと刺激される。身体がビクビクと跳ねても、お構いなしにチュン太はキスに没頭する。
呼吸がキツくなり、力なく身体を捩ると彼は漸くは唇を解放してくれた。
互いの唾液で濡れた唇の間を銀糸が繋ぐ。

とろりとした瞳で彼を見上げる。

ああ、燃えるような若草色の瞳だ。
射抜くように俺を見つめて、辛そうに眉を顰めている。でもそれを俺で発散する気は無いようで。
俺は焦ったく彼を見つめた。

いいのに……。
お前なら……もう、受け入れられるのに。

「……高人さん……」
何もしないと誓ったチュン太は俺を強く抱き締める。
「ん……」
耳元に熱い息が掛かる。荒い呼吸を落ち着かせようとしているコイツの肩をポンポンと撫でてやる。

ったく。俺は少し強引でもいいって言ったのに。
コイツは俺の事を優先するあまり自分を蔑ろにしている。

どうすればいいんだろう。コイツを楽にしてあげたい。チュン太の柔らかい亜麻色の髪を撫でながら聞く。
「大丈夫か?」
「……高人さんいい匂いすぎて頭が沸騰しそうです。」
「でもやらないんだろ?」
「お家がいいので。」
すぐに返事を返してくる。意思は固いようだ。俺も頑固だが、コイツも相当頑固だな。
俺は苦笑する。

空は月が傾き隠れ、満天の星空だ。
いつも見ている空なのに、コイツといると何故こんなに愛おしく感じるのだろう。

俺はただただチュン太の髪を梳くように撫でる。
もっと、彼を慰めるやり方はあるのだろうが、今は思いつかなかった。
チュン太は顔を隠したまま、ふふっと笑った。
「高人さんの手、気持ちいいです。ちょっと落ち着いつきました。」 
「そっか。なら良かったよ。」
「発情期なのは高人さんなのに、これじゃ逆ですね。」
顔をあげて、チュン太は困ったように笑った。
「いいだろ別に。」
「よくありませんよ?」
チュン太は俺の隣に横になると、俺を引き寄せ、向かい合わせに、絡まるように横になる。
彼の焼かれてしまいそうな瞳の輝きはなりを顰めて、木漏れ日のように温かく俺を見つめる。
 
「俺は高人さんを支える存在でありたいです。」

もう十分、支えられていると思うのだけど。
俺はキョトンとする。

チュン太は俺の髪を撫で、頬に触れる。

「貴方が困ってる時には一番に力になれて、……貴方が泣きそうになったら、涙が溢れる前にこの腕で抱き締めたい。……大丈夫、貴方1人じゃないって、何度だって言いたい。」

俺は目を見開いて、チュン太を見つめる。

乾燥しひび割れた大地に優しく強い雨が降る。硬く固まった土塊が溶かされ解され、雨が染み込んでいく。

そんな感覚。

コイツは何故俺が欲しい言葉ばかりを持っているのだろう。
「…………ッ」

俺の乾いた大地を潤して、余りある雨が涙としてポロポロと溢れてくる。
きっと俺は今、情けない顔で涙を流しているのだろう。
チュン太がまた抱き締めてくれた。

「大丈夫です。1人じゃありません。必ず俺が側に居ます。」

温かな体温、穏やかなチュン太の声、優しく胸に抱き寄せてくれる。
ふわりと香る彼の香りに身体を擦り寄せる。

ああ、幸せだ。

俺はうとうとと、微睡はじめる。

「ちゅんた……」
「ん?」
チュン太は俺を抱き締めたまま、髪をサラサラと梳いてくれる。俺の髪に絡まる指の感触が気持ち良くて、さらに眠りに落ちていく。

ああでも……言わないと……。
「ちゅんた……ありがと……」

そこまで言うと、俺はチュン太の腕の中で眠りについたのだった。


――――――――――――



ひゅぅぅうぅ――。

俺は龍の姿でチュン太を乗せて早朝の空を駆ける。

山ひとつを、悠々と飛び越えた。
「わぁぁ!高いですね!」
『お前だって飛べるようになるぞ?』
「いやぁ……風の精霊さん、ほんと厳しくて。高人さんとイチャイチャしてるからですかね?」
チュン太は、あははと笑いながら言う。

風の精霊は嫉妬深い何処がある。
チュン太に対してライバルのように思っているのかもしれない。
『まぁ少し扱い辛い位じゃないと魔法が上達しないだろ。いいじゃないか。鍛えてもらえ。』

「あはは。お手柔らかにと、伝えておいて下さい。」
俺はクスクスと笑う。チュン太の魔力量だと、そう言いたくなるのも分からなくもない。

『言っとく。』

ふと下を見る。
『チュン太、村が見えたぞ』
「降りますか?」
『そうだな。』
チュン太が俺の身体掴まるのを確認して、高度を下げていく。
最初の頃は、落ちる落ちると騒いでいたのに今では何も言わなくなってしまった。
信じてくれているという事だろうけど、こいつが慌てる様はあまり見れないから面白かったりもする。

村の外れの草原に降りると、チュン太は俺から降りて俺の着物を広げて持っている。
身体がズルズルと人の姿に変わっていく様は、見ていてあまり気持ちの良いものではないだろうに、コイツはまったく気にする様子は無い。

「高人さん、運んでくれてありがとうございます。」
人の姿になって立ち上がる俺を着物で包んでくれる。
風がサワサワと吹き、気持ちがいい。

下駄を履いて、村に向かって2人で歩いていく。 

「高人さんの龍の姿って、西大陸の伝承にある天狼みたいですね。」
「天狼?」
「はい。ウチの国は女神信仰なんですけど、その女神様が連れてる騎獣が、翼の生えた狼なんです。」
月の女神で、万物の母であり愛の象徴……なんだそうです。」

「なんだそうです、って、信仰してるんじゃないのか?」

サクサクと歩きながら話をする。
西大陸、ミストルにはしばらく住んでいたので、どういった場所なのかはわかる。学校で女神信仰についても学んでいた。

けれど、天狼か。女神の存在とその政治的影響力についてしか学ばなかった俺はその存在は初耳だ。

「女神様の存在は、まぁ契約の不思議な力や……あぁ、いや、うん……。まぁ信じてはいるんですが……。」
チュン太の歯切れが悪い。
「なんだ、女神に何かされたのか?」
俺は茶化すように笑いながら言う。
「あはは。そうですね。人生狂わされました。でも、西大陸において女神の言葉は法律より重んじられます。俺はそれが嫌でずっと逃げています。」
チュン太は苦笑して視線を落とす。
「神様の言葉から逃げる……か。お前すごいよ。俺はには無理だな。命の創造主には逆らえない。」
チュン太を見ると、少し悲しげだ。
「高人さん、早く番になりたいです。」
番になれば、片方が死ねば鎖は切れて繋がれていた精神に傷がつく。そうなると、もう長くは生きられない。
俺が勇者に殺されれば、コイツまで道連れにしてしまうのだ。
それは、俺にとってはこの上ない嬉しい申し出だ。一度は承諾した事。けれど、今は……コイツを道連れにする事が……怖くて堪らない。

「そうだな。もう少しまってくれ。」
「…………はい。」
チュン太は寂しそうに、それでも綺麗に微笑む。

村に入り、すぐの場所に俺の家がある。
しんみりしてしまった空気をなんとかしたくて、俺はチュン太を見た。
「なぁ、朝市に行かないか?」
俺の申し出にチュン太はビックリしたようだが、嬉しそうに笑った。
「いいですね!」
チュン太の笑顔に俺はホッとしたのだった。

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