桜の想い人ー短編
「いたた……マンホールの蓋でも開いてたのかな」
俺は撮影の帰りだったはずだ。暗い夜道をスマホを、眺めながら歩いていたはずだった。
突然足元がふわりと空を掠め、そのま真っ逆さまにここまで落ちてきてしまったのだ。
幸い身体は頑丈な方で骨が折れたりなどの大怪我はしていないようだ。
身体がきちんと動作するかを、手を握ったり腕を回したりしながら確認していく。
そしてゆっくりと立ち上がる。
「…は?」
風が薄紅色の花弁を攫っていく。
そこは見たこともない土地だった。
樹齢数千年は生きていそうな巨大な桜の木が聳え立ち、周りを集落が囲んでいる。住居は時代劇で見たことのあるような木の板で作られた簡素なものだった。
「なんだ…これ」
日本じゃない。見たこともない場所だ。
俺の名前…は、東谷准太だ。それは覚えているようだ。
ふと自分の姿を見ると、服装が和服に似ている。
なん…で…と思うと、一気に記憶が蘇ってきた。
強烈な頭痛でまた地に膝をついた。頭を抑えて痛みに耐える。
「はっ…っ」
ここはエゾという冬の国。その中でも外界から閉ざされた集落だった。この地域は巨大な桜の木の精霊に守られており、雪が降らず、絶えず春の風が吹いていた。桜の名前はカリンパニという。
俺の名前はヌイトだ。人形師をやっており、来年の奉納祭のための神の依代を作るために御神木から根を分けた若木を貰い受けに来たのだ。若木と言っても樹齢100年の大樹である。そこから人形のパーツを削り出し、一年を掛けて作り上げるのだ。全身全霊をかけて。
「俺は…ヌイト…東谷准太…??」
鮮明に覚えている。夜中でも闇に染まらない街並み、電車や車の音。好きだった工場の夜景や、人の温もり。祖父や祖母、そして、愛しい人。
「…高人さん…」
ここは、なんだ?俺は死んだのだろうか。
この世界の情報と、もう一つの世界の情報が頭の中でごちゃごちゃとしている。
『やっと思い出したか!!お前はいつまで寝てるんだよ。待ちくたびれたぞ』
ふっと風に乗って声が聞こえた。聴き覚えのある声だった。
「高人さん??!高人さん!!どこですか?!」
乞うように、周りを見まわし名前を呼ぶ。
『桜、見てみろ。』
言われた通り桜の巨木を見てみると、根元に誰かが立っていた。
「高人さん?」
ちょいちょいと手招きする姿には見覚えがあった。黒髪の猫っ毛に、日本での装いの彼がいた。
駆け寄り、抱きしめようとするが身体が透けているようだ。
「どうなってるんですか?」
『お前、舞台稽古中に照明落ちてきて、俺庇って死んだのだ。』
「え⁈」
それは覚えてないな…と考える。てっきりマンホールに落ちて…なのかと思っていた。
『え!じゃねーよ!何勝手に死んでんだよバカ。』
腕組みをしてプンプン怒る姿はあの日の姿そのままだ。
「あはは…すみません。多分勝手に身体が動いちゃったんだと…」
そして、ハタと考える。俺は死んで転生した。なら、高人さんは?
「…あなたは、高人さんは、なぜここに居るんですか⁈」
『追いかけてきた。』
「…って…、死んだって事…で…すか…」
崩れ落ちるように、座り込む。
俺が死んだから…高人さんは命を絶ったのか…。
『お前のせいじゃないよ。俺が選んだんだ。だからお前を見つけられたんだし。』
「今、凄く抱きしめたいです…」
追いかけてきてくれた嬉しさと、死に追い込んでしまったやるせ無さで泣きそうになりながら、最愛の人を見上げる。
『でも、これじゃあ無理だろう?俺、桜だし。』
「依代…依代があれば、高人さんは入れますか?」
『ん、ああ、入れるとは思うぞ?俺の木から掘り出したモノで、俺が気に入った物だったら入ってやる。いままではマネキンみたいで趣味じゃなかったからやった事ないけどな。』
高人さんは、ふふんと笑う。
俺を気遣ってわざと明るく言っているようだ。この人なりの気遣いだ。
「高人さん、チュン太って呼んで下さい。」
その言葉に、高人さんは嬉しそうに、幸せそうに笑う。
『チュン太、また逢えて嬉しいよ』
はにかみ恥ずかしそうに少し涙を浮かべて笑う。
ああ、貴方をこの腕で抱き締めたい。
全身全霊をかけて高人さんの身体を作ろう。
一年後の奉納祭でこの人を手にするために。
桜の舞うこの村で、俺たちはまた出会い、そして添い遂げる。
end
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短編です。
桜日先生のちゅんたかイラストから妄想したお話です。舞台は異世界のエゾです。
高人さんは東谷くんの死後、後を追いました。しかし数千年も東谷くんより先に桜の木として転生してしまいます。そこから動けない高人さんを探して、東谷くんの魂もまたこの地に降りてきました。しかし、転生後、現世で中々記憶が戻りません。何度も何度も転生を繰り返し、高人さんはそれをずっと見守り続け寒さや飢えで苦しまないように守ってきました。
そして、数千年たったある日、ようやく記憶を取り戻し、高人さんは東谷くんにまた再会する事ができました。
一年後、御神体として奉納された美しい人形は、神の化身として村を護り、人形師と幸せに暮らしましたとさ!
おしまい♡