遊郭で高人さんを見つけました。18
よく分からないまま拉致られて閉じ込められて、体感で数時間。
ここは陽の光も入らないため正確には分からないが、だいたいそのくらいだろう。
その間ここには誰も訪れていない。
座敷牢の外は牢を観賞するためか、しっかりとした部屋になっていた。あちら側も座敷だが、洋風の寝台があり、棚にはなんとも金持ちの蒐集家が好みそうな優美な壺や皿、獣の剥製…とまぁ、統一性は無いが高価な調度品が飾られている。
何というか、成金臭のする部屋だ。
中央には洋風のテーブルがあり、ランプが置かれていた。
ここには俺たち以外に閉じ込められた者は居らず、この牢も使われた形跡が無く真新しい事から作られたばかりの物に見えた。
…ここ数週間の遊女誘拐事件とは別の犯人なのかもしれない。
千早はここにきて緊張の糸が切れたのか、俺の膝枕でスウスウと寝息を立てている。
簪も櫛も取り、髪を下ろしてスルスルとゆびで絡まないように梳いてやった。羽織は眠る千早に掛けてやる。
多分、ここの主の目的は千早ではない。
それはそれで好都合だ。
この子を守れるなら何でもいい。
さて、どんな主様がいらっしゃるのだろうか。
ザッザッと外から歩く音がし、コトン…戸とが開く。外に近いのか…。ここからは見えないけれど。
膝枕で寝息を立てる千早の髪を撫で、羽織を引き上げて寝顔を隠す。
部屋に入ってきた男は中肉中背の中年男だ。
男は牢の中を覗き込む。
こいつは…見世で見た事がある。
相手をした事はないが、ここ最近通うようになった男だ。
「ようこそ。やはり美しいですなァ。」
千早の顔は見えていない。
やはり目的は俺だったらしい。
「どなた様でございますか?」
静かに物腰柔らかく色を成さない対応。
お前はどんな俺を求めているんだ?
「夜霧…キミの姿を見るたびに抱いてみたいと思っていたんだ。最近のキミはよく笑う。いやぁ、可愛らしくてねぇ。」
答えになっていない。
名前は言わない…か。まぁそうだよな。
「左様でございましたか。」
しかし…チュン太の接待をしている時…顔が緩んでいたんだなと内心反省する。
同時に、相手が求めるものが"可愛らしい"という事も分かった。
ふわりと笑みを作り穏やかに話す。
「旦那さま?それでしたら、見世へいらして私を指名してくだされば良いのです。この様な事をしていては、旦那さまのお立場が悪くなってしまいます。」
千早…まだそのまま起きるなよ…。
「…見世へ帰しては頂けませんか?そのように夜霧を好いて下さる旦那さまが咎人になってしまうのは悲しゅうございます。」
今度は、憂いた眼差しで見つめる。
「夜霧は優しいねぇ…そうかそうか…わしが心配か。」
満足そうに笑う男。
これで満足するならちょろいもんだが?
わざわざ誘拐してきたんだ…何かあるだろ。
「旦那さま良ければ、そちらで晩酌のお相手を致しますよ?お酒と肴をご用意して頂ければ。一晩なりとお付き合い致しましょう。」
それで時間が稼げるなら安いもんだ。
「おお、では頼もうか。ちょっと待っていなさい。」
男が部屋から出て表へ出ていく。足音が遠くなる。
男の気配が無くなり、ふう…っと息を吐く。緊張が一気に溶けると、身体が熱くなり、くらりと目眩がする。…雨に降られたせいか…、疲労からか、また発熱している事に気付く。
「千早…、起きてるか…?」
すっと羽織を下げると千早が見上げてくる。やはり起きていた。
「…うん」
「じっとしてて、偉かったぞ?」
安心させる様に頭を撫でてやる。
「お前はこのまま、羽織被って寝たふりしてろ。お前に目が向くのは避けたいから。いいな?」
にこりと優しく笑い見つめると、泣きそうになりながら、千早が頷いた。
「いい子だ。」
千早を畳に寝かせてまた羽織を頭まで被せてやる。
さて、正念場だ。ふらふらと立ち上がると格子に寄り掛かる。
「はぁ――はぁ――…大丈夫…大丈夫。助けが来る…それまででいい…」
深呼吸をして、小さな声で暗示のように呟く。
ふ――――――…と息を吐き、呼吸を整え集中する。体調の悪さなど微塵も感じさせない"夜霧"でなければならない。
カタンと音がして戸が開くと、男が酒を持って入ってきた。中に入ると、カチャン…と鍵をかける音が聞こえた。
「はは。すまないね。待たせたかい?」
「いいえ旦那さま。」
微笑みながら答える。
「では開けてあけようか…。言っておくが、ここから逃げようとは思わない事だ。あの子の命も惜しいだろう?」
ゲスが…。
「逃げたりなど致しません。今宵私は旦那さまと夜を過ごすと決めたのですから。」
極上の笑みで愛しい人を見るように、見つめてやる。
「…男娼だと聞いているが…女より綺麗だと言われないかい?」
男だからこそ、男が気に入る女の仕草というものが分かる。お前好みだろう?
「ふふ…お戯れを。」
男は牢の前に来ると懐から鍵を取り出し錠前に差し込むと、ガチャリと音をさせ開ける。中腰で潜れるほどの小さな扉から出ると、男がガバッと抱き締めてくる。
「おお、夜霧をこの手で抱き締める事ができようとは。会いたかったぞ?」
「……っ⁈」
チュン太じゃないっ!
チュン太じゃないっ!
嫌だ!!触るな!!
本能が叫ぶ。
拒絶反応のように身体が強張る。涙が出そうになる。
こんな弱かったか?こんな事日常茶飯事だろ!
大丈夫。大丈夫だから!
自分自身を宥めながら、男の背を撫でる。
「…まぁ旦那さま、重うございます。さぁさぁ、お酌致しますわ。」
ふふっと綺麗に笑ってみせる。
「ああそうだ、いつ気が変わるとも分からん。これを付けておいてくれるかい?」
男は体を離すと、この部屋の中は歩けるほどの鎖がついた足枷をジャラジャラと取り出す。
「…旦那さま…そのような事しなくとも、夜霧は逃げませぬ」
「そう言うな。お前が付けないなら、そこの娘でも良いのだよ?」
「…分かりました。お付けくださいまし」
すっと足を出すと、男が足枷をつけ鍵を閉める。
「ああ、夜霧の足、綺麗だね。」
「…っ」
ベロリと舐められ、拒絶反応をぐっと堪える。
「旦那さま、まずはお酒でも飲みながら語らいませんか?」
「そうだな。まだまだ夜は始まったばかりだ。さぁこちらへおいで!」
もう夜なのか。ふん。
…このまま酔いつぶしてやる!
俺は誘われるままに席についた。
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